レブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)は今、人生最大の敵に立ち向かっている。『ファザータイム』(時の翁)だ。人間は誰しも年月とともに年を取り、衰えていくのが自然の摂理だ。それは、超人間級に見えるアスリートでも同じこと。だからこそ「ファザータイムは無敵」と言われる。

 NBA現役選手のなかで最年長で、12月30日に39歳の誕生日を迎えるレブロンも、『ファザータイム』の強さを、身をもって感じている。レブロンによると、大変なのは肉体面以上にメンタル面を維持することで、衰えと対抗するために毎日、何時間もかけて準備し、精神を研ぎ澄ませるようにしているのだという。

「できるだけ心を元気に保ち、努力し続ければ、自分を驚かすことができるかもしれない。低い確率でも覆し続けて、できるだけ長く『ファザータイム』との戦いを続けていきたい。みんな、彼は無敗だと言うけれど、何とかヤツにひとつ黒星をつけたいんだ」

NBA史上初の短期決戦

 戦いのメンタルを保つのに一番必要なのはモチベーションだ。そんなとき、NBAが新しく『インシーズン・トーナメント』を導入した。シーズン序盤の戦いを盛り上げるためのカップ戦で、グループラウンドとトーナメントラウンド合わせて最長7試合を戦い、優勝を決める。レギュラーシーズン82試合、プレイオフも全ラウンドが7戦シリーズで行われるNBAにおいて、これまでになかった短期決戦の大会だ。準決勝と決勝はラスベガスで行われ、優勝賞金は各選手50万ドルというのも魅力だった。

 新しい試みだけに、懐疑的だったり、仕組みもわからず試合をしていた選手も多かった中で、レブロンは最初から本気で狙っていた。

「50万ドル、取りに行くぞ!」「ラスベガスだ!」とチームメイトたちを鼓舞してもいた。

 インシーズン・トーナメント優勝を本気で取りに行った理由について、レブロンはこう語っている。

「世界でも最も競争心が強いアルファメール(頂点に立つ意欲が強い男)たちに、賞金付で価値があるものを競う機会が与えられた。インシーズン・トーナメントがそれだ。家族や街、コミュニティを代表して、大きな舞台、全米中継の試合を戦う機会が与えられたんだ」

 さらに、チームメイトのためというモチベーションもあった。賞金の100倍近くを今季のサラリーで得るレブロン自身にとっては、50万ドルはそれほど大金ではない。しかし、若いチームメイトの中には、これがシーズン通してのサラリーの半額近くという選手もいる。そんな彼らのために賞金を取ることも、レブロンのモチベーションになっていた。

圧倒的な存在感…「まったく理解できない」

 その言葉通り、レブロンはグループラウンド4試合、トーナメントラウンド3試合、すべての試合に集中力を研ぎ澄ませて挑み、存在感を見せつけた。

 特にすごかったのが準決勝のニューオリンズ・ペリカンズ戦だった。ディフェンスではペリカンズの23歳のエース、ザイオン・ウィリアムソンをマークし、まるでダンプカーのように突進してくる彼からチャージングのファウルを2本取った。オフェンスでは第2クォーター開始早々に3本連続で3Pショットを沈めるなど、11連続得点をあげ、チームを勢いづかせた。この試合でのレブロンのスタッツは30点、5リバウンド、8アシスト。大差の勝利となり第4クォーターは試合に出る必要がなかったため、わずか22分32秒の出場時間でこの数字をあげた。25分未満で30点以上、5リバウンド以上、5アシスト以上の数字を残した選手は、NBA史上でも初めてだったという。

 チームメイトのディアンジェロ・ラッセルは、そんなレブロンを見て言った。

「正直言って、こういうビッグゲームで彼がギアを一段上げるのは見ていて感心する。いつもよりシュートを決め、速く動き、いつもより高い運動能力を発揮している。疲れも知らない。まったく理解できない」

 近くにいるチームメイトの理解をも超えた活躍だったのだ。

 レブロンをコーチするようになって2シーズン目のダービン・ハムHCは言葉を並べた。

「桁外れ。別世界。唯一無二。彼は究極のトーンセッター(雰囲気を作り出す人)だ」

 八村塁も、「今夜の彼は何でもやっていた。ディフェンスも、もちろんオフェンスも。ディフェンスではチャージングを3回取っていたし、まるで、どこにでもいるかのようだった」と、リーグ最年長選手の活躍に目を丸くした。

 決勝戦も、レブロンに憧れて育ってきた若きオールスター、タイリース・ハリバートン率いるインディアナ・ペーサーズ相手に完勝。大会7戦全勝で優勝し、大会MVPにも選ばれた。

 レブロンを師匠として仰ぐ八村は「このトーナメントもあと何年後にはすごく大きな大会になるんじゃないかなと思うので、(大会MVP受賞は)彼のレジュメ(経歴)にも入るし、よかったと思います」と喜んだ。

 当のレブロンは、よかったのはMVPを受賞したことよりも、チームとして新設大会の初代王者になれたことだと強調した。

「チームがひとつになって優勝したということが大事だ。しかも、初めて行われたインシーズン・トーナメントだ。記録は破られるけれど、初代のチャンピオンだということはこの先も変わることがないからね」

引退後はオーナー転身を公言

 レブロンにとって、この大会は短期的、中期的、長期的に意味のあることだった。短期的にはチームが目標に向かってひとつにまとまる機会となったこと。中期的には、来年春のプレイオフに向けて、高いレベルでの戦いを経験できたこと。そして長期的には、ラスベガスにおけるNBAビジネスの繁栄につながること。

 というのも、レブロンは以前からラスベガスにNBAフランチャイズを置くべきだと主張し、引退後はそのチームのオーナーになりたいと公言しているのだ。ラスベガスで開催されたインシーズン・トーナメントの成功は、その実現に向けても大きな意味を持っていた。

「引退後にここにチームを持ってきたいという情熱は揺るぎないものだ。ファンはすばらしいし、この街にはすでにWNBAチームもあり、野球(大リーグ)のチームも来る。NFLやホッケー(NHL)のチームもある。感謝祭(11月)のときにはF1も行われた。ここには何でもある。すばらしいアトラクションが大好きな街だから、NBAが来ることはこの街にとってもすばらしいことだと思う」

 NBAコミッショナーのアダム・シルバーも、もちろん、そんなレブロンの情熱はよく知っている。レブロンにMVPトロフィーを渡すとき、シルバーは「MVPトロフィーは、大会を通してすばらしいプレーを見せた彼に贈呈します。このリーグで勝てるものはすべて勝ち取ってきた彼ですが、私からひとつ言えるのは、残念ながらこのトロフィーにフランチャイズはついてこないということです」と言って笑わせた。

 インシーズン・トーナメントでのすばらしい活躍と優勝、そしてMVP受賞は、レブロンにとって、それだけでファザータイムに対しての勝利宣言をするようなものではないかもしれない。それでも、ファザータイムが相手でも簡単に負けるつもりはないという意思表明にはなった。そして後から振り返ったときに、キャリア最後の強敵との戦いを終えた後にレブロンが進む道を作った大会だったと言われるようになるのではないだろうか。

文=宮地陽子

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