米大リーグで活躍する大谷翔平選手の専属通訳を務めていた水原一平氏が、違法賭博に関与した問題に、連日多くの注目が集まっている。すでにアメリカ連邦検察が水原氏を銀行詐欺容疑で訴追。一時身柄を拘束されたが、大谷選手との接触禁止やパスポート没収などを条件に保釈されている。
 衝撃的だったのは、大谷選手の銀行口座からおよそ1600万ドル(約24.5億円)がブックメーカー(賭け屋)に不正送金されていたことだ。

 スポーツベッティングの国内外の事情に詳しい弁護士法人C-ens法律事務所代表弁護士 森崎秀昭さんは「スポーツと賭博の関係性は、企業と同様のガバナンスやコンプライアンスが必要不可欠」だと話す。野球賭博が起きる原因や未然に防ぐための仕組みづくり、マインドセットの重要性について話を聞いた。

◆“頼れるお兄さん”だった水原氏の光と影

 森崎さんは、プロバスケットボール「Bリーグ」の前身となった NBLやNBDLの立ち上げに関わってきた。また、アスリートの不祥事やチーム・リーグ・協会のコンプライアンス・ガバナンス問題などの案件にも長く携わってきている。

 こうしたなかで、大きな波紋を呼んでいる水原氏の違法賭博問題についてどう考えているのか。森崎さんは「今回の事件は、大谷選手を株式会社と照らし合わせると、問題の本質がわかりやすい」と話す。

「アスリートにおいては、ある程度の収入が入ってくると、お金の管理が必要不可欠になります。大谷選手を企業組織として考えると、トレーナーや財務、通訳、生活サポート担当などがいると思います。そこで財務を法人を作って管理するか、家族に任せるか、個人に任せるかなど、管理方法は人によってさまざまです。

 野球選手としてのプレイのみならず、清廉潔白な人柄も評価が高い大谷選手であっても、財務管理のしっかりした仕組みが作れていないと、今回のような事件に巻き込まれることがあるというのが明らかになったのではないでしょうか」

◆ファイナンスに強い“右腕”の存在が必要

 違法賭博や不正送金を未然に防ぐやり方はなかったのだろうか。森崎さんは「管理者への監視が行き届かなくなることが原因」と語る。

「トップアスリートにはファイナンスに強い“右腕”の存在が必要で、本来はその人がガバナンスやコンプライアンスの視点から、誰がどのようにお金へアクセスするといった承認権限を決めていくことが望ましいと思います。大谷選手の場合、通訳だった水原氏がさまざまな場所で同席していたようですね。

 今回の口座については、水原氏が通訳という立場を利用して、自身の権限でアクセスし、利用できるように不正に権限を変更したようです。大谷選手や財務担当の右腕が、常に口座の状況を監視できるようにしておければ未然に防げたはずですが、水原氏が通訳という立場を巧みに利用してしまったようですね。お金に関する業務についてダブルチェックができない、大谷選手やお金の管理者が直接最終権限を取得できていないということがが問題が大きくなってしまった原因かもしれません。

 たらればになってしまいますが、現在の情報から推測をすると、口座開設時にも水原氏が同席して通訳をしていたようですが、本来であれば、口座開設についても専門家や専門の会社に依頼しておければ良かったのです。お金という非常に重要かつ人の欲を刺激するものに関する業務を、通訳というお金の専門家ではない人と一緒に行ってしまい、そこにお金のプロがいなかったことが問題かもしれませんね。

 こうしてみると、海外に挑戦するアスリートは、本当にさまざまなリスクヘッジが必要で、本当の意味で信頼できる右腕の存在が非常に重要なことが良く分かります」

◆「人間誰しも魔が差すこと」を前提に

 最終的なクライシスからどう距離を取っておくかを考え、お金の管理をしていくかが肝になるわけだ。

「その際、京セラを創業しJALを再建した稲盛和夫さんが大切にされた考え方で、人間誰しもが弱いという『性弱説』の考え方(人間は魔が差してしまうもの)を前提に、人として生きる上で自分の弱さ、仲間の弱さを認識して、仕組みを作ることが大事です。

 また、違法賭博をやった、大谷選手のお金を横領したという瞬間を切り取ると、水原氏は100%その責任を負わないといけませんが、過去に何か偏った価値観を得て、自身の弱さを知り克服する方法を知らずにギャンブル依存症になってしまったり、お金の管理が苦手になったかもしれない。ひとつの出来事が起きた際に、全否定するのではなく、いろんな角度から考察していく視点を持つのも大事だと思っています。

