過度にストレスフルな状況下にさらされた人間が取る行動は驚くほど似ている。
 不眠または過眠。過食または食欲不振。ギャンブルや色欲に溺れるか、酒に飲まれるか。こうした問題を同時に抱えるうちに、傍目にもわかりやすい変化が起こる。極端に痩せこけていくか、急激に太ってしまうのだ。

 現在、月刊誌の編集長を2誌掛け持っている建部博氏(39歳)も例外ではなかった。仕事に邁進していたからこその出世であるが、自ら課していたストロングスタイルの労働に体は悲鳴を上げていた。昇進前、体重計が指した最大値はなんと113キロ。25以上で肥満とされるBMI値が41.5にのぼったのだから、いかに「巨漢」であったことか。

 そんな氏だが、昇格とともにダイエットを開始すると、わずか10ヶ月で-50キロ超の減量に成功。さらに「紙の時代の終焉」が叫ばれる昨今、赤字から黒字へのV字回復をも同時に成し遂げたのだ。

 ダイエットと仕事。片方だけでも難題のこの二兎を、いかにして捕らえたのだろう。前回に引き続き、実態をつまびらかに語ってもらった。

建部博氏◆仕事も「ダイエット」することで経費削減に成功

——仕事にはわかりやすい正解がない反面、ダイエットには正攻法があるのが救いなのだとお聞きしました。しかし仕事でも、しっかりと成果を挙げていらっしゃいます。どんなことをされたのですか。

建部博氏(以下、建部):実は、仕事も「ダイエット」させたんです。それまでの価値観から180度変えて、飲み会や会食をすべてカット。外部とはもちろん、校了後の内輪の打ち上げも基本的には取りやめました。ちょうど世間的にも、コロナ禍による価値転換が進んでいたタイミングであり、時流にも恵まれたのでしょう。編集部内での反発もありませんでした。

——とはいえ、再び会食が盛んに行われるようになった現在。これまでなら落とせていた「飲食費」が経費として会社に請求できないのは、不満の声も一部では上がってきそうですが……。

建部:「残業時間」もあわせてカットしたのがよかったのだと思います。私自身、職場に長時間いなければと思っていましたが、冷静に考えると効率的な働き方ではありませんでした。無理に作業時間を圧縮するのではなく、やみくもに「その場にいる」時間を是正できたかな、と。

 たとえば飲みの席でも、「今度◯◯やりましょう!」と盛り上がると、仕事をやった気になりますよね。けれど実際のところ、飲み会で合意した話は驚くほど実現しない(笑)。「絶対にやる」意思決定を相互に共有するには、日中にわざわざ時間を設ける方が結局のところ近道なんです。

——編集部を巻き込んでの、価値観の現代的アップデートに成功されたのですね。

建部:実売部数を上げるために打てる対策は、残念ながら多くないと思っていて。基本である、良質な記事作りを愚直に重ねていくしかないのですが、マーケット的に劇的な効果を期待できるものではありません。他方で編集部としての支出を抑えることは、ダイエットと同様に効果が明白。黒字化・収益体質の改善への第一歩には、マストの取り組みだと考えたのです。

◆50キロ減量して「好転したことは数えきれない」

——ダイエット的発想が、そのまま仕事にも生きたとは。50キロ減量し、仕事のやり方も変わったとなると、私生活での変化も大きそうです。

建部:好転したことは数えきれないですね。なかでも、子供との関わり方を変えられたことが一番よかったことかもしれません。毎日会食していた当時は、休日をほとんど寝て過ごしてしまい、遊ぶ時間もあまり確保できていませんでした。いざ遊んだとしても、体が重くて体力はもたないし、遊園地の乗り物では物理的に体重制限で引っかかってしまうし……。見た目や肩書きだけでなく、父親としての私のあり方も激変しました。

◆デメリットは「妻から浮気を疑われたこと」

——お子様もパートナーの方も、変貌ぶりに驚かれたのでは。

建部:子供は案外、無頓着で。遊べることは当然喜んでくれているはずですが、見た目の変化はそれほど言及されませんね。一方で妻には長年、健康面の心配をかけてしまっていましたから、とても喜んでくれています。かつては万一に備えての保険に入ることすら叶いませんでしたし……。また見た目上も健康的になったことで、ママ友への紹介もしやすくなったようです(笑)。

——見た目に健康、仕事、家庭。すべてが上手く運んでおり、成功譚としてあまりにでき過ぎです……(笑)。つかぬことを聞きますが、思わぬデメリットはなかったのでしょうか?

