小林製薬の健康サプリを飲んでいた人の少なくとも5人が死亡し、200人以上が入院している問題が発覚し、世間を震撼(しんかん)させています。当該サプリは、紅麹を使い「コレステロールを下げる」としていた機能性表示食品です。

 これまで同社の調査では、紅麹そのものに問題がなく、2023年に同社の大阪工場で製造したもののうち約3割から、外部混入と思われる有毒成分が検出されたとしています。原因について現状で判明していること、同社の取り組み姿勢および本件に対する対応姿勢などから、問題点と再発防止策を考えてみます。

 まず事実関係の概要ですが、1月15日以降に複数の医師から、小林製薬に「紅麹サプリを摂取した患者が、腎機能障害等の体調不良を訴えている」という情報が次々寄せられました。同社は調査に乗り出しましたが、原因物質が何であるのかの解明には至らず。被害事実の発覚から2カ月以上が経過した3月下旬になって、国と保健所に事実報告をするとともに、商品の回収を決めて会見を開いたのでした。同29日には、厚生労働省が青カビに含まれるプベルル酸が被害の原因物質である可能性を公表しました。

 4月に入ってからも、健康被害者の数は増え続け、医療機関の受診者は約1400人にのぼり、小林製薬への問い合わせは8万件を超えているといいます。被害が拡大した最大の原因は、小林製薬の事実公表、ならびに商品の販売停止及び回収が著しく遅かったことにあります。この対応の遅れに関して、林芳正官房長官も「誠に遺憾だ」としており、機能性表示食品を認可している国側も、重大な問題として捉えています。

 少なくとも早期に、小林製薬から国に対して健康被害発生の報告が上がっていたならば、これほどにまで被害は拡大しなかったのではないかと思われ、この点で小林製薬の責任はあまりに重いといえます。その点について問われた小林章浩社長は「疾患発祥の事実以外の情報が不十分で、回収の判断ができなかった」と答えています。健康関連商品を扱う「製薬会社」でありながら、利用者の健康保持を甘く見ていたという組織風土がうかがえます。

 前述の、厚生労働省がプベルル酸の影響を示唆した件についても、気になる点があります。プベルル酸は青カビ由来の有毒物質であり、この成分が特定製品ロットの約3割から検出されているのです。具体的には、特定の菌株から2023年4〜9月に製造した33ロットのうち10ロットで、時期は9月製造分に集中しています。ちなみに本件に関する新聞記事では、有識者が「生産時期が長期にわたっていることから、悪意ある人為的混入とは考えにくい」としています。

 同じく新聞記事によると「壁のヒビなどから青カビの胞子を含んだ空気が入った可能性がある」「菌の培養に使う米が青カビに汚染されていた可能性も否定できない」としており、プベルル酸混入の原料を製造していたという大阪工場の製造環境に疑念が浮かびます。

 同工場は、事件発覚の直前である2023年12月に閉鎖。工場閉鎖に事件を隠ぺいする意図はないと信じたいところですが、同工場の操業開始が1940年というのはちょっとした驚きです。1940年(昭和15年)といえば、日本が第2次世界大戦に突き進んでいった最中であり、実に80年以上もの長い間、同社の日常品・食品の製造部門を担ってきたわけなのです。

 当然何度かの工場内改修などは実施していたと思いますが、建物躯体などの老朽化は否めません。カビなどの発生も、十分あり得る状況にあったのではないかと考えられます。しかし、同工場は日常品・食品工場であるがゆえに医薬品のような厳格な法規制がなく、年々老朽化が進みつつも、そこには目をつぶって長年稼働させてきたのではないかと、思えるのです。

 医薬品は、医薬品医療機器法に基づいて国が定める品質管理を工場で順守することが義務付けられています。一方の機能性表示食品は、製造管理に関する民間団体の認証(GMP)を受けるという推奨レベルはあるもののあくまで「任意」。認証を受けていなくとも問題とはされません。国内対象工場のうち、約3分の2に当たる220の工場が取得しているというこの認証ですが、小林製薬の大阪工場は取得していなかったことが分かっています。

 これらの状況から浮き彫りになるのは、小林製薬の機能性表示食品製造に関する管理姿勢の緩さです。小林製薬は、食品会社以上により信頼性が重視される製薬会社でありながら、管理認証を得ていない老朽化した工場で、サプリを製造していました。ここからもまた、同社の経営姿勢として、あるいは企業の組織風土としての問題点を感じざるを得ません。

●みずほ銀行の不祥事とよく似ている?

