国が違えば社会的慣習や道徳的観念が異なることもまた当然。しかし日中間におけるそれは、あまりに乖離していると言っても過言ではないようです。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、中国企業との密な取引経験もあるファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、自身の経験を交えつつその差異を解説。さらに「中国政府と中国人を同一視することは誤り」と断言した上で、中国政府に対する偽らざる心情を記しています。

※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:弱肉強食社会と法治社会

弱肉強食社会と法治社会 1.強い者は弱い者を支配していい

日本にいると、人は皆法律を守り、他人を思いやって生きていると考える。ルールを守らず、他人に迷惑を掛ける人は悪い人だと認識する。

しかし、世界には力が全てであり、強い人が弱い人を支配するのが当然と考える人達も存在する。彼らにとってルールは絶対ではない。絶対なのは弱肉強食の原則である。強者はルールをも変更できるのだ。

弱い人間を支配するには、脅迫や恫喝が効果的である。恐怖で相手を支配するのだ。

日本人は恐怖で相手を支配することを認めていない。法律を守らなければ、国家が逮捕して罰を与える。いきなり誰かを殴れば犯罪になるし、殴られた方も訴訟によって殴った人間にダメージを与えられる。

先日、ネット上で以下のような動画が紹介されていた。中国人女性が行列に割り込み、注意されると逆切れして、男性に凄い剣幕で怒鳴り、男性の身体を叩いていた。男性は成すがままに任せ、冷静に相手を無視していた。

この動画を見た外国人は「日本人はなぜ怒らないのか」と不思議に思ったそうだ。しかし、日本人なら男性の態度を理解するだろう。そもそもルールを守らずに注意されたのに逆切れする人は、とても恥ずかしい人なのだ。大人になりきれず、世間のルールも理解できない子供のような愚かな存在だと考える。そんな愚か者に対して本気で相手をしたら、自分も同レベルの愚かな人間になってしまう。従って、感情や表情に出さずに、内心で呆れ軽蔑しているのである。日本人なら、この男性の心を呼んで、己の恥ずかしい姿を認識するだろう。

考えてみれば、これはかなり高度な行為だ。普通なら喧嘩になるだろう。

こうした行動は個人だけではない。国家も同様だ。相手が反撃してこなければ、挑発は効果を上げていると判断する。自分が強いことを理解して、怖がっていると考えるのだ。

しかし、日本人はそう考えない。挑発行為もルールに則って対応する。日本という国家が正式に相手国を敵国と認識し、それを攻撃しても良いということをルールにすれば、そこで日本は相手を攻撃する。怖いから反撃しないのではなく、反撃しても良いというルールがないから反撃しないだけだ。

そして一度ルールが決まれば、日本は冷静かつ戦略的に敵国を攻撃するだろう。

2.親分は万能のスーパーマン

中国では人脈が大切と言われる。また、中国は法治社会ではなく人治社会とも言われる。

中国は戦国時代のような国だ。強い親分が集団を支配し、親分同士で常に権力闘争を行っている。油断しているとライバルに足元をすくわれるのだ。

社長は企業では絶対的な権力を持っている。総書記は共産党の絶対的な権力を持っている。組織を統括する親分は万能のスーパーマンであり、法律やルールに縛られない。親分がルールブックなのだ。

親分になれない一般人は、強い親分の信頼を得ることで、有利なポジションに就くことができる。組織より個人が優先しているのだ。

日本はルールがあり、組織があり、その下に個人がいる。私はかって、中国企業の再建の支援チームに参加したことがある。中国企業に多額の投資をした日本の商社が経営改善に乗り出したのだ。彼らは日本の手法で経営改善を行おうとした。

ワンマン社長を退かせ、経営会議で会社を管理する。そのためのルールを設定し、役員に日本人を参加させる。しかし、この試みは全く機能しなかった。そもそも、日本の商社の人間のいうことを誰も聞かない。ルールを決めても、その通りに動かない。

その企業の社長は、商社から資金を引き出したことで、目的を達成していた。どうせ商社の人間は、数年で日本に帰る。適当にやり過ごせばいいと考えていた。従って、現場は日本チームと隔離しており、何の影響力も持っていなかったのだ。

私は中国の事情に合わせた改革を商社に提案した。社長を退任させるのではなく、むしろ、日本チームが社長個人を補佐して、現場の改善を優先させるべきではないか、と。私の提案は商社の方針と乖離しており、私の契約は打ち切りとなった。

