2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。大谷翔平部門の第4位は、こちら!(初公開日 2024年4月10日/肩書などはすべて当時)。

 けが人、けが人、またけが人。

 メジャーリーグでは開幕前、そして開幕して2週間も経っていないうちに、エース級の投手の戦線離脱が相次いでいる。

 ゲリット・コール(ヤンキース)、スペンサー・ストライダー(ブレーブス)、シェーン・ビーバ―(ガーディアンズ)、ユーリ・ペレス(マーリンズ)、フランバー・バルデス(アストロズ)といった一線級の投手たちが、ローテーションから離脱することになってしまった。

 優勝争いに大きな影響を与えかねない故障が相次いでいることに対して、メジャーリーグの選手会は、昨季から導入されたピッチクロックが影響しているのではないか、という声明を出した。

 メジャーリーグでは昨季から試合時間の短縮を意図して、走者がいない場合に投手は15秒以内、走者ありの場合は20秒以内に投球動作に入らなければならないというルールを定め、実際に時間短縮に大きな効果があった。そこに味をしめたメジャーリーグは、今季から走者がいる場合の制限時間を18秒へと短縮した。

「選手会」vs「MLB機構」

 この“改革”は選手の健康を損ねているのではないか? そうした声が上がっていたが、メジャーリーグの選手会は、4月6日、「回復時間が短くなったことで、体への影響は深まっている」とし、「変化の影響を認めたり、研究したりするのにリーグが消極的なのは、選手にとって前例のない脅威だ」と容赦がない。

 興味深いのは、選手会の声明に対してメジャーリーグ機構側が即座に反論したことだ。

「選手会の声明は、腕の怪我と高い相関関係にある球速と、スピンレートの上昇という経験的証拠と数十年にわたる重大な長期的傾向を無視している」

 つまり、ピッチクロックよりも投手の出力増大が故障につながっていることを、「お前さん方、無視しちゃいけませんぜ」と反論を展開したのである。

 もっとも、メジャーリーグ機構も「誰も投手の故障を望んでいない」とし、長期的なスパンでの故障者の増加について調査を行った結果、「ピッチクロックが故障を増加させたという主張を支持する証拠は見つからなかった」とした。

「ケガの最大の理由は球速」

 一方で冷静な論評もある。

「ジ・アスレティック」のユーノ・サリス記者は、「故障の最大要因は、球速の上昇」とハッキリと書いたうえで、「フライボール革命」を経て打者が有利になってきた趨勢で、投手たちは常に全力で投げることが必要となり、その結果として平均球速は上昇し、けがのリスクが増大したと書いている。

「現在の野球は最大限の努力が求められるゲームになった」

 という言葉は、ひじょうに重い。速球を投げられる天賦の才に恵まれた者ほど、リスクが高い。なんと切ないことか。

「負担は増えている」大谷翔平は3回繰り返した

 そしてこの件について大谷が口を開いた。4月8日、記者団とのやり取りのなかで、このように答えた。

間違いなく負担は増えている。それは間違いないとは思うので、レスト、リカバリーというか、体への負担自体、短い時間で多くの仕事量をこなすというのは、負担自体は間違いなくかかっているとは思います。それがどの程度、今回のに反映されているかっていうのは確証はないですし、自分の感覚として、それはあるんだろうなと思いますけど」

 さらに、球速やスピンレート、それに加えてピッチクロックが故障に影響しているのかについて質問を受けた大谷はこう答えた。

「球質自体を上げていくという作業もそうですし、なおかつ自分のベストのボールを投げ続けなければいけない。もちろん僕はピッチャーをやっているので、手を抜くではないですけど、軽く投げていくシチュエーションというのは、先発ピッチャーでもなかなか少ないというのはもちろんそうだと思いますし、ピッチクロックというのは間違いなく、体への負担自体は増えていると思います」

「がっかりした」スター選手の不満

 今回、大谷が自分のスタンスを表明したことには大きな意味があると思う。昨季、大谷自身が故障し、手術を受けた当事者であり、その言葉は説得力を持つ。事実、今回の発言はロサンゼルスのメディアだけでなく、アメリカで広く報じられることになった。

 メジャーリーグ機構も、球界を代表するスターの発言については軽々しく扱うことはできない。大谷の他にも、ゲリット・コールはESPNの取材に対して「がっかりした」と前置きしたうえで、

「野球という産業、プロダクトにおいて、選手というものは最も重要な資産だ。そして選手のケアについては、メジャーリーグ側にとっても、そしてわれわれ選手にとっても本当に大切なことなんじゃないのか」

 とピッチクロックへの不満をあらわにした。

 大谷、コールといった球界を代表する選手の発言は変化を促す可能性はある。

 それでも、ピッチクロックの短縮と故障の因果関係の証明はなかなか難しいから、今季中のルール変更は難しいと思われ、メディアではこの問題がシーズンを通して議論されていくと思われる。

 もし、これからも投手たちの故障があいつぐようだとすると――。試合時間の短縮で喜んでいたメジャーリーグ側も、さすがにルールの再検討をせざるを得なくなるかもしれない(ただし、統計的に3月、4月に故障が多いのもまた事実である)。

プロ野球への影響はあるのか?

 さて、この問題で気になるのは日本への影響である。

 日本の試合はアメリカより長い。2023年、NPBの平均試合時間は3時間7分だった(9回試合のみ)。過去10年を見てみると、2013年、2014年は3時間17分だったから、10分ほど短縮されていることにはなる。ただし、テンポの良いメジャーリーグの試合を午前中に見てしまうと、日本の試合は冗長に感じてしまう。

 NPBも試合時間短縮には積極的に取り組んでおり、今季からは選手の登場曲の長さを「10秒以内に徹底」することを決めた。もともと「試合時間短縮に向けての施策」の中で、

「選手が打席へ向かう際に流す場合、テーマソングの演奏時間は、試合時間短縮を考慮して(中略)可能であれば10秒以内に抑えること」

 と明文化していた。しかし、運用面で徹底されることはなかったため、昨年11月のオーナー会議で、10秒以内というルールを「厳守」することが確認され、今季から実施されている。

 私からすると、「そこじゃないだろ」とツッコミを入れたいところだが(実際に球場で聞くと、物足りなさを覚える)、試合時間の短縮を本気で考えるなら、個人的にはピッチクロックの導入は不可欠だと考えていた。しかし、アメリカから今回のような問題が提起されると、簡単に導入のための論陣を張ることは難しくなる。

 ましてや、海の向こうで大谷が声を上げたとなると――回りまわって日本球界にも影響を及ぼすことになる。

 ピッチクロックと故障という新たな問題。大谷翔平の発言の意味は決して小さくはない。

文=生島淳

photograph by KYODO