“スタジアム都市”化する長崎市

 長崎県長崎市は西九州新幹線の開業で100年に1度の変革期を迎えた。相次ぐ再開発で人を呼び込もうとしているが、肝心の西九州新幹線に全線開通のめどが立たない。

 浦上川の対岸から巨大なスタジアムの姿が浮かび上がる。その背後ではスタジアムを一望できるホテルの建設が着々と進む。長崎県長崎市のJR長崎駅から徒歩10分の街中で整備が続く長崎スタジアムシティ。通販大手のジャパネットホールディングスが開発する民間主導の大型プロジェクトだ。

 幸町の三菱重工業工場跡地約7.5ha(東京ドーム1.6個分)に、プロサッカー「V・ファーレン長崎」のホームとなる約2万人収容のスタジアム、プロバスケットボール「長崎ヴェルカ」の本拠地になる約6000人収容のアリーナ、ホテル、商業施設、オフィスなど多彩な施設が入る。

 2022年6月の着工から2年近くが過ぎ、工事の進捗(しんちょく)率は80%を超えた。ジャパネットホールディングスは

「10月の開業に向け、予定通りに進んでいる」

という。北海道北広島市の北海道ボールパークFビレッジに次ぐスポーツが核の巨大複合施設が、長崎再開発の目玉となってもうすぐ登場する。

武雄温泉駅の位置(画像:OpenStreetMap)

今も続く市中心部の開発ラッシュ

 西九州新幹線のうち、佐賀県武雄市の武雄温泉駅〜長崎駅間約66kmが2022年9月、開業したのに合わせ、長崎市内はここ数年再開発ラッシュが続いている。もともと九州を代表する観光地のひとつだが、街の魅力を高める新施設が相次いで登場し、景色が大きく変わろうとしている。

 尾上町のJR九州新長崎駅ビルでは2023年11月、商業施設のアミュプラザ長崎新館が開業した。全86店のうち、長崎初出店が4割以上を占め、開業から10日間で

「約42万人」

が来場する盛況ぶり。2024年1月には約200室を持つ高級ホテルの長崎マリオットホテルもオープンした。

 このほか、江戸時代にオランダ商館があった出島と江戸町を結ぶ出島表門橋、尾上町で複合MICE施設の出島メッセ長崎、魚の町で長崎市新庁舎などが完成している。MICEとは、ミーティング、インセンティブ、コンベンション、エキシビションの総称で、開催地における

・高い経済波及効果
・ビジネスチャンス/イノベーションの創出
・都市ブランド/競争力の向上

などが期待される。今後は桜町の旧市庁舎跡地で文化施設、尾上町で長崎駅東口駅前広場などが整備される予定だ。

 しかし、2015年の北陸新幹線延伸で一大観光ブームを巻き起こした石川県金沢市と比べると、にぎわいに物足りなさを感じる。観光庁がまとめた2022年の宿泊旅行統計調査では、長崎県と石川県の延べ宿泊者数は

「640万人泊前後」

で拮抗(きっこう)しているのに、なぜだろうか。

長崎市(画像:写真AC)

2回の乗り換えが障害に

 長崎市を訪れる人の数は増えている。JR九州によると、西九州新幹線の開業後1年間の利用客は242万人で、1日平均乗車人数は約6600人。2018年度の在来線特急利用客数を2%上回った。2023年11月には利用客がさらに増え、1日平均乗車人数が7800人に達している。

 2023年9月時点で他の新幹線はコロナ禍前の8割程度までしか利用客が戻っていないところが多かった。長崎県新幹線対策課は

「コロナ禍前の2%増という数字に開業効果が表れた」

と見ている。

 福岡市と長崎市を結ぶ高速バスも利用客が約4割増えた。長崎市内の主要観光施設の入館者数は既にコロナ禍前の水準に戻っている。しかし、旅行会社や商店主の中には

「確かに人は増えたが、全国的な“長崎ブーム”といえるほどではない」

という声がある。

 多くの人が問題点として指摘するのは、西九州新幹線が在来線特急との

「リレー方式」

で開業したことだ。関西から新幹線で来た観光客は佐賀県鳥栖市の新鳥栖駅で在来線特急、さらに武雄温泉駅で西九州新幹線に乗り換えなければならない。

 その結果、長崎市に集まるのが西九州新幹線沿線の人中心になっている可能性があるわけで、長崎市観光政策課は

「乗り換えの連続がネックになっているのかもしれない」

と分析している。長崎市の思案橋で飲食店を営む女性は

「県内から来る人は増えたが、県外の人はそれほどでない。開業効果は思ったほどでなかった気がする」

と肩を落とした。

佐賀県が提案した未整備区間の3ルート(画像:国土交通省)

合意得られぬ未着工区間

 西九州新幹線の未着工区間である新鳥栖駅〜武雄温泉駅間はいまだに沿線の合意を得られていない。国やJR九州が推奨する佐賀県佐賀市の佐賀駅を通るルートでは地元にメリットが小さいなどとして佐賀県が難色を示しているからで、一時途絶えていた国土交通省と佐賀県の協議が2023年末、再開されたものの、話し合いは平行線をたどった。

 現状打開に向け、佐賀県南部の佐賀空港や有明海沿岸道路のインターチェンジ付近を通るルートなどが提唱されている。佐賀県は長崎県やJR九州に協議を呼び掛け、膠着(こうちゃく)状態の打開を模索しているが、先行きは予断を許さない。

 長崎市は地域経済の低迷で急激な人口減少が続き、ついに40万人を下回った。40万人割れは1965(昭和40)年以降初めてで、人口の減少スピードは全国の中核市でトップクラスの深刻さ。九州の県庁所在地では宮崎県宮崎市に抜かれ、佐賀市に次いで人口が少ない街に転落した。国立社会保障・人口問題研究所の予測では、2045年に31万人に減る。

 新幹線開業はそんなピンチをチャンスに変える絶好の機会なだけに、官民を挙げて街の再生に取り組んできた。生まれ変わった街で観光客をもてなし、さらなる投資を呼び込もうと算盤をはじいているわけだ。

 長崎商工会議所は

「長崎市の活性化に向け、一日も早く西九州新幹線を全線フル規格で開業してほしい」

と訴えるが、受け入れ準備が着々と進む一方で、この願いが届く気配はまだ見えない。