ハンバーグやナポリタン、オムライス。日本独自の進化を続けてきた洋食は、いつ食べてもうまい。全国で食べ歩いた洋食店は100カ所以上。食通として知られる料理芸人クック井上。さんにオススメの都内洋食店10軒を教えてもらった。

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「洋食はいまではファミリーレストランで食べられるようになりましたけど、ハンバーグもナポリタンもオムライスも、昔はごちそうでしたよね。お味噌汁と店によってライスがついたりして、本場の人からすれば、あれっ? って思うかもしれませんけど(笑)」

 料理も得意なクック井上。さんは「魔法の万能調味料 料理酒オイル」も出版。食べ歩き仲間と時には1日10軒を巡ることもあるそうだ。

①お座敷洋食入舟(品川区南大井)

 4月中旬、クック井上。さんと本紙記者が訪れたのは、東京東部に位置する2軒。1軒目は、創業1924年のこの店だ。

 JR大森駅から海岸方面に向かって歩くこと7分。大きな一軒家に店名を記した表札が。正面に食堂があるが、左の玄関から建物の中へ。昭和レトロな店内にはカーペットが敷かれた座敷にテーブルが置かれ、江戸の風情を感じる調度品もある。

 4代目の松尾信彦氏によると、この辺りは昔、料亭街だったという。そこには、和食やカニ料理の店だけでなく、中華料理屋や洋食などの店も軒を連ねていたが、当時の料理組合の中で残っているのはこの店だけ。今月10日に100周年を迎えた。

「ちょうど4月10日はボクの長男の誕生日。その日に食べに来ました!」と話すイチオシメニューは店の看板料理の海老フライだ。大きなエビ3匹で1590円。ニューカレドニア産「天使の海老」の大ぶりなものを使用している。その特徴は殻が薄いこと。身はプリプリで、頭のおいしさにも驚かされる。魚介は豊洲市場から毎日仕入れているという。

 アジフライもこだわりの一品だ。

「アジフライの概念が変わります。あまりにもフワフワで、ほんまにアジか? と思います」

 その日のアジは淡路産。価格次第では、漁礁で生まれ育つ瀬付きアジとして名高い愛媛の奥地アジも使う。「アジはぜひ尾ひれまで食べてほしい」と松尾さん。

 毎月25日の給料日から1週間のランチは地元の会社員で混雑する一方、黒塗りの社用車で訪れる航空会社の幹部、馬主や調教師など周辺の食通たちも常連だという。

 良心的な価格は4代目の心意気。老朽化する木造の建物は悩みの種だが、「毎月の修理費が大変で、自分たちで直せるものは直しています。守れる限り、店を守っていきたい」と松尾さんは頑張っている。

②ぐりるスズコウ(大田区蒲田)

 次に訪れたのはJR蒲田駅から徒歩2分のこの店だ。注文は、「250グラムの特大生姜焼き(2300円)の一択です」。

 なるほど、肉の厚さは2センチくらいありそうだ。肉に焼き目をつけてオーブンで12分ほど火を入れるという。

「この生姜焼きは、スズコウでしか食べられません。この厚さでこの軽やかさ。女性もペロリといけちゃいます。ロースの新たな魅力を感じます。おまけに生の生姜が混ざったしょうゆタレがご飯泥棒です。タレが染み込んだポテトもカリフワジュワーでうまい! 元気が出ます!」

 何度訪れてもほかのメニューを頼めず、いつもこの特大生姜焼きを頼む。面が広くて分厚いロースは、豚一頭から何枚も取れるものではない。仕入れ先との関係が不可欠だ。そんな仕入れ先があるのも、老舗ならではだろう。

 同店の創業は、最初の東京五輪が開かれた1964年。壁に飾られている東京の地図は、当時の雑誌付録。上野や銀座の精養軒で修業した創業者の鈴木康平氏の名前が由来だという。父から店を引き継いだ2代目は九重部屋の元力士。チキンライスやスパゲティ、カレーライスなどはやめ、ロースを主力メニューに絞ったそうだ。

 ニッポンの洋食史を飾る2軒に、このほか8軒のそれぞれのイチオシメニューは?

③ジャポネ(中央区銀座西)

「茹で置きスパゲティを炒めた味がたまりません! ロメスパの人気店です」

 ロメスパとは路面にあるスパゲティ店のこと。立ち食いそばのようなスタイルで料理を提供する。

「イチオシはシソ風味のジャリコ。ナポリタンやカレー味のインディアンも激ウマ! 有楽町サラリーマンのランチ人気ナンバーワンかもしれません」

④ヨシカミ(台東区浅草)

「うますぎて申訳けないス!」のコピーで知られる浅草の有名店。

「小学生の頃、必ず月に1回は連れてきてもらった思い出深き洋食店です。今も昔もイチオシはポークソテー。ライスが進むったらありゃしない。最後はタレをライスにかけて食べたくなります」

⑤バーボン(世田谷区世田谷)

 世田谷のボロ市通りにあるレストラン。

「ハンバーグオリジナルライス」は文字通りオリジナリティーあふれるメニュー。店名を冠した「バーボンライス(スパゲティ)も◎です」。

⑥さぼうる2(千代田区神田神保町)

 喫茶店で食べる洋食のアイドル「ナポリタン」がイチオシ。茹で置きでモチモチになったスパゲティを香ばしく炒めてウエット系に仕上げた一品。皿からあふれるナポリタンを、いい大人が口の周りをケチャップだらけにして頬張る。

⑦はやしや(新宿区新宿)

 新宿の老舗飲食店グループの洋食業態。「昭和のプレート」はサーモンムニエル、ポークソテー、ハンバーグ、海老フライ、ハヤシ(またはカレー・ライス)にスープ、ドリンクがつく。

「夢の大人様ランチです」

⑧とりかつCHICKEN(渋谷区道玄坂)

 今年100周年を迎える渋谷・百軒店商店街にある揚げ物専門店。2品.3品.4品と、自分の好きな揚げ物を好きな分だけ選べる。

「店名のとりかつはしっとりとジューシー。とりかつ3品を頼む猛者もいます」

⑨ロビン(渋谷区笹塚)

 2018年に店主が倒れて突如閉店したが、場所を変えて弟子が復活させた。各種スパゲティにハンバーグをトッピングさせたわんぱくメニューがイチオシ。

「ハンバーグはナポリタンにのせるのもいいですよ」

⑩中華料理七面鳥(杉並区高円寺)

 高円寺が誇る町中華の名店で食べる洋食の王者「オムライス」が絶品。

「長年使い込んだ中華鍋で炒めるからこその香ばしさやコク、風味が二重丸。コの字のカウンターで食べる“この娘”にホの字ですよ」

 ニッポンの歴史も垣間見える老舗洋食店の食べ歩き。春の風に誘われて出かけてみますか?

(④から⑩の写真はクック井上。さん提供)