2023年12月、総務省が電波法に基づく「技術基準」と「無線設備規則」の一部を改正したことにより、Draft 3.0以降の「IEEE 802.11be」規格の無線LAN機器を使うことが合法化された。

 この動きに合わせて、Wi-Fi(無線LAN)ルーターを手掛ける他の国内メーカーに先んじて、バッファローはWi-Fi Allianceの「Wi-Fi CERTIFIED 7」認証を取得したIEEE 802.11be対応無線LANルーター「WXR18000BE10P」を発売した。税込みの実売価格は6万5000円前後だ。

 この記事では、バッファローの商品企画/開発担当者にWXR18000BE10Pについて“気になる”ポイントを深掘りして聞いていく。Wi-Fi 7ことIEEE 802.11be対応無線LANルーターが気になっている人の参考になれば幸いだ。

●WXR18000BE10Pの主なスペックをチェック!

 WXR18000BE10Pについてあれこれ聞く前に、本機の主なスペックをチェックしていこう。

 本機はIEEE 802.11be(Wi-Fi 7)の他、6GHz帯対応のIEEE 802.11 ax(Wi-Fi 6E)、Wi-Fi 5(IEEE 802.11ac)、Wi-Fi 4(IEEE 802.11n)やIEEE 802.11b/gでの通信に対応するフラグシップモデルだ。型番の一部にある「18000」は、各周波数帯におけるIEEE 802.11be規格の最高通信速度を足し合わせた概算値となる。無線LANルーターではよく見かける型番規則で、本機の具体的な最高通信速度(理論値)は以下の通り。

・6GHz帯:1万1529Mbps(320MHz幅/4アンテナ)

・5GHz帯:5764Mbps(160MHz幅/4アンテナ)

・2.4GHz帯:688Mbps(40MHz幅/2アンテナ)

 理論値ベースだが、6GHz帯では10Gbps超の通信を実現している。その上で、IEEE 802.11be規格で盛り込まれたMLO(※1)の「同時通信モード」を使って各周波数帯を束ねると最大約18Gbpsで通信できる計算だ。バッファローによる実測値でも、同時通信モード時のスループット(実効通信速度)は約1万4423Mbpsと、Wi-Fi 6Eからの大幅に速度が向上している。

(※1)Multi Link Operation:離れた帯域の電波をまとめることで、通信速度を向上する技術(モバイル通信において「CA(キャリアアグリゲーション)」と呼ばれる技術とほぼ同じ)

 有線ネットワークはインターネット(WAN)側が10GBASE-T、ローカル(LAN)側が10GBASE-Tと1000BASE-T×3という構成となっている。普及が進んでいる1Gbps超のインターネット回線を十分に生かせる。なお、10GBASE-Tポートは10BASE-T(10Mbps)接続に対応していないが、最近のインターネット回線やクライアント機器(端末)は少なくとも100BASE-TX(100Mbps)接続に対応しているので、それほど問題にならないだろう。

 これとは別に、USB 3.2 Gen 1 Standard-A端子も備えている。ここにUSBマスストレージ(USBメモリ/HDD/SSD)を接続すれば、簡易的なNASとしても運用可能だ。

Wi-Fi 7の最高速度は「46Gbps」と「36Gbps」のどちら?

 次の話題に行く前に、Wi-Fi 7の最高通信速度について触れておきたい。

 Wi-Fi 7の規格上の最高通信速度は46Gbpsなのだが、バッファローは最高通信速度が36Gbpsだと説明している。中には「どっちが正しいの?」と混乱している人もいるかもしれない。

 結論からいうと、どちらの最高通信速度も“正しい”表記となる。なぜ違いが出るのかというと、MLOを適用する際に用いる周波数帯が異なるからだ。

 多くで見受けられる“最大46Gbps”は、規格上のフルスペックを満たした場合の値だ。具体的には6GHz帯で16ストリームを使える場合にのみ達成できる。16ストリーム使えるということは、アンテナが16本必要となることを意味するので、アクセスポイントはもちろん端末も“デカくなる”ことは避けられない。現状では“夢物語”に近い。

