ブラジルと言えば言わずと知れたフットボール王国。そんな環境の中で“日本人以上に日本通”で熱視線を送る記者がチアゴ・ボンテンポ氏だ。3〜6月にかけて日本滞在する中で、様々な観点から見た「ニッポン」について聞いていく。今回は来日後のJリーグ観戦や滞在記、浦和レッズを筆頭とした「ファン・サポーター論」について。<全2回の第1回/第2回も配信中>

 日本のアニメや漫画を見て育ち、日本文化全般に強い興味を覚えて日本語を学び、大学でジャーナリズムを専攻してスポーツライターとなり、10年以上前から日本のフットボールに関する記事を母国ブラジルの主要メディアに発信してきたチアゴ・ボンテンポ記者(38)が、3月中旬から6月中旬までの予定で日本に長期滞在している。

「日本各地を訪れ、できるだけ多くの試合を見て、日本の多種様々な文化も堪能したい」と意気込んでおり、最初の約3週間の滞在で観戦した試合が実に11(1.9日に1試合の割合だ)。しかも、そのカテゴリーは日本代表からJ1、J2、J3、WEリーグ(女子)、さらには社会人リーグにまで及んだというのだから、驚くほかない。さらに今後、関西では大学リーグの試合も観戦する予定だそうだ。

 そのチアゴ記者に、まずは印象に残った試合、選手、出来事などについて聞いた。

そもそも、なんでこんなに日本愛が深いの?

――そもそも、なぜこの時期に長期滞在を計画したのですか?

「最大の理由は、3月21日にコクリツ(国立競技場)で2026年ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の日本対北朝鮮があるから。コクリツは、ブラジルならリオのマラカナン・スタジアムに相当する日本のフットボールの聖地。これまで、サムライブルーの試合は2013年のコンフェデレーションズカップ、2014年のW杯、2019年のコパ・アメリカ(いずれもブラジル開催)で見ていた。でも日本国内、それもコクリツで見る試合は特別だからね」

――今回が2度目の来日だそうですね。

「2019年、JICA(国際協力機構)の短期留学生試験に応募して合格し、7月から8月にかけて40日間、日本に滞在した。横浜で日本文化の研修を受け、ワークショップに参加し、日本各地を旅行して、夏祭りなどの様々な行事を体験した。そして、毎週の休みにはほぼ必ずフットボールの試合を観戦した。そのとき、『長年の夢が叶って、人生で最も素晴らしい体験をした。でも、必ずまたここへ戻ってくる』と自分に誓った。そして、今、自分へのその約束を果たしているんだ」

“ケマリ”も見に行くんだよ。とても幸運だ

――フットボールの試合のみならず、今月14日、京都の白峯神宮で行なわれる「蹴鞠奉納」の儀式も見学するそうですね。

「そうなんだ。僕は日本のフットボールの歴史を辿る本(514ページに及ぶ大著『サムライス・ブルース(青いサムライたち。2022年)』を上梓した際、日本のフットボールのルーツである蹴鞠についても詳しく調べた。この時期に『蹴鞠奉納』を見学できるのはとても幸運。今からワクワクしている。京都でこのイベントがあるので、最初の約1カ月は関東に、4月中旬から約3週間、関西に滞在し、その後、名古屋、広島、北海道などへ足を延ばす計画を立てたんだ」

キャプテン翼のタカハシ先生にも会えた。感動だ

――最初の3週間で、最も印象に残ったこと、感激したことは?

「聖地コクリツでサムライブルーが苦しみながらも勝った試合を見届けたこと、そして先月24日に東京都社会人リーグカップ2次戦決勝の南葛SC対エリース東京(※南葛SCは“5部”にあたる関東サッカーリーグ1部所属。試合は南葛が5-2で勝利)を観戦し、『キャプテン翼』の作者である高橋陽一センセイに会えたこと。『キャプテン翼』は、少年時代、僕も愛読していたし、世界中のフットボール選手、関係者、ファンにとってのバイブル。その作者と会えて、夢のようだった」

――どのような状況で会ったのですか?

