MLBドジャースの大谷翔平選手の元通訳担当であった水原一平氏が違法なスポーツ賭博での借金により解雇された問題で、メディアでは「ギャンブル依存症」の問題が頻繁に取り上げられるようになった。
 だが、筆者はあえて言いたい、多くのコメンテーター達が眉間にしわを寄せながらしたり顔で語る「ギャンブル依存症」の話は、8割がた間違った理解のもとで語られている。しかしあたかもそれが真実かのように語られてしまうことで、ネットニュースにはあっちもギャンブル依存症、こっちにもギャンブル依存症、私もあなたもギャンブル依存症とでも言わんばかりに、ギャンブル依存症関連ニュースがネットに乱載される。

 では、そもそも「ギャンブル依存症」とは何なのか?

◆「ギャンブル依存症」と言っているのは日本だけ?

 Googleで検索すると「久里浜医療センター」という施設が「ギャンブル依存症」について解説している。曰く、「その人の人生に大きな損害が生じるにも関わらず、ギャンブルを続けたいという衝動が抑えられない病態」であるという。

 この久里浜医療センターとは、厚生労働省の委託を受けて、ギャンブル依存症の調査をしている機関でもあり、日本における「ギャンブル依存症の権威」のような立場にある施設だ。

 またGoogle検索の次段では、消費者庁が「ギャンブル等依存症とは、ギャンブル等にのめり込んでコントロールができなくなる精神疾患の一つです」と明言していたりもする。

「じゃあ、テレビが言ってる『ギャンブル依存症』と同じじゃん」という声が聞こえてきそうだが、しかし、いやだからこそあえて言いたい。そんなことを言っているのは日本国内だけだと。

◆世界には「ギャンブル依存症」という言葉は存在しない

 10行だけ難しい話になるが、なるべく分かりやすく解説するので、お付き合い願いたい。

 新型コロナウイルスが蔓延しているとき、こちらも連日のようにメディアに取り上げられていたWHO(世界保健機関)では、ICDという「世界の疾病の分類」をしている報告書がある。このICDが2022年に11回目の改訂を迎え、世界中の疾病に対する概要が様々に追記訂正された。前回の改訂が1990年であったから約30年振りの改訂になる。ちなみに「ICD−11」は「アイシーディーイレブン」と読む。

 そもそも30年前のICD−10でも、ギャンブル依存症については「病的賭博(Pathological Gambling)」という表現に留められていたが、ICD-11では、「ギャンブル障害」(Gambling Disorder)と書き換えられた。

 これにより、ICD-10までは「アルコール依存」や「薬物依存」などと同じように扱われていた「ギャンブル障害」であるが、物質に依存する「アルコール依存」、「薬物依存」と、行動の障害である「ギャンブル障害」が明確に区分けされたということを敢えて強調したい。

 その上で、ICD-11では、「ギャンブル障害」の症状を明確に示した。
 
 その症状とは、

①ギャンブルに興じる時間や頻度を自分でコントロール出来ない
②日常生活において、ギャンブルを他の何よりも優先させる
③否定的な結果(人間関係の破綻、多額の金銭的損失、健康への悪影響等)が生じてもギャンブルを続け悪化させていく

の3つの症状すべてに当てはまり、且つ

④その行動によって、個人、家族、社会、教育、職業などに重大な苦痛や障害が生じている

状態のことを言う。
この要件が「ギャンブル障害」の必須要件となるのだ。
水原一平氏は「ギャンブル障害」であるか否かはここでは問題ではない。メディアが連日報じた「ギャンブル依存症」というものが、果たしてこのWHOの新たなジャッジの上で、正確に論じられてきたのかが問題なのだ。

◆30年前のものを、あたかも現代病のように語ってしまう厚労省の愚

 実は厚生労働省では、WHOが新たに提唱したICD-11をいまだ国内に適用していない。だから冒頭のように、国に近い機関だからこそ、ギャンブル障害について間違った理解を流布してしまうのだ。

 例えば、パチンコ。

 2000年頃から、社会的に公営競技やパチンコ・パチスロ依存が問題となり、2009年に厚生労働省が行った調査によれば「ギャンブル依存症536万人」という衝撃的な数字がはじき出された。その後、2017年に再度厚生労働省が成人1万人に対し面接調査を行った結果、生涯においてギャンブル依存の疑いがある人は約320万人という推計値が発表された。

 一度目の調査に比べ、二度目の調査では依存症の疑いがある人が大きく減った訳だが、これも「生涯を通じて」という調査結果であり、実はこれを直近1年で換算すると約70万人程度という数字となる。そもそもこの調査に用いられたSOGSという調査方法自体が現代では改善の余地があるとされており、一説には直近1年で「ギャンブル障害」と思われる人は40万人という話もある。

 公営ギャンブルやパチンコを擁護する訳ではないが、少なくともこの調査結果により、厚生労働省が指摘する「日本はギャンブル依存症が突出して多い」、「それはパチンコ・パチスロの普及ゆえ」というのが誤りであることは証明された。

◆ICD-11適用後のギャンブル障害対策とは?

 ICD-11が新たに定めた「ギャンブル障害」が、日本の「ギャンブル等依存症対策」に適用された場合どうなるのか? まずは40万人〜70万人と言われるギャンブル依存症者を、「ギャンブル障害を抱える人」と「その前段階で予防措置が必要な人」に分けなくてはならない。その結果、治療や専門機関等なんらかの介入が必要な、重度のギャンブル障害を抱える人の数は激減する。ここで大事なポイントは、「数が減る」ということでは無い。大事なことは−

①ギャンブル依存問題を抱える人、特に社会的なケア等を要する人たちの実態実情を反映させやすくなる。
②パチンコ業界においても対象者が明確になることで、より効果的な対策や予防策を提供することが出来る。

 ということだ。

 現状では、重度のギャンブル障害から一時的または軽度な行動障害をひとまとめにして「ギャンブル依存症」と言っていては、真に対応を要する人たちの実情が見えにくくなる。しかしその実情が明白になれば、パチンコ業界が現時点では全方位に全力で取り組んでいる対策も、より的確に、より効果的に講じることが出来る。

 これは、業界の依存問題対策の効率化に繋がる。効率化が進めば対策効果の最大化を図れると同時に、不要な金銭的、時間的コストを削減することにも繋がる。

 2025年の大阪万博が終われば、日本ではまたカジノ議論が沸騰する。その時にはギャンブル障害の問題についても改めて話し合われるのだろう。

 本当の意味での対策は、正確な理解にそって構築されなければならない。

 正確な理解も無いまま、世界の趨勢も知らないまま、「ギャンブル依存症は病気だ!」と声高に叫びながら、メディアが分かりやすい不幸なストーリーだけを追い求めるなら、この国では真の意味での対策は講じることが出来ないだろう。

文/安達 夕(@yuu_adachi)



【安達夕】
フリーライター twitter:@yuu_adachi