1483年の夏、イングランド王エドワード5世と弟のリチャードは、ロンドン塔に幽閉されたのを最後に、消息を絶った。それから何世紀もの間、叔父であるリチャード3世が2人を暗殺したのではないかと、確かな証拠もないまま言われてきた。

 そこで調査に乗り出したのが、2012年に英国レスターの駐車場からリチャード3世の遺骨を発見したことで知られる歴史家のフィリッパ・ラングレー氏だ。映画『ロスト・キング 500年越しの運命』のモデルにもなったラングレー氏は、2人の王子たちに何があったのかを明らかにするため調査を始めた。

 そしてこのたび、何世紀も前の事件を捜査した過程を『The Princes in the Tower: Solving History’s Greatest Cold Case(塔の中の王子たち:史上最大の未解決事件に挑む)』という本にまとめた。今回は特別にその一部を抜粋し、ラングレー氏がどのようにして捜査を行い、古い謎に新しい答えをもたらしたかを紹介する。

失踪王子プロジェクト

 姿を消したのは、エドワード5世(当時12歳)と、弟のヨーク公リチャード(同9歳)だ。2人の失踪は、現代であれば行方不明者の未解決事件に分類される。したがって、現代の警察の捜査と同じ原則と手法を採用する。解決への鍵となるのは、情報収集だ。

 しかし、現代の捜査手法が何百年も前に起こった失踪事件の解決に役立つのだろうか。

 未解決事件の捜査を成功させるには、後知恵を取り除くこと、事件の瞬間を掘り下げて、できるだけ正確かつ現実的に過去を再現すること、そして人間的な要素を取り入れることが基本になると、私(筆者のラングレー氏)は気づいた。そうすれば、収集した情報をより適切に理解できる。簡単に言えば、誰が、何を、どこで、いつ、なぜ、誰と行い、その結果どうなったかという分析だ。

 警察の捜査官からは、定評のあるTIE方式とABC方式を用いると良いというアドバイスを受けた。TIEとは、「追跡(Trace)、捜査(Investigate)、排除(Eliminate)」のそれぞれの頭文字を取って並べたものだ。事件の目撃者に話を聞くわけにはいかないため、時系列と広範なデータベースで人の動きを照合、比較し、一人ひとりを捜査対象から外していく。

 ABCは、「何も受け入れず(Accept nothing)、誰も信じず(Believe nobody)、全てを疑う(Challenge everything)」の頭文字を並べたもので、これらを実践することで証拠が適切に裏付けられていることを確認できる。

 プロジェクトはさらに、問題解決法として「一般的には最も単純な説明が正しい」という「オッカムの剃刀(かみそり)」の原則も採用する。

 これらを念頭に置き、2015年の夏、「失踪王子プロジェクト」はスタートした。最初は3つの線で捜査が行われたが、すぐにそれは111本にまで膨れ上がった。

 2016年7月に、英国で開かれたミドルハムフェスティバルで、失踪王子プロジェクトは正式に発足した。これに先立つこと2015年12月15日、プロジェクトのウェブサイトが公開されると、数時間で8人が会員登録した。

 それから数カ月の間に、世界中から300人がボランティアとして名乗りを上げた。古文書の調査を買って出た一般人のなかには、古書体学やラテン語、その他のヨーロッパ語の専門知識を持つ人も多かった。警察や国防省の専門家、中世の歴史家のほか、世界的な法人類学者からの意見など、様々な分野の専門家も参加した。刺激的であり、同時に気が遠くなるようでもあった。

 こうして、真実を探る旅が始まった。

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