昨年オフに日本ハムからトレード移籍し、オリックスで再起をかける吉田輝星投手。6年前の甲子園を席巻したあの輝きを取り戻せるのか。新天地での出会いとキャンプでの取り組みを聞いた。(全2回の前編/後編も配信中)

「マウンドは俺の縄張り」

 6年前の夏の甲子園、決勝前夜。金足農業高のエースだった吉田輝星が、帽子のつばの裏に太字で書き込んだ言葉だ。

 準決勝までの5試合すべて1人で完投し、すでに749球を投じていた疲労はさすがに隠せず、決勝では大阪桐蔭高打線に捕まり途中降板したが、あの言葉は、マウンドでの吉田の覚悟や立ち居振る舞いを表しているようだった。

 打者を見下ろしているような、いい意味でのふてぶてしさがあった。威圧感のある浮き上がるストレートはもちろん、ポンポンとテンポよく投げ込んだかと思えば、時にはじりじりするほど長い間を取るなど、マウンドでは打者の心理も球場の雰囲気も、吉田が支配しているかのようだった。

新天地での再出発

 昨年11月に黒木優太との交換トレードで日本ハムからオリックスに移籍し、新天地でのシーズンをスタートした吉田に、高校時代に取材した際のそんな印象を伝えると、こう語った。

「ピッチャーが動かないと試合は始まらないし、自分がやってきたことを信じて、いい意味で自分のほうが上だというのを言い聞かせて堂々と投げるというのは、試合の時に限ってはすごく大事だと思いますね」

 でも、と続けた。

「プロのバッターだとなかなか、そういけないことも多いですけど。自分と戦っている時はだいたいできない。どうバッターを抑えるかということだけに集中できている時は、『このバッターはこれが弱いから』といったことを考えられるんで、だいたい抑えられていると思います。でも、今日調子悪いなとか、なんかフォームがこうでこうで、とか考えていたら、体もだんだん動かなくなってくる。そういうのは今のところ、オリックスに来てからはないので、うまく試合に入れているかなと思いますね」

「球速が出ている」理由

 今、吉田の表情は明るい。自分と戦わなくてよくなった理由とは。

「いろいろと教えてもらって、すごくシンプルなフォームに近づけられているからというのが一番だと思います。効率的で、今年初めて2イニング投げても疲れない。まだ全力の出力を出し切れない状態ですが、その中でも指にかかっている感覚や、球速的にもいい。去年のキャンプの今頃(2月20日)よりも全然球速が出ています」

 昨年11月の入団会見の際にオリックスの印象を聞かれて、「ピッチャー陣がみんな、球速がすごく速い。『なんなんだ?』って。どの球団でも話題になっていると思います。そこはすごく興味深い」と語っていた。

「腕がすごく走る感覚が…」

 その要因の一つである中垣征一郎巡回ヘッドコーチの指導を吉田も受け始めた。中垣コーチの話を聞き、体重移動やバランスを意識したネットスローなどのドリルに取り組むうち、「腕がすごく走る感覚があった」と言う。

「腰の位置が潰れていないというか。去年と同じぐらいの歩幅でもあまり沈んでいないように見える。体重移動をまっすぐにして、ちゃんと受け止めができるようになって、股関節に、乗りにいくんじゃなく、勝手に乗っているから、スムーズに回転できる。そんなイメージに変わってきて、腕を振るんじゃなく、“走らせる”感覚です。変化球も投げやすくなったし、コントロールも良くなった。球の軌道もちょっと変わってきています。

 以前は、こうしたいなと思った時に、その目標ばかりを見て一喜一憂して、うまくいかない時に考えてこんでしまっていた。中垣さんはたぶんいろんな人を見てきて、この段階ではこういうミスが起きそうだなというのをわかられていると思うので、『力を入れたらこうなる恐れがあるから気をつけろ』とか言ってくれる。そうやって常に見てくれる人がいて、投げすぎないように間隔も気にしてくれる。今は目標に向かってちゃんとステップを踏めている感があります。あとは一番難しい最後のところ。出力が本当に上がってきた時にも自然と同じような状態でできるかというところを、練習していきたいと思います」

