日本ではもちろん、世界で大ブレイク中のディズニープラス「スター」オリジナルドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」が、最終10話まで配信となった。すでに続編を待ち望むファンの声も聞かれているが、この、日本の戦国時代を舞台にしたハリウッドメイドの異色戦国ドラマで同じように異色な武将、樫木藪重を演じているのは浅野忠信。主人公の吉井虎永(真田広之)を筆頭に、ほぼすべての武将が本心を隠し、己の野望を叶えようと策略と裏切りを繰り返すなかで、同じように奔走しつつも、どこか憎めない魅力を発揮しているのが藪重だ。

■「『このなかで僕が演じるのは藪重以外はいないだろう』。そういう確信を持ちました」

「『将軍』のプロジェクトは、これまでハリウッドで何度か持ち上がっていて、僕もアメリカのマネージャーと一緒に(過去作品に携わっていた)プロデューサーに会ったことがある。でも、実際に動きだしたのは今回の企画が初めてでした」。そう語るのは浅野忠信。数多くのキャラクターから、藪重を演じることになったのはプロダクション側からピンポイントで依頼されたからだという。「最初から“藪重”の役をオファーされたんですが、脚本を読むと『このなかで僕が演じるのは藪重以外はいないだろう』『このキャラクターを僕に任せてくれれば絶対にイケる』。そういう確信を持ちましたね」。

ということは、まさにハマり役だったということだ。「僕は日本映画だと悪役やクセの強い役が多い。だから、そんなキャラクターの役作りに関しては人一倍、いろいろと考えているという自負がある。藪重はそういう経験が活かされるキャラクターだと思ったんです」。

伊豆を統べる藪重は虎永につきつつ、裏では彼の宿敵、石堂和成(平岳大)にも媚びを売るという日和見主義的な武将。刻々と変わるパワーゲームの状況によってヒラヒラと2人の間を行ったり来たりする。その一方で、部下を助けるために命を張る頼もしさも兼ね備え、さらには英国人航海士ジョン・ブラックソーン/按針(コズモ・ジャーヴィス)の仲間を釜茹でしたりと、残忍な面もある。まさにひと筋縄ではいかない重層的なキャラクターだ。

「そういう悪役を、いわゆる悪役として演じるのはおもしろくない。確かに脚本には、“英国人を釜茹でにする”とか、“平気で人を欺く”とか書かれているから、そのとおりに演じればいい。違う言い方をすると、それ以上のことは望まれていないことになる。でも、それじゃあおもしろくない。だったら、真逆のアプローチをとったほうが、より藪重のキャラクターが際立つんじゃないかと考えたんです。つまり“お前を釜茹でにしてやる”という悪じゃなくて、そんなことしそうにないやつが残忍なことをやってしまうという感じ。そうやって裏切ったほうが絶対におもしろい」。

「忠臣蔵」をハリウッド流に翻案した『47RONIN』(13)、テレビドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」などの悪役演技で強烈な印象を残してきた浅野だからこその役作り。本作でコスチュームを担当したカルロス・ロザリオ(最新作は8月16日全米公開予定の『ALIEN:ROMULUS』)は浅野の藪重を「ロックスター」と形容している。

「ロック好きの僕にとって、それはうれしい表現ですね。僕のこの役でみんながノッてくれれば、自然発生的にいろんなことが起こり始める。そういうプロセスも大好きですから。こいつにしかできないという役をもらって、それをどう料理するか試行錯誤するのが僕のやり方。何度も脚本を読んで自分なりの理解を深めていったんですが、それがちゃんと形になったのは脚本家のジャスティン(・マークス)さんのおかげです。僕のなかでどんどん広がっていった藪重のアイデアを彼に投げかけると、それをちゃんと理解してくれて脚本に反映してくれた。『これでどう?』『まさにこれを待ってました!』みたいな感じ。すばらしいキャッチボールができたんです。これは本当にいい経験だった」。

■「新しい時代が始まったという感じがしました」

そういうチャレンジができたのも、現場での柔軟な対応があったからだという。撮影はカナダのバンクーバーを中心に行われ、スタッフの多くはアメリカ人。そういうなかで、自分の考えがしっかりと届くというのは理想的な現場だったということができる。「新しい時代が始まったという感じがしましたね。僕は、日本の映画人はどんどん海外に出て仕事をすべきだと考えているので、『SHOGUN 将軍』の意味はとても大きいと思う。日本映画の場合も、映画人がそういう他流試合を経験することで大きな刺激を受け、日本映画に必要なものがなんなのかを考えることができる。日本映画の現場が変わるチャンスにつながると思います」。

『モンゴル』(07)で若き日のチンギス・ハーンを演じて以来、海外でも熱い視線を浴びるようになった浅野。ハリウッドの大作『マイティ・ソー』(11)や『バトルシップ』(12)、『47RONIN』など、枚挙にいとまがないほどの出演作を誇る。同じように海外で活躍する真田広之は、そこで経験したおかしな日本描写に違和感を感じ、プロデュースも務める本作ではそれを払拭するよう尽力している。浅野もそういう違和感や憤りを味わったことがあるのだろうか。

「正直に言えば、そういうところはたくさんありますよ。でも、僕はそういうのをあまり気にしないほうなんです。『47RONIN』を例に挙げると、時代劇なのに英語だし、僕が出るシーンにも日本っぽくないものが映っていたけれど、僕は『これはファンタジーだから』というふうに思える。だから僕の場合は、なぜそういう日本っぽくないものがそこにあるのか?その理由を自分なりに探すというやり方。めちゃくちゃなことはたくさんあるけれど、それにリアリティを持たせるためにはどうすればいいのかと考えるんです」。この柔軟さ!そういう役者だからこそ、藪重を魅力的にかつ重層的に演じることができたのだろう。

■「本名とまるっきり同じ名前の武将を演じてみたい」

ところで、浅野は戦国時代や武将に興味はあるか。この時代と、そこに生きた彼らが、いまでも多くの日本人の心を掴んでいる理由をどう考えているのだろうか。「“if小説”というジャンルがありますよね。歴史上の実在した人物や、すでに知られているキャラクターを使って“もしこうだったら、こうなっていたのではないか”というような小説。戦国時代は、そういう物語の可能性を探ることできるんじゃないかな。僕も出演した北野(武)さんの映画『首』も同じ戦国時代が舞台だとは言え、これまで様々な形で描かれてきた物語とはまるで違う。“こうだったかもしれないぞ”という自由な解釈から生まれた映画ですよね。実際、僕もそういう想像力を思い切り拡げて藪重像を作っていきましたから。それに、(戦国時代や武将に)男性のファンが多いのは、フィジカルな戦いのみならず頭脳戦も繰り広げるので、そういうところが男心を刺激するんだと思います。僕自身はそれほど歴史に詳しくはないんですけど(笑)」。
 
ということは、演じてみたい歴史上の人物はいない?「いや、いるんですよ。僕の本名は佐藤忠信なんですが、まるっきり同じ名前の平安時代末期の武将がいて、浄瑠璃の『義経三千桜』に出てくる。彼は義経の家臣として知られています。別に父親が意識してつけたわけではなく偶然、同じ名前になっただけなんですけどね。でも、そういう因縁みたいなものを感じて、彼にはとても興味がある。その浄瑠璃の忠信は若い武将で、僕の年齢で演じるのは難しいかもしれないけれど、興味があるとなるとやっぱり彼。大河ドラマで是非とも僕に演じさせてほしいです!(笑)」。

取材・文/渡辺麻紀