本日3月8日が誕生日のソダシ。白毛馬初のGI勝利、GI3勝を成し遂げた伝説的な牝馬は昨年10月に引退を発表し、繁殖入りしました。その軌跡を須貝尚介調教師、今浪隆利厩務員、吉田隼人騎手が振り返った3歳秋当時(秋華賞前)の記事を特別に無料公開します。(全2回の第2回、初出:2021年10月7日発売Number1037号所収 ソダシ「白馬が紡ぐ運命の糸」 ※肩書き、役職はすべて当時のもの)

白毛馬の遺伝

 デビュー戦に向けて、ソダシの課題はゲートだった。母親のブチコはゲートをくぐり抜けて飛びだしたり、問題の多い馬だった。それが「頭をよぎった」という須貝はゲート練習は徹底してやったと言う。

「病気とおなじで、母の悪いくせが遺伝して、それを発症させてしまってはだめ。その手前でしっかり抑えておかないといけない。そこは調教師の責務です」

 近親の白毛馬に乗ることも多かった吉田も「ゲートが心配でした」と言った。

「ユキチャンやシロクンもゲート内で頭を下げるそぶりがあったので、ブチコがそうだったのは、わかる気がしました」

反射神経は抜群にいい

 ゲート練習では吉田が乗り、時間をかけてやった。今浪は振り返って言う。

「ゆっくり、のんびりと、隼人と一緒に考えながら練習してました。きょうはこのぐらいでやめておこうとか、馬が落ち着いてるから、もうすこしゲートに入れておこうかとか、話し合いながら練習していた」

 その甲斐があって、ここまでソダシはゲートでは問題なくきている。それどころか、スタートダッシュは「こんなに速くでるとは思わなかった」と今浪が驚いたぐらいすばらしい。それを、吉田は「反応の良さ」だと言った。ソダシは物音に敏感なところがあるが、反射神経は抜群にいい。

 デビュー戦は2番手からあっさりと抜けだして勝ったソダシは、それからは負けることなく勝ち進んでいく。スピードがあった。きれいな姿とは不釣り合いな力強さもある。そしてなによりも、競り合いに負けない勝負根性があった。桜花賞もサトノレイナスの追撃を首差しのいでみせた。その桜花賞、須貝は「感極まって、男泣きした」と言った。無敗の馬を管理する調教師としてのプレッシャーもあったのだろう。

調教師になって初めて泣いた、ゴールドシップの皐月賞

「調教師になって泣いたのは、これが2度めなんです。最初は皐月賞、ゴールドシップが馬場にでてきたときに……」

 その話をきいたとき、わたしは芦毛の皐月賞馬ハクタイセイを思いだした。デビューから9戦中8戦に須貝が乗っていた馬だが、皐月賞は南井克巳に乗り替わったのだ。

「(話を)そこに戻してほしくない」と須貝は言った。「あのときの布施先生(ハクタイセイの布施正調教師)は正しい。自分はジョッキーとしての能力に欠けていたし、乗り替わりはこの世界の常だから……」。

 それでも、ハクタイセイについて書くことをゆるしてほしい。須貝が「競馬のドラマ」をファンに見せたいと思っているように、ハクタイセイを知っているファンは、「須貝とゴールドシップの皐月賞」にドラマを見たのだ。それは事実である。

距離が長かったという評価を覆したかった

 ソダシの桜花賞は一般ニュースでも報道された。競馬に興味のない人々も白毛というきれいな馬がいることを知り、ソダシはアイドルとなっていた。

 だが、オークスは8着に負けた。父のクロフネには1600m以下を得意とする産駒がめだつことで、距離が長かったという評価が多かったが、須貝は「それを覆したかったので札幌記念を使った」と言った。

 オークスのあと短い休みでリフレッシュできたソダシは、2000mの札幌記念に出走し、年上のGI馬たちを相手に完勝した。厩務員の今浪は、春と比べてパワーアップしていた、と言う。

