センバツ大会創設100年となる令和6年の春。大会1日目から2試合がタイブレークとなるなど、熱戦が繰り広げられている。初日に鮮烈な印象を残した高校が、21世紀枠で出場した田辺だ。星稜に惜敗し、76年ぶりのセンバツ勝利とはならなかったが、全校生徒や地元民による大応援団でびっしり埋まったアルプススタンドから割れんばかりの大歓声を浴びた。

響いた掛け声「田辺が大将!」とは?

 熱戦に華を添えたのが、132人という大所帯による吹奏楽部の応援だ。自校の現役部員+OB・OGが45人、地元の高雄中、明洋中、東陽中の3校の中学生が87人という構成で、まさに市を挙げての大編成となった。

 応援曲の中でももっとも盛り上がったのが、チャンステーマの『田辺が大将』。フォークバンド、海援隊が1977年にリリースした『あんたが大将』の替え歌で、『サウスポー』や『狙いうち』などの懐メロが目立つ高校野球応援の世界に、彗星の如く現れた“新・昭和歌謡”といえるだろう。

 チャンスになると、武田鉄矢が繰り返し歌った「あんたが大将!」というサビのフレーズを、「田辺が大将!」と替えて大声で叫ぶ。この応援を考案したのは同校応援団OBの杉原康司さん(74歳)で、車椅子でアルプススタンドに駆けつけた。同曲を甲子園で聴くのは、1995年の夏の甲子園以来29年ぶりといい、「あの年は阪神・淡路大震災の年で、応援も自粛ムードで大々的にはできなかった。今日は大応援団による『田辺が大将』が聴けて、もう感激で胸がいっぱいです」と目を潤ませる。

高校生から人気「自慢の応援です」

 3月に卒業した野球部OBの脇坂颯太君も、「『田辺が大将』が一番好きな応援曲」といい、「最近TikTokなどで人気の流行曲は、アップテンポの曲がほとんど。『田辺が大将』はゆったりとしたテンポが堂々とした雰囲気で、『田辺が大将!』という掛け声で観客全体を巻き込み、一体感が生まれる。とてもかっこよくて自慢の応援です」と笑顔で話す。

 田辺の応援曲は、同曲や『田辺が一番』など全7曲。甲子園応援では「選手1人につき1曲」「6回でやる曲」「ホームランの時の曲」「チャンステーマを数パターン」など、さまざまな工夫で15曲ほど用意する学校が多く、中には30〜40曲を用意してくる吹奏楽部もある。その中で田辺が厳選したラインナップで臨んだ理由に、「中学生の皆さんに応援を手伝ってもらっているので、曲が多いと負担がかかってしまう」「応援席には一般市民の方も多く、曲目が多かったり複雑な掛け声だとついてこられなくなってしまうため、できるだけシンプルにしました」と吹奏楽部顧問の湯川功規氏。奈良の強豪・天理高校がまさに同様の理由で、特に吹奏楽コンクールと日程が重なりがちな夏の甲子園では、吹奏楽部OBや中学生が応援することも。それゆえ、“助っ人”に負担をかけないように、何十年にもわたり曲を変えないという確固たるポリシーがある。

甲子園に感激「夢の中にいるみたい」

 応援席にいるすべての人が置いてけぼりにならず、「誰もが応援しやすい曲を選ぶ」重要性にあらためて気づかされた。

 初めて甲子園で指揮を振る顧問の湯川氏に感想を聞いたところ「(地元・和歌山の)紀三井寺球場はわりとフラットな作りなのでさほど響かないんですけど、甲子園は音の飛び方や抜け方がまるで違う。スコーンと抜けて、とても気持ちいいですね。何だか夢の中にいるみたいで、ほんとうに信じられないです」と興奮気味に話してくれた。

 29年ぶりにアルプススタンドに響いた『田辺が大将』。優勝候補の星稜と善戦した戦いぶりはもちろん、観客席全体を巻き込んだ大声援で、さわやかに甲子園を去った。

文=梅津有希子

photograph by Yukiko Umetsu