 それに対して、バッファローが提唱する“最大36Gbps”は「6GHz帯(320MHz幅/8ストリーム)+5GHz帯(160MHz幅/8ストリーム)+2.4GHz帯(40MHz幅/4ストリーム)」で計算した際の計算値となる。これはWi-Fi Allianceの表記に従ったものとのことだ。

 次のページでは、バッファローの担当者にWXR18000BE10Pの特徴について話を聞いていく。

●「320MHz幅」の通信はメリットが大きい

 IEEE 802.11beでは、6GHz帯において320MHz幅での通信に対応している。これは、何を意味するのか。

 無線LANでは、利用できる電波の帯域をある程度まとめて幾つかの「チャンネル」に分けている。IEEE 802.11シリーズの規格が生まれた当初は20MHzごとに1チャンネルだったが、連続する複数のチャンネルを束ねて通信する「チャンネルボンディング」によって帯域の幅を広げてきた。

 月並みな例えだが、伝送されるデータを「自動車」、帯域幅を「道路の幅(レーン数)」だと考えると分かりやすい。自動車は、道路のレーン数が多ければ多いほど流れがスムーズになり、スピードも出しやすくなる。だからこそ、無線LANを始めとする無線通信では、通信に使える帯域の“幅”をいかに広げるかということに注力してきた。

 Wi-Fi 5(IEEE 802.11ax)では、5GHz帯と6GHz帯でそれぞれ最大160MHz幅で通信できるようになった。Wi-Fi 7では、6GHz帯に限りさらに倍の320MHz幅での通信通信を実現したわけだ。

 しかし、Wi-Fi 7の規格では、320MHz幅での通信はオプション扱いとなっている。実装するかどうかは“任意”なのだ。バッファローの成瀬廣高氏(ネットワーク開発部 第一開発課 課長)はこう語る。

 Wi-Fi 7への対応をうたう上で、320MHz幅の通信は必須事項ではありません。つまり、「Wi-Fi 7対応機器」であったとしても、320MHz幅で通信できないこともあり得ます。 ルーターや端末が320MHz幅に対応しているかどうかは、パッケージやカタログ、Webサイトなどに記載されている「製品仕様」を良く見る必要があります。当社のWXR18000BE10Pは、しっかりと320MHz幅の通信に対応した上で、パッケージにも320MHz幅対応であることを明記しています。

 Wi-Fi 7では、320MHz幅通信だけでなくMLOへの対応もオプション扱いとなる。

 ルーターの場合、対応する機能が仕様書やパッケージに記載されることが多い。一方で、クライアント機器は対応する規格は明記されていても、対応機能を含む無線LANのスペックが詳細に書かれることはめったにない。通信速度(帯域幅)やオプション機能への対応はメーカーに問い合わせて分かれば良い方で、問い合わせても明確にならないこともある。

 クライアント機器におけるWi-Fi 7対応に関して、下村洋平氏(コンシューマーマーケティング部 次長)はこう語る。

 率直にいうと、クライアント機器のWi-Fiに関するスペックについては、従来と同じく詳細に出てこないことが予想されます。また、Wi-Fi 7に対応できるチップを使っていても、性能のバランスを取る観点から、あえてWi-Fi 6/6E対応としてリリースされる可能性もあります。 Androidスマートフォンでいえば、Qualcommの「Snapdragon 8 Gen 3」はWi-Fi 7をサポートしています。このSoCをきっかけに、ハイエンドモデルを中心にAndroidスマホにおけるWi-Fi 7対応が進むと期待しているのですが、先述の通り同SoCを採用しつつもWi-Fi 6E対応にとどめる機種が出てくる可能性もあります。 これまでの傾向を鑑みると、スマホの仕様表には「Wi-Fi 7対応」とは書いてあっても、対応する帯域幅(通信速度)まで記載されることはほとんどないと思われます。我々としても、接続テストをして初めて詳細なスペックを知るという感じになるでしょう。