厚澤、中垣両コーチのサポート

 2021年まで日本ハムでコーチを務めていたオリックスの厚澤和幸投手コーチが、キャンプ開始早々、吉田と、同じく昨年まで日本ハムに所属していた井口和朋を中垣コーチの元へ連れていき、「とりあえずこの2人、早くやりましょう」と頼んだという。厚澤コーチは言う。

「(自身が)オリックスに来てからもいつも輝星のことは気にしながら見ていました。彼はもっと出力を上げられるピッチャーだと思っているので、中垣さんにお願いして、タイミングを変えてもらっている感じです。力を入れる場所だったり、体重移動だったり、ピッチャーはちょっとしたところで習慣がついてしまって、それがその選手にとって悪い癖だったりもする。それを直したらもっとすごくなるんじゃないかという僕なりの疑いがあったので。せっかく獲得できたので……。

 輝星に関してはマウンドさばきだったり、バッターが嫌がるストレートの質だったり、いいところがたくさんある。ただメカニックの中で少し悪い癖がついていたので。改造中です。本人も前向きに取り組んでくれています。思うところがあったんでしょうね」

「いろんなことを期待されすぎて…」

 中垣コーチも慎重に言葉を選びながらこう語った。

「まだ評価するところまでは来ていないんですけど、本人が『これでやっていくぞ』という指針になるものを作ってあげられたらいいなと思っています。それは誰に対しても同じなんですけどね。

 彼はたぶんいろんなことを期待されすぎて、いろんなことをいろんなところで言われてきたと思う。持っているものがいいから(ドラフトで)1番に選ばれて、プロに入ってきているはずだから、なんとか、投球動作の中で力をコンスタントに発揮するにはどうしたらいいか、そこに集中するための要素だけを話すようにしています。

 ここはちょっと余分かなと思うところは削ぎ落として、ここはいいぞというところはより強調する。足りない要素に関しては少しサポートしながら身につけさせていく。そんな感じです。いつも通りです」

スペックの高い選手

 吉田の“いいところ”とは?

「体が強いし、全体のサイズの割に体の出力がものすごく大きい。サイズ感が少し足りないピッチャーにとって大事な、胸の柔らかさをすごく持っているので、噛み合えば……。(高3夏に)1人であれだけ投げたわけですからね。なんか持ってなきゃそんなことできないから。身体能力的に非常にスペックの高い選手だと思うので、そこが投球の中でどううまく噛み合うかですね」

 中垣コーチも厚澤コーチも、高校時代の吉田のことはほとんど知らないという。それでも「もっとできる」と思わせるものを、吉田は持っている。

 なんとかしたいという思いは、吉田と同じ秋田県出身の中嶋聡監督も同じのようだ。昨年11月の入団会見の際、吉田はこう語っていた。

「試合をするたびに挨拶に行かせてもらっていたんですが、その時は敵チームだった僕にも、勇気づけるというか、自信になるような言葉をいつもかけてもらいました。4年目にずっと一軍にいた時には、『いい球投げるようになったな』と言ってもらってすごく嬉しかった。すごく優しい監督さんだなというイメージでした」

中嶋監督の“秋田っぽさ”とは?

 その会見の際、「僕は(中嶋監督に)勝手に“秋田っぽさ”をすごく感じていた」と語っていた。キャンプ中、改めてその理由を聞くとーー。

「なんだろうな……。怖そうに見えて、すごく話しかけてくれるとか。そういう人、結構秋田は多いんですよ。ご飯食べている時に目が合うと、『お前食い過ぎんなよ!』とか、そういう会話もあって(笑)。すごくやりやすくしていただいていて、嬉しいですね」

 ブルペンではじっと投球を見つめ、アドバイスを送ることも。

「球種によってどういう球を投げるのがいいかとか、中嶋さんなりの理論があって、そういうのを教えてもらったり。野茂(英雄)さんが来られていた時には、フォークのことで『こんな話してたから、試してみ』と教えてくれたり」

 吉田は変われると、誰もが期待している。そして誰より吉田自身が、変わりたいと願っている。

(後編へ続く)

文=米虫紀子

photograph by Hideki Sugiyama