「身長が伸びて、馬に力がついてきた。馬が暴れるときのパワーが前とぜんぜん違うんですよ。成長を感じました」

海外挑戦の可能性とコロナ禍

 すくなくとも2000mまでは問題のないことを証明したソダシは、その後も順調に調整され、10月17日の秋華賞に向かう。

 9月26日、吉田隼人が騎乗するステラヴェローチェが神戸新聞杯に勝ち、須貝尚介厩舎は菊花賞にも本命馬を送り出す。JRAでの通算勝利数は430。勝った重賞は42、うちGIは13を数え、海外GIも制した。厩舎を開業してわずか12年半で、須貝はこれだけの数字を積みあげてきた。

「ここまでやってこれたのは、スタッフが頑張ってくれているから。うちはけっこうきついらしいですけど(笑)」

 たしかに、今浪も吉田も「仕事では厳しい先生」と口を揃えた。ただ、吉田は「プライベートでは兄貴分という感じで、ジョッキーのときにかわいがってもらいたかった」と言う。見た目は厳つい55歳だが、話してみると人なつこい須貝は、酒の席では後輩の“いじられ役”にもなるそうだ。

 須貝に秋華賞のあとのソダシについてたずねた。白毛のGI馬として海外メディアの関心も高く、取材の依頼もきているそうだが、コロナが落ち着いたら“世界のアイドル”としてデビューしてほしい、とも。

「来年のドバイは考えていますが、馬の状態とオーナーとご相談させていただいてから。香港もこの馬にはいいと思うけど、コロナがあるし……。まずは秋華賞でどんなレースをするか。それから考えます」

ソダシとは「運命的な出会い」

 関西に来て3年、吉田隼人は大きく変わろうとしている。昨年は自己最多の91勝をあげ、ことしも68勝(9月30日現在)で全国リーディングの6位にいる。

「GIのプレッシャーも、馬の背中をとおして『大丈夫だよ』って、教えてもらいました。ソダシのような人気馬に乗ってGIを経験できたのは大きい」

 ソダシに教えられた――。

 そう言う吉田は、ソダシとは「運命的な出会い」だったと感じている。

「関西に来てなかったら、ソダシに出会えなかった。ソダシが呼び寄せてくれたのかなとも思う。神様だけが知っていた、運命的な出会いだったのかなと。でも、なんでぼくなんだろうな、とは思うけど(笑)」

びっくりするほどきれい好きな馬

 毎日プレッシャーを感じながら仕事をしているという今浪隆利だが、日常のソダシについては大きな問題も心配もなく「ぼくは助かっています」と言った。

「白毛だからかどうかはわからないけど、虫に刺されて赤く腫らしているのをよく見ます。でも、皮膚が弱いわけではないし、これだけ走っているので、脚元がむくんだりするかなと思っていたけど、それもない」

 健康なだけでない。ソダシは「びっくりするほどきれい好きな馬」だという。

「ボロ(糞)は馬房のうしろにして、踏まないで歩いている。おしっこも一箇所にしかしない。馬房のなかはいつもきれいで、助かってます」

 ほとんどの馬は糞がついても平気で、あちこちに放尿するそうだが、ソダシは自分がどういう馬なのか自覚しているのだろう。

ぼくはしあわせだな

 今浪は現在63歳。厩務員の定年まであと2年だ。騎手を夢みた少年は挫折して厩務員となり、競馬人生の最後に白毛のアイドルホースに出会った。

「この世界、GI勝ちは一度あればいいか、ほとんどないのが普通。ぼくはしあわせだなと思う。あと2年、一番の目標はソダシを無事に引退させてあげることです」

 そう言った今浪は、まずは秋華賞、無事に競馬までもっていって、無事に帰ってきてくれれば、とくり返した。

<前編とあわせてお読みください>

ソダシ(Sodashi)

2018年3月8日、北海道のノーザンファームで誕生。父・クロフネ、母・ブチコ。新馬戦から無敗で阪神JFと桜花賞を制覇。ダートGIのフェブラリーSでは3着に。2022年ヴィクトリアマイルを優勝し、GI3勝。昨年10月に現役引退を発表、現在はノーザンファームで繁殖牝馬に。通算16戦7勝

文=江面弘也

photograph by Keiji Ishikawa