親分子分の関係が強固で、義理の親子の盃、兄弟盃でつながっている組織に、外国の企業のメンバーが受けいれられることはない。

中国の本質が見えるに従って、私も中国ビジネスから遠ざかっていった。日本人である私が中国社会の中で何ができるのか。何かしたとしても、本当にそれが役立つのかが分からなくなったのだ。

3.ルールを守る訓練

昔、中国の大学教授から「日本人はルールを守る訓練を受けているが、中国人はルールを守る訓練ができていない」と言われたことがある。

中国ではドタキャンが多い。面会をアポイントを取ったのに、その時間に訪問しても相手がいない。あるいは、日本に出張していた中国人が予定をキャンセルして突然帰国してしまう。これは、親分の鶴の一声があったからだ。

日本では、約束を優先する。少なくとも、約束を変更するなら、相手の了解を得てからになる。しかし、親分子分の世界では、アポイントなしに親分が突然来ることもある。どんな約束があっても、親分を優先する。親分の方もそれを知っているので、わざと約束なしに突然訪問する。

約束より人間関係を優先する。それが中国のルールなのだ。だから、友人関係でも、親戚でも突然訪問することは許される。あまり大切ではない、外国の訪問者との約束は反故にしても問題ないと判断される。

そのため、再三のアポイント確認が必要になる。1週間前に確認し、3日前に確認し、前日に確認し、直前に確認する。それでも、つかまらないことが少なくない。約束の時間に遅れても謝らない。でも、こちらが遅れれば激怒する。全ては個人と個人の人間関係が基本なのだ。

当然、逆のことも起きる。約束もしていないのに、突然何かを頼まれるのだ。

例えば、パーティーに参加すると、いきなり表彰式のプレゼンターを頼まれる。突然、インタビュー動画に出演してくれと言われる。約束も計画もなしに、本番が始まる。中国では、それをこなすのが当然だと考えている。

講演でも、前日の夜にスピーチの時間が変更になったり、内容の変更を依頼されることがある。徹夜で資料の修正をして、翌日になると、更なる変更を頼まれる。朦朧とする中で、講演の直前に偉いさんとの会食に連れて行かれ、白酒の乾杯をする。その直後に、講演の本番が始まるのだ。これを繰り返すと、準備をするのが馬鹿らしくなる。ぶっけ本番でやればいい、と思ってしまう。

中国に馴染むと、日本では仕事ができなくなる。日本と中国では、人々が行動する原理が全く異なっているのだ。

4.親分の交代は起きるのか

中国の課題は、親分の命令、指導で解決する。新型コロナの対応も、習近平総書記が「○日までに感染者をゼロにする」と宣言し、ゼロになった。習近平総書記のご威光はウイルスにも通じる。

現在の経済問題についても、習近平総書記は次々と指導している。海外企業に対しては、中国の将来を悲観せずに投資を続けるように指導したし、中国人民に対しては、自動車や家電製品を新しく買い換えるように指導した。不動産企業倒産の危機に対して、銀行は不動産企業に融資するようにと指導している。

日本は組織とルールで動く国なので、法的整備、予算措置がなければ何も動かない。首相が指導しても、それだけでは課題は改善しない。

日本の常識では、習近平総書記の指導は何の意味もない。経済や金融は国家指導者の命令では動かない。人民の所得が増えなければ需要も増えないし、国内消費が上がることはない。政府の収入が減ったからといって、人民から更に搾取したのでは、経済は更に悪化する。

それでも選挙がないので、習近平総書記の立場は安泰だ。中国の原理では、国民生活より親分の立場が優先される。今後も更なる弾圧や搾取が続くだろう。

中国の皇帝が交代するのは、民衆が決起し、新たな親分が生れる時である。中国の指導者交代は、力と力のぶつかり合いから生れる。そして、指導者が交代したとしても、政治体制や経済が改善されるという保証はない。

日本の常識では、中国の経済低迷は長期化すると思うのだが、現実はどのように動いていくのだろうか。今後も目を離せない。

編集後記「締めの都々逸」

「親分子分の盃なけりゃ 仕事もお金も 出てこない」

中国のニュースを聞くたびに、日本人で良かったと思います。中国人は可哀相だなとも思います。

私は中国政府と中国人は別であると考えています。米国政府と同じ立場です。中国人は中国政府の被害者です。

日本では、中国政府と中国人を同一視して、中国人は悪い人だと思っている人も少なくありません。それは問題です。

私は、中国人が嫌いではありません。友人も知人も大勢います。しかし、中国政府は嫌いです。日本政府が中国政府の影響を受けて欲しくないし、中国政府からお金を受けとっている政治家は許せません。そこんとこ、よろしく。(坂口昌章)

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