 一般的に企業不祥事は「個人的なものか、組織ぐるみのものか」と「意図的なものか、意図せざるものか」の2軸のマトリクスで考えられ、4種類に分類できます。小林製薬のケースは「個人的なものか、組織的ぐるみのものか」については、組織風土に由来するものであり「組織的」といえるでしょう。

 一方、「意図的なものか、意図せざるものか」に関しては、現時点では悪意を持って(悪いことと知りつつ)行動したと判断される材料はなく「意図せざる」に該当します。以上を総合すると、今回の件は「組織的かつ意図せざる」不祥事に該当します。

 近年の不祥事で「組織的かつ意図せざる」ものの代表例として挙げられるものは、みずほ銀行での度重なるシステム障害事故です。これは「意図せざる」事故ではありましたが、直接行政調査に乗り込んだ監督官庁である金融庁の報告書によれば、システム軽視の組織風土を根底とした、問題を矮小化する組織的な思考回路があるとされました。

 まさに「組織的かつ意図せざる」不祥事です。当時の調査レポートを読み返してみると、今回の小林製薬にも共通する不祥事発生の根本原因が見えてきます。

 まず気が付くのは、みずほ銀行におけるシステム軽視の組織風土と、小林製薬における機能性食品製造現場における衛生面軽視の風土が似ていることでしょう。みずほ銀行では障害発生を甘く見たことが、結果的に大きなシステム障害につながりました。小林製薬では、健康被害の発生報告を甘く見たことが、対応の遅さにつながり、被害者を爆発的に増やしてしまいました。こうした、非常に類似した重大な問題点が、複数あることに驚かされます。

●隠れた「ヒヤリハット」はなかったか

 もう1点、みずほ銀行の検証を振り返って気になったのは、2021年に大規模障害を起こす前にも、2018年に同様のシステム障害を起こしていることです。2018年の障害時も、ATMで顧客の通帳やカードが1800件取り込まれています。ところが平日日中であったことから、店舗の行員が迅速な対応をして、大きな問題にはならなかったのです。この時点で十分な再発防止策を講じていれば、次なる事故を防げたであろうものの、システム担当も経営層もこの事例を軽視して何の対応も取らなかったことが大事故につながりました。

 「1件の重大事故の背後には、29件のかすり傷程度の事故があり、さらにその背後にはヒヤリとした300の体験がある」というのは、俗に「ヒヤリハットの法則」といわれるハインリッヒの法則です。大事故を避けるためには、かすり傷やヒヤリハットの段階で再発防止策を実行するのことが重要です。今後の調査で分かるでしょうが、小林製薬の築80年を超え、かつ管理認証未取得の大阪工場内で、衛生面で安全性を脅かすようなヒヤリハットが必ずやあったのではないかと思うのです。

 製品安全性軽視の風土が組織に深く染みついたものであるのなら、それを払拭(ふっしょく)するには大きな決断と、時間をかけた改革への真剣な取り組みが不可欠です。会見で自らの辞任を否定した小林社長ですが、同族経営企業の組織風土を変えるには、何よりまず一族での経営体制を改める必要があるかもしれません。

 同族経営ではないみずほ銀行でも、事件を機とした持ち株会社も含めた経営陣を刷新。「経営陣に対する提言」を制度化することで、組織の風通しを良くしました。さらに、本社が入る大手町タワーには「システム障害にかかる展示室」を設けて、過去の大きな汚点を決して風化させない姿勢を全社に徹底しています。これらの対応は、小林製薬の風土改革にも必ずやヒントになるものと考えます。

 いまだ全容が明らかになっていない小林製薬の健康被害問題ですが、会見で小林社長は健康食品事業を続けるのかという質問に「許されるなら健康食品事業を続けたい」と答えています。しかし、それを口にするのは今ではなく、全容解明後にやるべきことをやってからではないかと思います。自らの経営に対する、著しい危機感の欠如を感じざるを得ません。自社の経営姿勢が抱える問題が複数の死者を出しているという事実を重く受け止め、原因究明と共に一刻も早い組織風土改革に着手するべきと考えます。

(大関暁夫)