ドジャース入団会見で大谷翔平と山本由伸はほぼ同じ言葉を口にした。

「一番大事なのは全員が勝ちに、同じ方向に向いているのが大事だと思う。オーナーグループ、フロント、チームメート、ファン、みんながそこに向かっていることが大事かなと思います」(大谷)

「自分の中で本当に勝ちたい気持ち、まだ勝ち続けたいところが自分の中でも優先順位に置いていた決断だった。そこに一番近いのはドジャースじゃないかと感じた」(山本)

 過去11年で10度の地区優勝を飾りながらワールドシリーズ制覇は20年の一度きり。現状に決して満足しないドジャース・オーナー陣の経営理念、野球編成部門が持つチーム強化へのあくなき拘り、その中でプレーする選手の責任感、そして心血を注ぎ熱狂的な声援を送り続けるファンの存在、そのすべてで今のドジャースはメジャー30球団で屈指と言われている。大谷と山本は交渉過程の中でそれを肌で感じとったのであろう。

同じロサンゼルスでも…本拠地の雰囲気は全く違う

 95年にドジャースに入団した先駆者・野茂英雄さんの取材を現地で続けた。当時と経営グループは様変わりしたが、『ドジャー・ブルー』のプライドは今も脈々と受け継がれている。それは世界一を目指す上での企業理念、ユニフォームを着る者のプライド、ファンの熱量だと感じる。Interstate Highway 5(米国の高速道路5号線)で繋がり、たった48キロしか離れていないエンゼルスとは、いい意味でも、そうでない部分でも、随分と違う。両チームのファン気質にはそれが表れている。

 日本のファンの方は、ともにロサンゼルスのチームという印象をお持ちかもしれないが、エンゼルスはオレンジ・カウンティ・アナハイム市に位置し、ドジャースはロサンゼルス・カウンティ・ロサンゼルス市にある。日本の方には聞き慣れないこの「カウンティ(郡)」の違いが両チームのファン気質に大きな違いを生んでいる。

 エンゼルスタジアムに訪れたことのある方はすでにお気付きかもしれない。テレビ観戦でも勘のいい方ならば感じているかもしれないが、エンゼルスタジアムを訪れる地元ファンは圧倒的に白人が多い。これはオレンジ・カウンティの住民層による部分がある。

 オレンジ・カウンティは全米屈指の治安の良い街として知られ、住民層はお金持ちの白人が多い。細かいことは気にせず、おおらか、自分たちの生活を大切にする『ゴーイング・マイ・ウエイ』族はゆとりがある故であろうか。ある意味で品の良さを感じる。だから『熱狂』とは違った空気が球場には流れている。

 ブーイングも少ないかわりにファンの大声援が選手を後押しする熱量は他球場ほどではない。こういった話は過去にエンゼルスでプレーした選手からも聞いたことがある。

ドジャースは多様な民族の街、熱狂的なファン

 その一方でドジャースはどうか。多種多様な民族が集まる移民の街、それがロサンゼルス・カウンティの大きな特徴である。熱きファンの代表とも言えるヒスパニック系の占める割合も多い。お行儀は決していい方とは言えないが、その反面、『熱狂』という点では西海岸屈指の熱さを誇る。大谷翔平のドジャース入団後にも早速現れた。

 入団会見からわずか3日後、ロサンゼルスのダウンタウンには『SHO TIME』の文字とともにドジャースの背番号17のユニフォームに身を包んだ大谷の壁画が突如現れた。発案したのは当地でスポーツショップ「PRO CIETY」を経営するエリック・パーク氏。彼はドジャースファンを代表して語った。

「ロサンゼルスでは誰か重要な人物がいれば、誰かが必ずその人のために壁画を描く。例えば、(NBA・レイカーズの)故コービー・ブライアントだ。オオタニはまだドジャースの選手として1試合もプレーしていないが、ドジャースがこれまでに契約したフリーエージェントで最大級だ。だからこの街は本当に興奮している。私たちはショウヘイ・オオタニに敬意を表し、彼に感謝の気持ちを伝えたかった。彼がワールドシリーズ進出を手助けしてくれることを期待している」

 また、ダウンタウンから車で南西へ30分に位置する海沿いの高級住宅地ハーモッサ・ビーチにも大谷の壁画は描かれた。街行く人は壁画を見れば足を止め記念撮影に余念がない。ドジャースファン歴35年以上というある女性もファンの思いを代弁した。

「私たちの思いはただひとつ。もうプレーオフで窒息(敗退)するようなことは許されない。シーズンで(3年連続で)100勝しても仕方ない。とにかくワールドシリーズ優勝の力になってもらいたい」

ファンの願い「ドジャースを世界一に導いてほしい」

 製作者のアーチスト、グスタボ・ゼルメノ・ジュニアさんも思いは同じだった。

「ロサンゼルス中が興奮している。彼にはドジャースを最終的に世界一に導いてほしい。その希望が増えた」

 熱きファンの思いは、大谷にも山本にも追い風にはなっても、プレッシャーになることはない。それはこれまでのふたりが残してきた実績が証明している。大谷は力強く言った。

「まず優勝することを目指しながら、欠かせなかったと言われる存在になりたい」

 山本も同様だった。

「ドジャースの一員としてワールドチャンピオンになるために、もっと野球が上手くなれるよう、新しい毎日を過ごしていくことをロサンゼルスのファンのみなさまにお約束します。今日からは本当の意味で憧れるのをやめなければいけません。自分自身が憧れてもらえるような選手になれるように頑張ります」

 23年の年の瀬。熱きドジャースファンへ大谷、山本の両選手はその思いを誓った。24年10月を今から楽しみに待ちたい。

文=笹田幸嗣

photograph by Koji Sasada