 永谷卓也氏(コンシューマーマーケティング部 BBSマーケティング課)は、通信に必要な消費電力という観点からこうつけ加えた。

 通信速度との「トレードオフ」として、Wi-Fi 7の特徴である320MHz幅の通信ではデータを送信する側の機器で電力消費と発熱が大きくなります。(対応するには)それ相応の対策が求められるので、PCやスマホにおけるWi-Fi 7対応は(コストを掛けやすい)ハイエンドモデルが中心になるでしょう。 発熱や消費電力を抑えるために、ハイエンドモデルでもWi-Fi 7対応のモジュールをあえて避けたり、対応モジュールを搭載しながらも“意図的に”無効化したりするデバイスが出てきたりすると思われます。

ルーター側も発熱に配慮

 永谷氏は、Wi-Fi 7ではクライアント機器だけでなくアクセスポイント(ルーター)側も消費電力や発熱面での対策が欠かせないという。

 WXR18000BE10Pの開発で苦労したポイントの1つが、ボディーサイズと消費電力、放熱機構です。「先代(WXR-11000XE12)からボディーサイズを据え置きつつ、消費電力を抑制し、放熱の効率化を図りながら通信品質を担保する」ということは、デバイスのバランスを整えるという観点で難易度の高い取り組みでした。

 森川大地氏(ネットワーク開発部 第一開発課)も、本機の開発に当たっての苦労をこう語った。

 放熱面では、ヒートシンクやヒートスプレッダーの設計を調整したり、プラスチック製のボディーとの間に熱伝導シートを入れたりすることで、熱を本体全体に“散らせる”ように工夫をしました。作り替えた回数を数えると、100回以上になるのではないかと思います。

 320MHz幅の利用やMLOのサポートがオプションと聞くと、「じゃあ何がWi-Fi 7における必須事項なの?」と思う人もいるかもしれない。次ページでは、その“必須事項”がもたらすメリットについて話を聞く。

●「4096QAM(4K QAM)」がもたらすメリットは?

 Wi-Fi 7において必須となる機能は「4096QAM(4K QAM)」への対応だ。

 「QAM?」と思う人がいるかもしれないので、簡単に解説したい。QAMは「Quadrature Amplitude Modulation」の略で、日本語では「直交振幅変調」あるいは「直角位相振幅変調」と訳されることが多い。電気信号と電波を相互に変換する「変調」方式の1つで、頭に付いている数字が大きければ大きいほど、より多くの電気信号(≒データ)を一気に伝送できる。

 Wi-Fi 6の「1024QAM」では、10bitのデータを伝送が可能だった。それに対して、Wi-Fi 7で対応必須となった4096QAMでは、12bitのデータを伝送できる。電波の帯域幅が同一なら、1024QAMから4096QAMになるだけで理論上の通信速度が1.2倍向上する。

 この4096QAMによる恩恵は、特に“近距離”で通信する際に得やすいという。成瀬氏は、こう説明する。

 QAMにおける信号点を増やすと、信号点間の距離が縮まり、密度の高い状態になります。ゆえに、電波の精度がより高く求められるようになります。 分かりやすいことで説明すると、従来のWi-Fiでも、アクセスポイントから離れると障害物の有無を問わず通信速度が段々下がるという現象が起こります。距離による伝送のロスは避けられません。 このロスは基本的にQAM変調が高度化するほどに起こりやすくなり、Wi-Fi 7で使われる4096QAMでは、使う周波数帯にもよりますが、5〜10mの距離で50〜70dBのロスが生じます。ここまでロスが大きくなると、復号(電波を電気信号に戻す処理)を行うための精度が足りなくなります。アクセスポイントと端末が互いに“見通し”の効く場所で使うと、速度面での本領を発揮しやすいと思います。

