飼っておられる猫チャン。それはヒトの心を癒す大切な家族である…にもかかわらず、実際には家庭内で「お猫様」になっていませんか。飼い主さんはその猫の下僕になり、1日中振り回されておられないでしょうか?

例えば猫の食事は1日何回にすべきか、食事は何がよいのか、食べないときはどうしたらよいのか…などなど、その猫の小さな小さな案件までも、全てネットで検索して、その「ネットの情報」にも振り回されておられないでしょうか?

そもそも、そのネットの情報は正しいのでしょうか?…探すと大抵のことは真逆の説も検索できますね。例えば女の子の場合、避妊手術をすべきなのか?しないべきなのか? これは両方の意見が検索で出てきます。このとき、その情報の出所が然るべきところであるか確認すべきと思いますが、どちらの情報も獣医師の意見だったりします。ということは、それはどちらの意見も「あり」なのではないでしょうか。

避妊手術すべきを主張するサイトには、きっと、避妊手術をするメリットが誇張して書かれていることでしょう。逆に、避妊手術をすべきではないと主張するサイトには、デメリットが誇張して書かれているかも知れません。ですからその両方をお読みになり、最終的には飼い主さんご自身でお決めになるのが最良なのではと思います(決められないよね…という読者の声が聞こえますが)。

同じように「猫に犬フィラリア(犬糸状虫)の予防薬を与えるかどうか」問題も、よくお聞きします(注)。皆様いろいろなご意見をお持ちと思いますが、私は猫それぞれの生活環境に合わせた予防方法をお話しています。

最近、都会では蚊自体を見かけることも少なくなっている上に、フィラリア予防薬を犬に飲ませることが普及した結果、フィラリア虫を持っている蚊は激減していると考えられます。しかも猫は室内にいて、しかも住んでいるのが高層マンションだったりすると、蚊に刺されてフィラリアに感染して、その感染のために命を落とす確率はかなり低いものと私は考えます。また、実際には猫の体内にフィラリアが入っても、本来犬の体内で成虫になるフィラリアは猫の体内では住み心地が悪く、ほとんどのフィラリアは猫の体内に入ってもまもなく亡くなってしまいます。ただし、猫は犬よりも体が小さく、フィラリアが体内にいることで起こる症状は犬よりも重いと言われています。フィラリアに感染したことで命を落としたという報告もあります。

ですから、いつも蚊の多い草むらなどに出かける猫にはしっかりとした予防をお勧めしますが、高層マンションで完全室内飼育の猫には、お話をした上で決めていただきます。というのも、「クスリのリスク」という言葉があるように、フィラリア予防薬を投与するとフィラリアにかかるリスクは限りなくゼロに近づきますが、その化学的な薬物を毎月、猫の小さな体内に入れるということには、別のリスクが伴うからです(フィラリア予防薬を猫に生涯投与して、健康にどのような影響が出るかを検証した報告は見当たりません。一方で、ノミマダニ駆除薬を長期投与したときの健康被害に関しては近年、多くの論文が出ています)。

近ごろの世間は、リスクを有りか無しかの二分法で考えて、実現不可能なリスクのない状態(ゼロリスク)を求める傾向が強いのですが、そもそも100%の安全というのは存在しません。リスクはすべて、程度の問題です。そして、ゼロリスクを求めるがために、他のリスクを背負ってしまうこともあります。

ですから、フィラリアに感染するリスクが高い場合にはある程度予防をして、感染リスクが限りなく低い場合には薬物的な予防よりは、家の中に蚊を入れないという物理的な予防をおすすめします。そのリスクがどの程度なのかを見極め、リスクの大小に応じて柔軟に対処していくことが肝心です。

一方、このような問題を考えるときには、お金の流れを考えるとわかることもあります。すなわち、上述のような状況にもかかわらず猫のフィラリア予防を推してくるヒトは、猫のフィラリア予防薬を買ってくれれば自身にお金が入ってくるからではないか?と考えるのもひとつです。

また、たとえばある獣医師がフィラリア予防はしなくても良い!とウェブ上で話をしても、その先生の話を信じて予防していなかった猫が、万が一フィラリアにかかって具合が悪くなった場合、その獣医師は責任がとれません。万が一の責任回避のために予防を推しているという場合も考えられます。もちろん、それ以外の理由もさまざまあるとは思います。

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ある日うかがったお宅のBさんは、猫を飼うのが初めてでした。ノミ・マダニ対策のお薬をくださいとのことだったのですが、高層マンションの15階で、蚊もノミ・マダニもいないので、毎月しっかりお薬を与えなくても良いのではないですか?と申し上げると「でも、梅雨になるとジメジメしてダニが発生するかなと思って…と言われました。

いえいえ、そのダニとマダニは全く違う生き物ですね。猫は外の草むらなどに入ってマダニを付けてきます。このマダニは吸血するとちょうど小豆と同じくらいの大きさで色も形も似ています。一方、家の中に発生するダニは、顕微鏡でやっと見えるくらい小さく、マダニとは全く違う生き物です。ネットの情報を勘違いされたのか?ネットで、マンション15階でもノミ・マダニの予防はしっかりと!という情報があったのかはわかりませんが。

実は、このお宅ではもっと驚くことがありました。その猫チャンは、自分だけのお部屋をもっていました。おもちゃは床に溢れんばかりに散らばっていて、キャットタワーもふたつ、部屋には監視カメラ、空気清浄機も常に稼働していて、エアコンは24時間つけっぱなし…。おおよそAmazonで売っている猫グッズは全て買い揃えたような具合でした。

猫はキャットタワーの上にあるボックスに入って籠っていました。「診察しますのでこちらに連れてきてください」と申し上げると、「もうボックスに入ってしまったので無理です。出せないんです…」とおっしゃいました。

え?と思い、「失礼します」と言ってからボックスに入っている猫の首根っこをつかまえて、お母さん猫が子供を運ぶように外に出しました。すると…「え〜!?そんなことして骨が折れたりしないのですか!?」と驚かれてしまい、逆に私が驚いてしまいました。まさに猫を「腫れ物を触るように」扱っておられるようでした。

その後、詳しくお話をうかがうと、その飼い主さんはこれまで動物を触ったことも飼ったことも無いということでした(なるほど…)。動物を触ったことが無く、いきなり猫を飼うのは少しハードルが高いですね。まずは生き物を触ることから始めないと、と思った次第です。そして、全ての情報をネットで仕入れてしまうとこうなるのかな?と悲しくなりました。もっと自然に、小さなころから動物と触れ合っていれば、頭の中ももう少し柔軟になれるのでは…。

初めて飼う猫のためにネットでお勉強なさるときは、どうぞ迷宮に入り込まないように、そしてもっと肩の力を抜いて猫チャンと接してほしいと思う今日この頃です。わからないことは出来ればネットではなく、かかりつけの獣医師にご相談してみてください。そして、先ずは猫チャンに触れてみてください。抱きしめてみてください。肉球のニオイを嗅いでみてくださいね。

(注)犬フィラリア(犬糸状虫)は、蚊が媒介する寄生虫で、成虫は犬の心臓近くの血管に寄生します。フィラリア幼虫は蚊に刺される動物、猫やキツネ、もちろん人間の体内にも入りますが、犬糸状虫は「基本的には」犬の血管に入ったときにだけ成虫になり子供を産みます。他の動物の体内に入ると成長途中で亡くなることがほとんどです。体内に入ったフィラリア幼虫が小さいうちに殺滅するお薬が、犬フィラリア予防薬です。

(獣医師・小宮 みぎわ)