音楽は私たちの心を動かし、ときに行動に駆り立てる。ある日本人科学者は、音楽の力を借りて、気候変動の背後にある地球システムへの理解を音楽の力で広げようとしている。

 それが、立正大学の地球環境科学者で音楽家でもある永井裕人(ながい ひろと)氏が作曲した弦楽四重奏曲第1番『極域エナジーバジェット』だ。永井氏は、地球環境の科学的な仕組みを人々が頭ではなく心で捉えられるように、「ソニフィケーション(可聴化)」という手法を用いて、北極域と南極域の衛星データを6分間の曲にした。

「環境問題だけでなく、複雑に組み立てられた地球のシステムと、その背後にある45億年の物語をまるごと伝えたいのです」と氏は語る。地球環境への意識を高めることが差し迫った課題となっている今、「人々に地球の仕組みの複雑さと壮大な秩序に注目してほしいのです」と氏は言う。

 この曲を生み出した研究プロジェクトに関する解説記事が2024年4月18日付けで学術誌「iScience」に掲載された。

極域のエネルギー収支をテーマに作曲

 この曲は、2本のバイオリンと1本ずつのビオラとチェロのための四重奏曲になっている。永井氏は4つの楽器のメロディーとして、グリーンランド氷床上の観測点、ノルウェー領スバールバル諸島の衛星通信施設、南極の2つの観測基地という極域の4カ所で1982年以降に収集された観測データを割り当てた。

 そして、コンピューターのソニフィケーションプログラムを使って、日射量、大気からの赤外線の放射量、地表の温度、雲の厚さ、降水量などのデータを音の高さに変換し、時間変化を表現した。

 永井氏は、極域のエネルギー収支をテーマに作曲したと言う。極域は気候変動の影響を非常に受けやすいため、気候変動と太陽エネルギーが地球全体に及ぼす深刻な影響を早い段階で察知することができるのだ。

「地球温暖化が注目されていますが、その背景には複雑なエネルギー伝搬のメカニズムがあります」と永井氏は説明する。「温室効果ガスが増えてそのバランスが崩れると、予期しない気候や気象の変化を招く可能性が高まります」

 この6分間の曲は、2023年3月に東京の早稲田大学で永井氏の講演とともに発表された。日本の弦楽四重奏団PRT Quartetによる演奏の映像もYouTubeで公開されている。

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