西遊記を題材にした「分身の術」。来場者のシルエットも作品の一部のようだ4月のイベントでファンに手を振る藤城さん。後方には藤城さんが生み出した人気キャラクター「ケロヨン」の姿も原爆ドームを描いた「悲しくも美しい平和への遺産」。折り鶴が空を舞う藤城さんの妻千代さんを描いた油絵。千代さんはケロヨンの着ぐるみに入ってテレビや舞台で活躍した博多祇園山笠や櫛田神社、太宰府天満宮、福岡タワーなど福岡ゆかりの作品も会場を飾る

 影絵作家の第一人者、藤城清治さんの展覧会「藤城清治 100歳 美しい地球 生きるよろこび 未来へ 展」(西日本新聞社などでつくる実行委員会主催)が、福岡市早良区の市博物館で開かれている。小人や動物たちを題材にした作品群は戦後、テレビや雑誌で盛んに紹介され、幅広い世代で人気を博した。時代を超えて輝き続ける藤城さんの作品世界に足を踏み入れてみた。

 「世の中は10年で変わる。遅れないようにと頑張ったら100年は短い」。百寿を迎えた4月17日のバースデーイベントで、これまでの創作活動を振り返った藤城さん。その言葉通り、本展では時代とともに幅を広げてきた藤城さんの作品の歴史をたどれる。

 会場に入ってまず目にするのは、藤城さんが学生時代などに描いていた油絵。妻千代さん=2006年に82歳で死去=を描いた「千代像」(1949年)が印象的だ。藤城さんが立ち上げた人形・影絵の劇団員でもあった千代さんの行動力や強い意志を感じさせる。

 やがて影絵劇を機に、影絵を雑誌に掲載するようになったが、当初はモノクロだった。雑誌連載の「西遊記」の挿画は、総数が約380枚に及ぶという30代の代表作。「分身の術」(60年)はフィルムのこまのように画面が小さく分割され、モノクロと相まって今見てもスタイリッシュだ。

 テレビがカラー化されると、数百色のフィルターを駆使した独自手法のカラー作品に移行し、幻想的な雰囲気を増した。「この地球に生きるよろこび」(2011年)は、1本の大樹に動物たちが集まった様子を表現した作品で、それぞれの生きる喜びが画面からあふれている。まさに生命賛歌といえる大作だ。

 第一線の作家として名声を得る一方、年齢を重ねるに連れて心境に変化も。美しい自然や日本の風物にひかれるようになり、自身の戦争体験や相次ぐ震災も創作の原動力となった。原爆ドームを描いた「悲しくも美しい平和への遺産」(05年)は、サイン会で赴いた広島で初めてドームを前に立ち「いま自分が描かなければいけないという衝動に駆られた」という。

 会場の後半では、博多祇園山笠や太宰府天満宮を題材にした福岡ゆかりの作品や、東日本大震災の被災地や学生時代の友人が帰らぬ人となった特攻をテーマにした作品なども紹介。「かわいらしいメルヘンの世界」という言葉では語り尽くせない藤城作品の奥の深さが、来場者の心をつかむ。

 4月のイベントで、次回作について問われた藤城さんは「あんまり言えないね」とにっこり。さて次は何が飛び出すのか、どんな変化が見られるのか、楽しみだ。

 (文と写真・石田禎裕)

 藤城清治 100歳 美しい地球 生きるよろこび 未来へ 展 6月5日まで、福岡市博物館。観覧料は一般2000円、高大生1500円、小中生500円。月曜休館。実行委員会事務局=092(732)1688。