トヨタが中国ビジネスを強化

 米中の間では半導体を巡る覇権競争が激化している。

 バイデン政権は2022年夏、中国が先端半導体を軍事転用する恐れから、同分野での対中輸出規制を強化し、2023年からは先端半導体の製造装置で高い世界シェアを持つ日本とオランダも米国の要請に応じる形で同様の輸出規制を開始した。

 しかし、依然として対中規制が十分に効いていないと不満を強めるバイデン政権は最近、両国に対して

「さらに踏み込んだ規制」

を要請し、同盟国の韓国やドイツにも中国への輸出規制を実施するよう促している。中国に進出する日本の製造業にとって、この問題は大きな懸念事項だ。

 そのようななか、日本の大手自動車メーカーは中国ビジネスを強化している。トヨタ自動車は4月8日、中国国有資源大手の中国五鉱集団と電気自動車(EV)など電動車の使用済みの車載電池の再利用で協業することを発表した。今後、明和産業とも協力し、現地に合弁会社を設立するという。

 また、トヨタ自動車は2023年、中国の自動車メーカー小馬智行(ポニー・エーアイ)と自動運転タクシーを手がける合弁会社を設立すると明らかにし、現地法人のトヨタ中国、広州汽車集団との合弁である広汽トヨタ、小馬智行が日本円で198億円以上を出資し、自動運転車両の導入や運行管理などの事業を2024年以降に開始することを目指すという。

3月9日、米国ジョージア州ローマで行われた「投票率アップ集会」で演説するドナルド・トランプ元米大統領(画像:EPA=時事)

中国を巡る地政学リスクへの警戒感

 中国を巡る地政学リスクへの懸念が広がるなか、トヨタ自動車のこういった動きに懐疑的な意見も上がるかもしれない。

 キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長は以前から、外国における生産拠点では地政学的リスクが高まっており、時代のニーズに合わせて工場配置などの体制を見直すべきだと発言している。

 また、中国や台湾についても言及し、企業の経済活動が影響を受ける国の生産拠点を放置することはできず、安全な第三国への移転か日本に戻すかのふたつの道しかないとの認識を示した。

 日立製作所の河村芳彦副社長も以前、中国や台湾などを巡る地政学リスクについて懸念を示し、サプライチェーンの拠点を国内や同盟国へ移すことを検討しているとした。

 河村氏は価格重視のサプライチェーンは潮目が変わり、今後は安定性や継続性を重視し、中国との経済関係が深まる東南アジア諸国連合(ASEAN)だけでなく、中国との関係が薄い国々を含め計画を作っていると明らかにした。

 このような経営者たちの懸念は、大手自動車メーカーでも見られる。ホンダは2022年8月、国際的な部品のサプライチェーンを再編し、中国とその他地域のデカップリングを進める方針を打ち出した。マツダも同月、中国経由などで調達する部品への依存度を引き下げるための検討をはじめたことを明らかにした。

 2社の動きは新型コロナなどの要因も影響しているため、地政学リスクにどこまでウエートが置かれていたかはわからない。しかし、冒頭で挙げた半導体覇権競争や経済的威圧など、中国に進出する日本企業の間で地政学リスクへの懸念が広がっていることは間違いない。

2024年4月24日発表。主要11か国と北欧3か国の合計販売台数と電気自動車(BEV/PHV/FCV)およびHVシェアの推移(画像:マークラインズ)

安全保障と経済のバランス

 政治や安全保障の分野に携わる人々の間では、依然として「企業はどのように地政学リスクに対処するか」といった視点で問題を捉える風潮が少なくない。要は、安全保障に関わる問題であるから企業はそれに対して自制をするべき、行動を変えるべきといった固定観念みたいなものがあり、

「安全保障は経済に勝る」

といった風潮がある。

 しかし、安全保障分野の研究者として企業向けのセキュリティーコンサルティングに従事する筆者(和田大樹)は、地政学リスクは海外進出する企業にとって考慮するべきひとつのリスク以上のものではないと考える。

 無論、地政学リスクが重大なものであれば、それによって企業は経営方針や戦略を変更せざるを得ない状況もあろうが、

「潜在的な地政学リスク」

があるというだけで経営戦略を大幅に変えることは難しいのが企業の実情だ。

2024年4月24日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

経済合理性と対中規制

 近年、中国依存からの脱却がさまざまな場所で議論され、インドやASEANなどグローバルサウスへのシフトにかじを切る企業の動きが以前より増えているが、

「中国にはない特有のリスクがある」
「テロや暴動、犯罪などが心配だ」
「そもそも代替先が確保できない、見つからない」

などといった企業の声を筆者は聞く。そういった企業にとっては、いかにリスクを回避する形で中国でのビジネスを継続するかが重要な課題になっている。

 トヨタ自動車の協業の決断の背景はわからない。しかし、トヨタ自動車のケースのように、潜在的な地政学リスクがあるなかでも中国へのビジネス強化を目指す企業の動きは今後も続くことだろう。

 日本は米国からの要請に応える形で、2023年7月から半導体製造装置など23品目で中国への輸出規制を開始したが、これは米国が求めるほど強い規制ではなく、日本の経済合理性とのバランスを取ったレベルの規制である。

 これと同じように、多くの対中懸念事項が叫ばれるなかでも経済合理性を意識した日本企業の中国ビジネスは続く。