建部:減量期間中は、目に見えて髪が薄くなってしまいました。内臓としてはともかく、毛髪には栄養が足りなかったのでしょう。維持期に入ってから、少しずつ復活してくれたのでよかったのですが。あとは妻から「急にダイエットするなんて、浮気してるんじゃないの」といったような、あらぬ疑惑をにわかに持たれていることですかね。

——疑いたくなる気持ちもわかります。

建部:自分でも「かっこよくなりたいからダイエットを始めたんだよ」などと言っているのがいけないのでしょうけど(笑)。恋愛的な意味でモテたいとかではありませんが、純粋に人として素敵になりたい気持ちはそりゃ、ありますから。そうした性別にかかわらない意味での、周囲の人たちからモテたいという気持ちは今でもあります。あとは、痩せて服選びの楽しさを思い出せたのも、個人的にうれしい変化でした。

◆服のサイズは「5L」から「M」に変化

——サイズはどのくらい変わったのですか。

建部:最大で5Lを着用していたのが、今ではMサイズか、場合によってはSサイズです。クローゼットは一新するほかなかったので、それなりの出費になりましたね。ただ、5Lだと服探しにも難儀するんです。体が入るものは袖や裾が余るし、あったとしても謎の英字ロゴがドン!と主張するようなものばかり。だから稀に納得できるものを見つけると手当たり次第に買う始末でした。そのため服飾費も今の方が抑えられています。

——どう転んでも、いいことずくめ! ただし、ダイエットにおける最難関の敵は「維持」。現在はどのようにキープされているのでしょうか。

建部:ウォーキングは、頻度も距離も減量期と大きく変わらず継続しています。ラジオを聴いたり、あるいはデジタルデトックスを兼ねるような形で考え事をしたりしながら、通勤路を歩く。生活のなかに効率的に落とし込めているので、無理なく続いています。

 食事は打って変わって、バランスのよいものをきちんと摂る方向にシフトしました。1日1500〜2000kcal・糖質175gを基準に、炭水化物も週に3回食べています。くわえて筋トレも始めましたし、年に数回はお酒も飲むようになりました。手前味噌ながら、しっかりコントロールできていますね。

◆「紙の雑誌」を出すことを大切にしていきたい

——まるで別人に生まれ変わったかのようですね。仕事の方はいかがでしょうか。

建部:仕事もおかげさまで、ひとまず安定的な数字を継続することができています。『MONOQLO』も『家電批評』も、忌憚ないレビューを行うために広告を誌面に入れていないので、ドカンと売上を伸ばすことは相変わらず難しいんですけれど。

——そもそも紙の雑誌は休・廃刊が相次ぐ苦難の時代。維持だけでも大変なことだと思います。

建部:はい……。収支だけを考えたら、紙での発刊を取りやめる各社の事情は非常に理解できるんです。それでも「紙の雑誌」に価値を見出してくれる、信頼性を感じてくださる方々も依然多くいらっしゃると感じています。誌面に登場してくださる、デジタルネイティブなZ世代のインフルエンサーの方も「出版デビュー」なんて、まだまだ喜んでくれるんですよ。

——すると、今後の展望は。

建部:時代の流れに応じて改革していくことは必要不可欠。信頼される記事を作ることによって生まれる副産物を生かしつつ、「紙の雑誌」を出すことをまだまだ大切にしていきたい。自分たちとしても、やはり「紙の雑誌」が好きだし、楽しいですから。そこにコンテンツの多方面の活用といった「信頼性の高い記事だからこそお金を産める」サイクルをより根付かせて、さらに加速させていきたいですね。

 健全な収益を確保しながらも紙媒体を出し続ける。そのためにできることを、編集長として今後も模索し続けていきます。

<取材・文/海原あい>



【海原あい】
コンビニで買えるビール類はほぼ全制覇しています。本は紙派。さらに調味料と服とスペースエイジ系のインテリアを収集しているため、収納不足に陥りがちです。好きな検索ワードは「備忘録」