●6GHz帯のポテンシャルとユーザー体験

 Wi-Fi 6Eと同様に、Wi-Fi 7では2.4GHz帯/5GHz帯/6GHz帯の3つの帯域を利用できる。中でも、6GHz帯を使うメリットは大きい。バッファローの市川剛生氏(ネットワーク開発部 FW第一開発課 課長)は、6GHz帯のアドバンテージをこう説明する。

 Wi-Fi 6EやWi-Fi 7では、大きく分けると2.4GHz帯/5GHz帯/6GHz帯の3帯域に対応しています。これらのうち、2.4GHz帯は電子レンジの動作で干渉が発生しますし、5GHz帯は一部のチャンネルで「DFS」がレーダーを検知すると、一定時間は通信が阻害(中断)されます。その点、6GHz帯には通信を阻害する要素がないため、より快適な通信を期待できます。

 DFSは「Dynamic Frequency Selection」の略で、日本語では「動的周波数選択」と呼ばれる。

 無線LANで使われている5GHz帯の一部帯域は、航空レーダーや気象レーダーと重複している。当該帯域は日本の大部分において無線LANに問題なく使えるのだが、これらのレーダーが発射される区域で使うと、レーダー波に干渉してしまう可能性がある。

 そこで導入されたのがDFSという仕組みだ。アクセスポイントがレーダー波を検知すると自動的に通信を遮断し、干渉のない帯域(チャンネル)を検索し、チャンネルを切り替えて再度接続できるようになる……のだが、この一連の流れに1分ほど掛かる。その間、5GHz帯(厳密にはレーダー波と重複する部分)での通信はできなくなる。

 その点、6GHz帯で現状利用できる帯域は、干渉に特別の配慮をしなければならない用途に使われていないため、DFSによる通信中断なく快適な通信を行える。これだけでも、メリットは大きい。

●本機ならではのメリットも

 ここまで触れてきた通り、Wi-Fi 7対応ルーターたるWXR18000BE10Pは、主に以下のメリットを備えている。

・MLOによる通信の高速/安定化

・320MHz幅チャンネルを使った通信の高速/安定化

・4096QAMによる近距離での高速化

・電波への干渉やDFSによる通信阻害の少ない6GHz帯での通信を利用可能

 また、本稿では割愛するが、1ユーザーあたりの周波数割り当てを細かく制御する「Multi-RU」という技術や、それを前提にした干渉波に対する「パンクチャリング」といったWi-Fi 7ならではの機能にも対応している。

 ……と、ここまでの機能は、他社のWi-Fi 7対応ルーターでも満たしているものは存在する。では、WXR18000BE10Pならではの特徴は、どこにあるのか。市川氏はこう語る。

 従来の当社製品と同様に、WXR18000BE10Pでは「ネット脅威ブロッカー2」を引き続き搭載しております。ルーターレベルで一定のセキュリティ水準を確保できるので、特にスマート家電やスマートTV、ゲーム機も安心して使えます。 また、古いWi-Fiルーターの各種設定をスマートフォンアプリを介して引き継げる「スマート引っ越し」にも対応しています。ちなみに、本製品のリリースに合わせて、スマホアプリの名称は「StationRadar」から当社の無線LANルーターのブランドと同じ「AirStation」に変更されました。名前が変わっただけでなく、ルーターの初期設定もアプリから行えるようになり一層便利になりました。

 成瀬氏は、ハードウェア面での配慮を説明した。

 本モデルは、温度や湿度への耐性にもこだわっています。具体的には≪室温は0〜40度まで、湿度は10〜85%までカバーしています。 Wi-Fiアクセスポイント(ルーター)は、エアコンが効かないような部屋に置かれることもあります。比較的気温や湿度の高い環境でも、ファンレスで安定して動作する――ここは開発面で妥協できないポイントです。

 今後、Wi-Fiルーターはもちろん、PCやスマホに関してもWi-Fi 7対応製品が続々と市場に投入されるだろう。ぜひ本稿で解説したような仕様や機能のポイントを押さえて、各製品の特性をある程度理解した上でWi-Fi 7のメリットを享受してもらえれば幸いだ。