「買い物列車」の可能性

 日本では、地方都市を含め、都市圏外の幹線道路沿いに商業施設が集中する傾向がある。そのため、

・運転免許を持たない高齢者
・障がい者
・子どもとその親

が、買い物に行くことが困難な「買い物難民」という課題に直面している。買い物ができなければ、日常生活は成り立たない。これはまさに日本全国で解決すべき喫緊の課題である。

 そこで、筆者(西山敏樹、都市工学者)の研究室(東京都市大学都市生活学部)の学部生が中心となり、地方都市を走る鉄道の車内に食料品や日用品を陳列し、スーパーマーケットとして機能させる「走るスーパー・買い物列車」を運行させる新たな社会実験を3回行った。

 これは、単線区間ですれ違いのために使用されるひとつのホームに列車を30〜45分間停車させ、その間に乗客が買い物をできるようにするシステムだ。

 3回目となる実験は、

・稲取高等学校(静岡県東伊豆町)
・伊豆急行(同県伊東市)

と共同で実施。高齢者の需要が高い弁当、総菜の販売まで拡大し、駅構内での簡易カフェ営業も加えて、地域住民から高い評価を得た。

 企画段階では、高齢者、障がい者、子どもやその親の日常の買い物に対するニーズがきめ細かく考慮され、あらゆる人の生活をサポートするユニバーサルサービスデザインが実現できた。

路線バス(画像:写真AC)

社会的課題に挑む新モデル

 筆者が勤務する東京都市大学は、学校法人五島育英会によって運営されている。

 同会の創設者は、東急の創業者・五島慶太氏である。その縁もあり、「走るスーパー・買い物列車」の実証実験は、静岡県伊東市から下田市までを結ぶ伊豆急行線を運営する伊豆急行(東急グループ)と共同で行われた。

・地域内の分かりやすいところを走る鉄道および駅を生かして「買い物難民」の課題へアプローチした点
・通常の鉄道車両を利用しているので排ガスを出さずエコに「買い物難民」の課題へアプローチできている点
・地方鉄道の新しいビジネスシステムのモデル提案およびSDGsの精神にも合致するソーシャルデザインの実施

という観点から評価され、2022年度グッドデザイン賞、2022年度環境省グッドライフアワード・サステナブルデザイン賞などを受賞している。

 もちろん筆者の研究室にも、鉄道だけでなく「路線バスに応用したらどうか」という要望が各方面から多数寄せられている。買い物バスが地域を巡回し、通院などの移動ニーズと買い物ニーズの両方を満たすことができれば、日常生活の質は劇的に変わるだろう。

 このような買い物列車や買い物バスを標準化し、各地に定着させることが筆者の夢である。

スーパーマーケットのイメージ(画像:写真AC)

既存施設の活用とそのアプローチ

 一方、研究室では2022年11月から12月にかけて、同じ東急グループである東急バス(東京都目黒区)の基幹営業所のひとつである虹が丘営業所(神奈川県川崎市)を地域交流促進の拠点として運営する社会実験を行った。

 コロナ禍やバスドライバーの減少による路線バス事業の縮小の打開策として、営業所の空きスペースを有効活用し、地域交流拠点として新たな貸与収入の可能性を検討した。

・合唱教室
・編み物教室
・アロマストーン教室
・鉄道模型教室

などを展開し、地域住民から評価を得た。地域住民のなかには、特技の指導や地域との交流の場を求めている人も多く、実際に“地域のランドマーク”である路線バスの営業所を借りたいという声も多かった。

 虹が丘営業所では、沿線の製麺所から仕入れた生麺を販売したり、バスを使ってパンを運んだりもしている。つまり、バスや営業所という既存のスペースをいかに活用するかという、これまでにない斬新な試みなのである。

 筆者による上記ふたつの研究は、通勤型鉄道車両や路線バスの営業所といった既存の公共交通インフラで、ほとんど支出することなく、利益を追求できる新しい社会システムの設計でもある。

 つまり、モータリゼーションとともに、コロナ禍のテレワーク推進で安定した定期券収入を失った公共交通事業者の経営革新に資する画期的な内容として、各方面から評価されたのである。

路線バス(画像:写真AC)

求められる未来志向のデザイン

「2024年問題」で公共交通事業は大打撃を受け、「鉄道やバスには希望がないとか、もう終わった」などいわれ始めているが、筆者はまったくそうは思わない。今回の実験のように、少し頭をひねれば公共交通にはまだビジネスチャンスがある。

 以前も書いたが、

・車両を柔軟に運用する手法
・バスとタクシーの協働の様なモードを越えた融合的手法
・今回示したインフラの新たな活用

など、アイデアはたくさんある。公共交通事業者には、固定観念をなくし、未来のあるべき姿を整理し、それを実現するためにどうすればいいかを考えてほしい。これを専門的には「スペキュラティヴ・デザイン(探索的デザイン)」と呼ぶ。

 つまり、バックキャスティング(理想的な未来を描き、そこから逆算して取り組むべき活動、その優先順位を決定する手法)で新しい公共交通の環境づくりを考えてほしい。また、事業者には、官と学と連携した実験にも臆せず積極的に取り組んでほしい。