自然を回復させる「ネイチャーポジティブ(NP、自然再生)」が世界目標となり、生物多様性をめぐる企業の連携が起きている。富士通と三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)は業界の垣根を越えて協力し、MS&ADインシュアランスグループホールディングス(HD)など金融4社もグループを結成した。気候変動対策に比べて対策が難しい課題が多く、企業同士が知見を持ち寄って対応する。(編集委員・松木喬)

富士通×三菱UFJFG 自然資本減少に危機感

富士通と三菱UFJFGは3月29日、NP実現に向けて協働する覚書を結んだ。ワークショップの開催や両社の強みを生かした「デジタル・ファイナンスソリューション」の企画、ソリューションの実証、さらに対外発信やコンソーシアム設立を検討するという。

ネイチャーポジティブをめぐる動き

両社は23年5月ごろから10回ほど、情報交換の場を持ってきたという。富士通グローバルカスタマーサクセスビジネスグループ(BG)の西川弘爾マネージャーは「三菱UFJFGは全業種とグローバルにネットワークを持っている。社会課題を解決するために、そのネットワークの活用が有効だろう。富士通の技術も掛け合わせ、社会課題解決に貢献できると考えた」と業界を超えた連携に至った経緯を語る。

三菱UFJFGサステナビリティ企画室の小池祐之介調査役も「金融機関単独でのソリューション提供にとどまらず、富士通との協働でより広いソリューションを検討できると考えて覚書を結んだ」と説明する。

三菱UFJFGは4月1日、自社事業と自然の関連をまとめた「TNFDレポート」を発刊した。その中で取引先の支援を3段階に整理した。まずは「初期理解・体制整備」であり、取引先が依存や影響を与えている自然資本の分析をサポートする。次が影響を回避・最小化する「ソリューションの検討や戦略立案」、そして最後が「ソリューションの実行、効果測定や開示」だ。

だが、両社とも初めからソリューション提供をビジネスとして考えてはいない。富士通グローバルソリューションBGの永野友子マネージャーは「社会変革のために何が必要なのか、課題を軸に考えることから取り組む」と力を込めて語る。

生物や水を資産と同じように捉えた「自然資本」という概念がある。自然資本が劣化することで資源調達や工場の操業が脅かされ、経営に影響が出る企業が少なくない。自然資本の減少に対する危機意識を持つことで、企業の対応も明確になる。だが、自然資本は二酸化炭素(CO2)のような定量的な計測は難しい。しかも取引先も含めると膨大な情報が存在するため、企業として現状把握や有効な対策の検討が難しいという課題がある。

三菱UFJFGサステナビリティ企画室の宝田一輝上席調査役は「課題と言っても気候変動のように明確に整理されていない。しかも1社ごとで違う。うまく言語にできていなくても危機感を持っている会社は少なくない。課題を聞きながら一緒にできることを探っていきたい」と方向性を語る。

覚書締結の発表後、NPへの取り組みで悩みを抱える企業から連絡があった。2社は賛同企業を募り、各社の課題を明確にした上で、解決に必要なソリューションを提供する。永野マネージャーは「私たち2社に限らずにソリューションを持つ企業が提供できる場にしたい」と意気込みを示す。

三井住友FG×MS&AD×政投銀×農林中金 財務リスク分析を支援

三井住友FG、MS&AD、日本政策投資銀行、農林中央金庫の4社は23年2月、「FANPS」と呼ぶグループを結成した。金融の知見のほか、グループのコンサルティング会社のノウハウを生かし、取引先のNP推進を支援する。

FANPSのシンポジウムでカタログを公開

4社連合も企業が抱える課題の抽出からサポートする。23年9月、無料の「FANPS簡易診断」を始めた。国際組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が提示した開示推奨14項目ごとに対応度合いを3段階で評価する。希望する企業はインターネット上で設問に回答すると、24時間以内に報告書を受け取れる。

24年3月には、自然資本の減少による経営リスクの分析に使える手法・技術77件をまとめた「ネイチャーポジティブソリューションカタログ」を無料公開した。当初、手法・技術256件をリストアップしたが、国立環境研究所の専門家の協力を得て科学的視点から77件に絞り込んだ。農林中央金庫の北林太郎常務執行役員は「カタログはNPの打ち手(取り組み)の手がかりになる」と語る。

政府も企業の活動を後押しする。環境省などはNPに取り組む企業が社会から評価され、資金を呼び込める経済を目指した「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を策定した。情報公開によって自然資本の減少が事業に与える影響を明らかにするように要請。リスクを認識して自然資本を回復させることが自社への影響回避につながり、NPにも貢献できるとする。

国は情報開示や事例共有、企業が連携するプラットフォーム(基盤)創設などを支援する。また、NPを優先する企業活動に変容すると30年には47兆円のビジネス機会があるとした。