「南葛SCの代表者が高橋センセイなのは、もちろん知っていた。スタジアムで会えるかな、と期待して行ったら、メインスタンドの最後列にセンセイに似た人が座っている。ひょっとしたら、と思ったが、確信はなかった。すると、試合が終わって階段を降りて来て、人々に取り囲まれていたので、彼が高橋センセイだと確信した。僕も近寄り、『ブラジルから来ました』と自己紹介し、写真撮影をお願いしたら、快く受け入れてくださった。驚きと喜びで、頭の中が真っ白になったよ(笑)」

――それは素晴らしい体験でしたね。

「ブラジルの友人たちにこのことを伝えたら、みんなから『すごい』、『羨ましい』という反応があった」

平日昼の女子まで!浦和サポはブラジル人以上だ(笑)

――これまで観戦した11試合のうち、最も印象に残る試合は?

「3月17日に平塚で見た湘南ベルマーレ対浦和レッズ(4−4の引き分け)。凄まじい点の取り合いで、とてもスリリングだった。両チームのサポーター、ファンが熱狂していた。3月29日に味の素スタジアムで見た東京ヴェルディ対京都サンガも面白かった。アウェイの京都が2点先行したが、終盤、ヴェルディが2点を連取して引き分けた。ヴェルディのサポーター・ファンは、大騒ぎしていたね」

――女子の試合も見たそうですね。

「3月27日、浦和駒場スタジアムでWEリーグの浦和レッズレディース対アルビレックス新潟レディース。平日である水曜日の午後2時からの試合だったのに、浦和のファンが大勢スタンドにいて驚いた。『仕事よりも家族よりも浦和の方が大事』、とか『仕事を休んで見に来た』という人がいて驚いた。ブラジル人以上、という気がしたよ(笑)」

――これまで見た試合で最も印象に残った選手は?

「浦和のスウェーデン人MFサミュエル・グスタフソン。私が見たどちらの試合でも、攻守両面で素晴らしいプレーをしていた。日本人選手では、MF荒木遼太郎(FC東京)が絶好調で、ゴールを量産しているね。テクニックがあり、視野が広くて非常に才能がある選手だと思うけど、近年、鹿島アントラーズでは出場機会が減っていた。FC東京へ期限付き移籍して以来、素晴らしいプレーを見せているね。

 南葛SCの奥原(零偉)は僕が見た試合でハットトリック。そのうちの2点は、ペナルティエリアの外からゴールの隅へ突き刺したゴラッソ(スーパーゴール)だった。ブラジル人選手では、3月17日の浦和戦で2得点をあげたFWルキアン(湘南)が良かった。ストライカーらしく、抜け目がなかった」

日本代表で懸念しているのは「アジア8.5枠」

――日本代表を取り巻く現在の状況とこれから2026年W杯までの道のりをどう考えていますか?

「現在のサムライブルーは、2022年W杯でドイツ、スペインを撃破した頃と比べるとまだ完成度が低い。でも、才能豊かな選手は大勢おり、今後、2026年W杯アジア予選を戦う過程で次第に完成度を高めていくと思う。ただし、W杯の出場国が前大会の32から48へ増え、アジアからの出場枠も激増した(注:前大会は開催国カタールを含めて5.5だったのが、8.5へ増える)ことが、日本にとっては危険なのではないか。

 これまで、W杯アジア予選でかなり危ない状況に追い込まれながら何とか突破し、W杯ではアジア勢の中で最高の成績を残す、ということが続いていた。でも、今回の予選はアジアからの出場枠が増えたから、あまり苦労せずに突破できる可能性が高い。それが災いして危機感が乏しく、チームとしての完成度が低い状態でW杯を迎えることを危惧している」

日本代表の中核が若くして欧州に渡るのでレベルは…

――あなたは2019年に初来日した際にもJリーグのかなりの試合を見ていますが、当時と比べて日本のフットボールは順調にレベルアップしていると思いますか?

「ブラジルも含めた世界的な傾向なんだけど、日本でも優れた選手が若くして欧州へ渡る傾向にある。そのため日本代表の中核を成す選手の多くが外国へ出ており、あまりレベルが上がっていないように思う」

――ただし、日本では欧州で活躍した代表クラスや元代表クラスの選手、たとえばかつて欧州で活躍したCF大迫勇也、FW武藤嘉紀(いずれもヴィッセル神戸)、右SB酒井宏樹(浦和)、SB長友佑都(FC東京)、MF香川真司(セレッソ大阪)らがJリーグへ戻ってきて、それぞれ活躍しています。

「確かに、それはブラジルや南米ではあまり見られない傾向だ。これに関しては、とてもいいことだと思う」

 第2回では、日本のサポーター・ファンの応援ぶりへの率直な感想を聞き、ブラジルのサポーター・ファンと比較してもらった。<つづきは第2回>

文=沢田啓明

photograph by Tiago bontempo