「デジタル赤字」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 三菱総合研究所によれば、「日本銀行のレポートを参考に、国際収支統計からデジタル関連収支を計算すると、23年のデジタル関連収支は5.5兆円の赤字となった。23年はインバウンドの回復により旅行収支が3.4兆円の黒字となったが、デジタル赤字がそれを上回った」という。

 つまり、観光などで外国人が日本で落とすお金以上に、日本が外国のデジタルサービスなどに使うお金が多いということだ。実は、デジタル赤字は何年も前から起きているが、近年は赤字がどんどん増加している。それだけ日本人の富が流出していることになる。

 とはいえ、この流れはもう誰にも止めることができないのが現実だ。

 この状況について三菱総研は「デジタル赤字の拡大は、日本がデジタルサービスの利用を進めた結果であり、必ずしも悪いことではない」とも指摘しているが、筆者としてはそこまで楽観できないと感じている。デジタル赤字がさらに進んだ日本には何が待ち受けているのだろうか。

 まず、デジタル赤字について詳しく見ていきたい。そもそも日本から流出しているデジタル関連の支払いにはどんなものがあるのか。例えば、コンピュータの基幹ソフトやアプリなどの利用料、クラウドサービスの利用料、システムやソフトウェアの開発費などがある。

 さらに映像配信サービスやゲームソフトのサブスク料金に加え、課金などそのほかの契約料もある。個人でも、最近では映像配信サービスの選択肢が増え、NetflixやAmazonプライムビデオ、Disney+、Hulu、DAZNなど、契約するサービスが増えてしまっている人は少なくないだろう。さらに、海外のメディアを利用する際にもサブスクなど利用料を払うのが当たり前になっているし、SNSなどの利用料に加えて、広告費なども含まれてくる。こうした契約料の多くは海外に流出することになる。

●多くの企業が利用する米国製クラウド

 これらの支出の中でも、大きな割合を占めているのが、クラウドサービスなどの利用料だ。身近なところでいえば、iPhoneひとつとっても、撮影した写真はアップルが提供するクラウドにどんどん保存されていく。契約時は5GBのストレージを無料で提供してくれるが、写真や動画などが増えていけば、あっという間に容量が足りなくなる。

 まめにiPhoneから写真を移動させたり削除したりすれば5GBでも賄えるかもしれないが、スマホカメラの進化でより高画質な写真を撮影できたり、動画のクオリティーも上がったりして、必要なストレージも大きくなっていく。Androidのスマホも同じで、Googleドライブなどのクラウドに15GBのファイルをバックアップできるが、足りなくなることもある。そうなれば、追加のストレージを購入することになって料金が高くなり、それだけお金が海外に流れていくというわけだ。

 海外のクラウドサービスは、企業も依存度が高まっている。例えば、利用者が多いAWS(アマゾンウェブサービス)のWebサイトで「お客様のクラウド導入事例」というページを見ると、日本の大手企業などの事例を紹介している。

 例えば、任天堂グループのニンテンドーシステムズは、ネット経由でソフトのダウンロードや追加コンテンツ購入などができるオンラインショップ「Nintendo eShop」でAWSを活用している。朝日放送グループホールディングスは、AWSを活用して「バーチャル高校野球」を運営し、1日最大156球場での試合を大規模配信している。ソフトバンクも、AWSを利用して携帯電話サービスのオンラインストア開発体制を再構築しているという。

 知らないうちに、私たちの生活の裏では、こうしたクラウド技術がサービスを支えているのである。

 企業だけでなく、自治体の例もある。例えば、2011年の東日本大震災で甚大な津波被害を受けた陸前高田市は、一斉架電とAIを活用した新しい情報伝達システムをAWS上に開発しているという。

 クラウドを使えば、自社内で一からシステムを開発するよりもコスト削減ができるし、性能も安定していて拡張性もセキュリティも優れているため使いやすい。さらに、導入を促している日本のコンサル関係者などに話を聞くと、「インターネットやデジタルサービスで世界をリードする米国製品」という“同調的”な安心感があるという。

●「デジタル小作人」を危惧する声も

 ただ、米国のクラウドサービスへの依存度が高まりすぎるのはいかがなものか、という声もある。地主に畑を借りて農業を営む小作人のように、デジタルサービスでクラウドのスペースを借りてビジネスをする「デジタル小作人」になってしまう、と危惧も出ているのだ。しかも、デジタル小作人が増えれば増えるほど、デジタル赤字もどんどん膨らんでいく。

 生産性が上がると考えれば素晴らしいが、他方でお金が海外に流出することもまた事実である。

 さらに日本では「ガバメントクラウド」の整備が進んでいる。ガバメントクラウド構想では、各府省庁で利用する約1100の政府情報システム全てにガバメントクラウドを利用することを求めている。さらに全国1741の自治体に、2026年3月末までに20業務でデジタル化を行い、ガバメントクラウドを利用するよう要求。政府情報システムのインフラ基盤になるとされる。

 問題は、このガバメントクラウドを提供するためのクラウドサービスが、ほとんど米国企業が運営するものだということだ。「Amazon Web Services(AWS)」「Google Cloud」「Microsoft Azure」「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」の4社のサービスが提供されることになっているが、政府が求める要件を満たす企業がこの4社しかなかったのである。

 ただ2023年11月には、国産を導入すべきとの声もあり、大阪に本社を置く「さくらインターネット」が条件付きでガバメントクラウドに参加することになった。

 このガバメントクラウドで米国のクラウドサービスの利用が広がっていけば、さらに日本人のお金が海外に流れて、デジタル赤字を膨らませることになる。

 さらに、生成AI関連のサービスが普及すると、このデジタル赤字はさらに悪化するだろう。もはや、日本はデジタル大手による「デジタル植民地」状態にあると言う人もいるくらい、ますます海外のサービスに依存していくことになる。

●日本企業の志に期待

 もちろん、優れたサービスを提供している米国企業をたたくつもりはない。生産性が上がるというのも理解できる。だが本来なら、自国で同じような技術を開発して、自前のサービスが選択肢として加わり、それがさらに増えていくのが理想だろう。

 特に、データセキュリティやデータプライバシーの問題が世界的に取り沙汰されているなかで、自国民のデータやプライバシーを守るためには、自国で、つまり自国の法律や規制が行き届く環境で、情報インフラをコントロールするに越したことはない。

 日本の通信インフラになっている無料通信アプリのLINEもしかりである。LINEはヤフーと合併し、日本のソフトバンクと、韓国のIT企業NAVER(ネイバー)が半分ずつ株式を保有するホールディングス企業の子会社になったが、LINEはネイバーを介して情報漏えい問題を繰り返し起こしてきた。そこで犠牲になるのは、他でもない、個人情報を漏らされてしまうLINEユーザーである。

 LINEヤフーは今後、ネイバーへの業務委託を解消するとしているが、内部の関係者は「引き続きLINEのサービス開発は、ネイバーと関係が深い韓国の子会社が行う」と指摘している。

 仮にこうした情報インフラを日本以外の国などが支配すれば、有事の際に通信インフラの遮断が起きることも十分に考えられる。それは、クラウドサービスも通信インフラも同じだろう。

 デジタル赤字はデジタル分野における「敗戦」を意味すると言える。インフラを自国で賄えないからだ。ただ、さくらインターネットのように、数年前から準備をしてガバメントクラウドの一角になるところまで来た企業もある。同じような志をもつ企業がさらに増えることを願わずにいられない。

(山田敏弘)