昨年12月下旬、38年ぶりに日本一を成し遂げた阪神タイガースの一行が約1週間のハワイ優勝旅行から帰国して3日後のこと。大阪府内の陸上競技場には、早々に自主トレーニングに励む左腕・大竹耕太郎の姿があった。

 阪神の選手たちはオフもイベントやメディアへの出演などで大忙しで、大竹もしかり。「さすがにそろそろやらないとやばい……」と当人が振り返ったように、V旅行の余韻もそこそこに新シーズンに向けて再始動した。

 育成出身の大竹は、初めて実施された2022年の現役ドラフトでソフトバンクホークスから阪神タイガースに移籍し、昨シーズンに新天地でブレイクを果たした。

 惜しくも最高勝率のタイトルを逃したものの、ホークス在籍時の5年間の白星(10勝)を上回る12勝(2敗)を上げてリーグ優勝に貢献した。

 その大竹がさらなる飛躍のために自主トレで取り入れたのが「陸上競技」のトレーニングだった。

「走りが専門のトレーニングってどういうことをするんだろう」

 走ることは、野球だけでなく、あらゆるスポーツの基盤にあるといっていい。

 しかしながら、大竹は走ることに関して苦手意識があった。

「ピッチャーなので、ランニングのウエイトは大きい。でも、他の選手より走れる本数は少ないし遅いので、『絶対に効率の悪い走り方をしているんだろうな』という思いが自分の中にずっとありました。せっかく走るんだったら、意味のあるものにしたいと思っていました。

 野球の枠組みではなく、走りが専門のトレーニングってどういうことをするんだろう、とか、どういう感覚で走っているんだろう。それを知ってみたいと思ったのが最初です」

 誰しもが体育の授業で当たり前に行ってきた“走る”という行為だが、”走るというスキル”を教わったことがある人はどれだけいるだろうか? 大竹がこんな疑問を持ったのも当然かもしれない。

 大竹がソフトバンクに在籍していた時に交流があったテレビマンに、箱根駅伝を走った経験がある早稲田大学時代の同級生がいた。彼に相談したところ、薦めてもらったのが陸上競技界で活躍するアスレティックトレーナーの五味宏生さんだった。

 五味さんは、男子マラソンで東京五輪6位入賞した大迫傑(Nike)をはじめ、短距離のサニブラウン・アブデル・ハキーム(東レ)、小池祐貴(住友電工)といった多くのトップアスリートをサポートしてきた。

 通称“五味トレ”と呼ばれるトレーニングは、トップアスリートのみならず、ジュニア世代から一般ランナーまで多くの支持を集めている。

 もともと研究熱心な大竹は、様々な競技のトレーナーをインスタグラムでフォローしていた。五味さんのアカウントもフォローし、昨シーズンの終盤に「タイミングが合えば、トレーニングを教えてください」とメッセージを送っていたという。そして、シーズンオフに実現したというわけだ。

「これができないとダメだっていうのを強要するのではなく、理論を知っておいて、自分に活かせるものを持って帰ってもらえれば」

 こういったスタンスで五味さんは、大竹の指導に当たった。

 また、中長距離のトラッククラブTWOLAPS TCでフィジカルコーチを務める和田俊明さんもトレーニングの指導を行なった。

「陸上で大事な股関節の伸展などの動作は野球でも必要」

「(大竹に)話を聞いていて、陸上競技で大事な股関節の伸展などの動作は、ピッチングにもバッティングも必要なんだと思いました。陸上のトレーニングは他のスポーツにも還元できると思います」

 アメリカ・オレゴン大出身の和田さんは、アメリカのプロ陸上チームALTISでインターンとして世界的に著名なコーチ陣からスプリントとウエイトトレーニングを学び、第一線で活躍しているコーチだ。

 4日間にわたるスプリントトレーニングキャンプの初日には、片脚ずつや両脚での垂直跳びなどを行い様々なデータを測定したり、実際に走ったりして、課題をあぶり出すことから始まった。

「大竹選手はめちゃくちゃ良い脚をしているんですよ。でも、最初に走ってもらった時に、接地の衝撃に足首が負けてしまい踵まで地面についていました。いわゆる踵接地でした。短い接地はピッチングの局面にはないかもしれませんが、脚の動かし方を学習して、お尻やハムストリングをメインエンジンとし、踏む力が大きくなれば、走りも速くなるし、ピッチングにも良い影響は出るんじゃないかと思いました」(和田さん)

 股関節の伸展、上半身と下半身の連動、脊柱の回旋動作といった様々なキーワードが並び、走るスキルを身につけるためのスプリントドリルなど、普段はやったことのないようなトレーニングを行った大竹は、初日から「筋肉痛がやばかった」と言う。

「今まで自分の中にあった走り方のイメージとは真逆だったので、とても新鮮でした。特に足首の使い方。今までは力を出そうとするほど後ろに蹴っていたので、蹴らずに進んでいく感覚はなかった。自分の脳内にないものを実際に見て、実際に行ってみて、良い刺激になりました。

 また、体幹周りの使い方などは投げる動作にも応用がきくと思いました。体幹部の使い方が変わってくれば、ピッチングもおのずと疲れにくくなり、もうちょっと長い回行けるし、球の質も変わるんじゃないかなと思います」

 新たな技術の習得に手応えを掴んだ様子だった。

 器具を使ったウエイトトレーニングにしても、短距離走者が取り組んでいたのは筋力強化ではなく、瞬発力を高めることを目的としたもの。それも大竹にとっては新たな発見だった。

「すぐに全部を変えることは難しいですけど、本当に勉強になりました」

他競技のアスリートも多数参加

 このスプリントトレーニングには、大竹の他にも、テニス、女子ラグビーといった他競技のアスリートも参加した。

 また、早大競走部出身の五味トレーナーのつながりで、日替わりのゲストも豪華。北京オリンピック日本代表の竹澤健介さん(現・摂南大ヘッドコーチ)、ロンドンオリンピックなどに日本代表として出場した江里口匡史さん(現・大阪ガス短距離コーチ)、ベルリン世界選手権100m日本代表の木村慎太郎さんが、大竹に走りの極意を伝授した。江里口さんが指導する昨年の男子100mの日本チャンピオン、坂井隆一郎も訪れてトップスプリンターの走りを披露した。

 探究心が強い大竹にとって、オフの自主トレーニングは重要なものだ。

 昨シーズンに飛躍を遂げたのも、2年前から参加している和田毅投手との自主トレーニングで体の使い方を学んだことがきっかけだった。

 新シーズンの目標はイニング数を増やすことを掲げている。

「昨シーズンは131回ぐらいだったので、新シーズンはプラス20回ぐらい投げられるようにしたい。今がだいたい7回前後なので、基準を(1試合につき)1イニング増やしたい」

 この冬のスプリントトレーニングで新たな知見を得たことで、大竹はさらなる進化を見せる。

文=和田悟志

photograph by Hideki Sugiyama