「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」、通称「もしドラ」は高校野球チームのマネジャーを務める女子高生が、経営学者ピーター・ドラッカーの著書『マネジメント』を読み、その教えを野球部の運営に応用していくベストセラーだ。

 そんな「もしドラ」をもじった“もしトラ”。「もし米国の大統領がトランプ氏になったら」とでもいうべきか。元ネタでは課題を抱える野球部にとって、待望の知恵を与えてくれたドラッカーだった。少なくとも日本における“もしトラ”の使われ方は全く逆だ。

 この“もじり”は、日本ではトランプ氏に対するネガティブな報道とセットで行われることがほとんどで、中立的な報道が求められるマスメディアにおいても反トランプ的なニュアンスが含まれていると察するのは容易だ。まるで空想の物語と同じレベルで、トランプ氏の大統領就任は実現可能性の低い未来であってほしいという願いも垣間見える。

 そのたたかれっぷりとは裏腹に、大統領選挙を控えた米国ではトランプ氏が再び支持基盤を拡大させている。2016年と同じく、今回も“もしトラ”論者にとって「望まぬ結果」が起こる可能性も高まっているといえるだろう。トランプ氏が再び当選する可能性を過小評価することは、ビジネス環境や金融環境さまざまな点でリスクが大きい。

●「もしトラ」という語の持つ、無視されがちなリスク

 トランプ氏とその支持基盤に再興の兆しが見えている背景には、白人の労働者層を中心に「自分たちはエリートやメディアによって無視されている」「トランプ氏であれば、われわれの不満や怒りを代弁してくれる」という考えが広まっていることがある。

 このような背景から、トランプ氏への軽蔑的なニュアンスも含まれる「もしトラ」を多用することは、同氏を支持する一般人を軽蔑していることにつながり、社会的分断をさらに深化させる危険性があるだろう。

 メディアがトランプ支持者を単純に批判することは、“もしトラ”が”確トラ”になった時に無防備になる。むしろ、冷静に異なる立場や価値観を持つ人々との対話を深め、相互理解を図ることが重要だ。

●“確トラ”したらどうなるか

 トランプ氏が再び大統領になることが確定した場合、まずはバイデン政権の決定の撤回、特に移民、性的少数者、生殖、環境規制といった保守層が求める分野でのちゃぶ台返しが始まるだろう。これらの政策方向は、トランプ氏の第一期のテーマの継続と強化を示しており、国内政策だけでなく国際関係にも重大な影響を与える可能性がある。

 トランプ氏は、経済的なナショナリズムを前面に押し出し、米国を第一に考えるモンロー主義をほうふつとさせる。「Make America Great Again」のスローガンは、特に中国などの貿易パートナーに対する厳しい態度として現れていた。

 これは、結果的に米国の製造業を保護することにつながり、「グローバリゼーションに取り残された」という感覚を持つ米国内の製造業従事者の支持を集めた。

 またトランプ氏は、従来の政治・金融エリートに代表される既得権益層を「スワンプ(沼)」に例えて、一般人の反感をあおった。また、NATOや国連などの国際機関に対する批判的な立場は、生活苦に陥る層に対して、自身の生活が苦しいのは「米国が世界の警察として莫大な経済的負担を強いられているからだ」と訴えたのである。

 また、移民に対する厳しい政策は、国境の安全性や国家主権を重視する有権者からの支持を集めている。そして、メディアを「人民の敵」と呼び、主流メディアに対する不信を煽ることで、自らの支持基盤を固めることに成功した。メディアがいくらトランプ氏をたたいても支持が落ち込まないのも、トランプ支持者は初めからメディアの権威性に疑問を抱いており、敵の意見を聞かない姿勢を取っているからかもしれない。

 移民政策や、外国に対する経済支援に対する厳しい意見は、どこか日本にも重なって映る面がないだろうか。移民を入れないでほしい、外国へのバラマキをやめてほしいと自国の政治家を批判する日本人がいたとしたら、潜在的にはトランプ支持者と同じメンタリティなのかもしれない。

 このように、色眼鏡を除いて考えると、トランプ氏の政策は「もしトラ」のように軽く切って捨てるようなものばかりではないことが分かるはずだ。むしろ、そうでなければ大統領の候補にすら挙がれないだろうし、党内の選挙で圧勝することはあり得ない。

●株価は乱高下しないが、ビジネス環境は激変?

 2016年の米大統領選後は、為替も株式相場も乱高下し、金融市場が大幅に混乱した。これはトランプ氏の当選を過小評価していたことに起因する。その後、大規模減税への期待から市場には「トランプ・ラリー」と呼ばれる現象が見られ、株価は世界的に上昇したが、徐々にトランプ氏の政策というよりも、FRBによる金融政策やコロナ禍の影響でドル安・円高が進行したこともあってトランプ氏の言動と関連性が薄れていた時期もあった。

 今回、トランプ氏が再び大統領に返り咲くことがあったとしても、かつてのような乱高下は発生しない可能性が高いだろう。トランプ氏が以前に大統領に就任した際には「即座に戦争が起きて世界が終わる」とまで考える者もいたが、実際にはそうならなかった。このため、主に金融市場において日米の長期金利とドル円相場に大きな影響は与えないだろうと予想されている。

●再び保護主義的な政治運営が強化される可能性

 トランプ政権下での米中間の技術や知的財産権に関する緊張は、大手日本企業にとって重要な懸念事項となり得る。再選後もこのような緊張が続く場合、日本企業は米国市場でのビジネス展開や技術協力において影響を受ける可能性がある。特に米国向けの輸出によって円安による恩恵を受けている企業が、政治的リスクによる不意の損失をこうむるかもしれない。

 USスチールと日本製鐵のような、日本企業による米国企業の大型買収交渉が頓挫する可能性もあるだろう。また、自動車産業や半導体などの高技術産業での“米国優先”による影響が懸念されるほか、トヨタ自動車のような自動車産業においてもネガティブな反応となる懸念がある。

 以上の点から、トランプ氏が再選されると、日本企業は再び大きな不確実性の中でビジネス戦略を練る必要に迫られる可能性があり、トランプ氏の当選というイベントはキャッチーなもじりで過小評価すべきではないと考えられる。

(古田拓也 カンバンクラウドCEO)