 そして、トップアスリートも、人の弱さを前提とした仕組み作りができれば、大谷選手のような事件に遭わずにプレーに集中できるのかもしれないですね」

◆フリーライド、ハニトラ…危険がたくさん

 一般的に、アスリートはお金の扱いが苦手なケースが多いと言われている。アスリートとして活躍し、大金を手にするようになると、その名声に“フリーライド”しようとする人が周りに集まってくるのだ。

「やたらと親戚を名乗る人が増えて、『お金を貸してくれ』とせびられたり、美人局によるハニートラップを仕掛けられたりすることもあると聞きます。大谷選手のような野球に集中してきた若い選手であれば、悪意ある人と接した機会が少なく、お金周りのリスクに対する感度がまだ育っていなかったのかもしれません。そこをカバーできる体制が作れたら良かったものの、誰も気を配れなかったのが、水原氏が大谷選手のお金を使ってしまった原因のひとつと考えています」

 森崎さんがアスリートに対し、マネーリテラシーを説く際には「お金のことは税理士に相談すること」と「良い先輩をお手本すること」を伝えているという。

「元プロ野球選手の里崎智也さんのお金との付き合い方は非常に参考になると思います。里崎さんは『4・4・2の法則』として収入の内、4割税金、4割貯蓄、2割自由に使えるという法則で生活をされているようです。これは収入や資産の管理が簡便で効果的な策だと思いますね。

 一方で、身近な先輩の意見に染まってしまうことで、賢いお金の使い方ではなく、高級時計や高級車などを購入する“羽振りの良さ”を教えられるのは、アスリートらしさでもありますが、アスリート人生の短さから考えても危ない面もあると思います」

◆スポーツベッティングの秘めたる可能性

 日本においては野球賭博に限らず、競馬・競輪・競艇・オートレースの公営競技とtoto・BIG・WINNERのようなスポーツくじを除く、スポーツベッティングは違法とされている。しかし、森崎さんは「スポーツベッティングの市場規模は拡大しており、非常に大きな可能性を秘めている」とポジティブな意見を寄せる。

「近年の動向としては、リアルからデジタルへ移行したことで、スポーツベッティングへの参加ハードルが低くなっています。さらに、進化したAIやテクノロジーによる大量のデータマイニングで、スピーディーなデータの解析と集約が可能になり、試合中であっても“1プレイ単位”での賭けができるようになりました。ベッティングの収益の一部は、社会や福祉などに還元されていますし、危機管理やガバナンスなどの問題をクリアすれば、さらに広がる可能性があり期待しています」

 今後、もっとデータの処理スピードが上がっていけば、スポーツベッティングの市場はより一層膨らんでいくかもしれない。

◆「ファン市場の拡大」安全な賭博のあり方とは

 また、森崎さんは「国が何を良しとし、何を悪とするかによって、賭博のイメージが変わってきてしまう」とも述べる。

「日本はかつて、反社会勢力の資金源になっていたことや、勤勉に働くことへの美徳が相まって、賭博にネガティブな印象が根付いています。スポーツベッティングの是非を問う場合、重要になるのが賭博を禁止するのか、それともライセンス制にするのかが争点です。消費者金融があることで、消費者がヤミ金や悪徳業者に流れてしまうのを食い止めているように、競馬や競艇、競輪といった公営競技があることで、違法賭博への国民の参加を防ぐ役割になっているとも言えます」

 さらに、フェアな賭博が行われるようにルールメイキングしていけば、「スポーツ振興やリーグの発展に貢献し、選手への還元にもつながる好循環を創出できる」と述べる。

「いかにクリーンかつフェアにするかが大きな課題だと思いますが、あらゆるデータを解放し、スポーツベッティングしやすい状況を作れば、ビックデータの分析から選手の八百長も防げるようになのではないかと考えています。試合中のパフォーマンスも可視化されることで不正も見つけやすくなるほか、ベッティングという金銭的なインセンティブによって、今までにアプローチできなかった新規のファン増加も期待できるでしょう」

 大谷選手の一件もあり、ネガティブな意見が主流で、解決すべき課題も多くあるスポーツベッティングだが、今後の動向に注目したい。

<取材・文/古田島大介>



【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている