2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。水原問題部門の第4位は、こちら!(初公開日 2024年3月26日/肩書などはすべて当時)。

 3月21日、開幕2戦目を前にしてドジャース・大谷翔平の通訳・水原一平氏が解雇されるという衝撃的な報せが世界を駆け巡った。解雇の発端となったのは、ESPNやロサンゼルス・タイムズなどが報じた大谷の口座からの賭博業者への送金、そして水原氏の違法賭博への関与疑惑だ。そもそも、なぜ水原氏は賭博業者の“標的”となったのか。そして、野球以外のスポーツへの違法賭博でもMLBの処分対象になる理由とは? アメリカのスポーツベット(スポーツ賭博)について、海外のカジノ事情に詳しい国際カジノ研究所所長の木曽崇氏に話を聞いた。

出会いの場となった「ポーカー」

 発端は3年前にさかのぼる。2021年、カリフォルニア州サンディエゴ。今月20日の開幕戦で対戦したパドレスのお膝元で水原一平氏はポーカーを楽しんでいた。水原氏は“プレーヤー”として、一人の男と出会う。現在、違法賭博などの疑いで捜査を受けているマシュー・ボウヤーだ。水原氏が「マット」と呼ぶその男を通じて信用貸しで賭けをするようになったのが全ての始まりだった。

 接点となったポーカーはカジノ施設のない日本では馴染みが薄いが、アメリカ合衆国カリフォルニア州では合法の賭博だ。しかし、ポーカーテーブルが今回のように違法賭博への「入口」にもなってしまうことがある。海外で活動する日本人ポーカープレーヤーはこう語る。

「高額な掛け金のテーブルでプレーしていると話しかけられることはよくあります。ポーカーは待ちの時間が長く、会話が発生しやすい。見知らぬヤツから『スポーツベットは普段どこでやっているの?』なんて聞かれるなんてこともありました。大谷選手の通訳でTVに映るような有名人であれば近寄ってくる輩も多いことでしょう」

スポーツ賭博がプロスポーツの収益を“裏支え”

 そもそもスポーツの勝敗などを賭けの対象にするスポーツベットは、米ネバダ州以外ではもともと禁止とされてきた。しかし、2018年に連邦最高裁判所が各州に判断を委ねる決定をし、合法化する州が急拡大。現在は38州で合法化され、国際カジノ研究所所長の木曽崇氏によれば「ブックメーカー施設での放映権料や予想するにあたってのデータ提供料がプロスポーツ団体の収益を裏支えしてきた側面もある」という。

狙っていたのはお金だけではない

 一方でカリフォルニア州ではスポーツベットは違法。つまり同州でスポーツベットを扱うブックメーカーは原理上すべて「違法賭博業者」となる。そういった業者にとってポーカー会場を含むカジノはギャンブラーという「潜在顧客」がいる重要な“営業先”なのだ。ただ、水原氏に近寄る業者の思惑は、単に「お金を持っていそう」というだけにとどまらない。業者の思惑について、前出・木曽氏はこう説明する。

「もちろんお金を落としてくれる、有名人が顧客になるという利点もあると思いますが、本当の目的はその先。八百長協力者にしてイカサマを手伝わせる。要するにゴールは八百長なんです。違法なスポーツベット業者にとって、賭けの対象になるスポーツの関係者は選手以外でも格好の標的になる。そして水原通訳はドジャースの投打のキーマンである大谷翔平の情報を知りうる立場にあった。ポーカーで対面して水原氏の存在を知り、大谷の通訳だからこそ『使い勝手がある』と見て、アプローチした側面はあると思います」

多額の貸付が許された「大谷の親友」という立場

 業者はどのようにして、取り込んでいくものなのか。

「最初はVIP待遇をして、どんどん貸し付けていき、借金が膨らみ、どこかで返済が滞り始めたときに、『だったら……』とバーターで『情報をよこせ』だとか、『誰かを紹介しろ』とか話を持ちかける、というのが彼らの手口です」(木曽氏、以下同)

 実際、ボウヤー氏の代理人は米紙『ワシントン・ポスト』に対し、借金が数百万ドル(日本円で数億円単位)に膨らむ中、貸付を続けていた理由として「大谷の親友であったこと」を挙げている。大谷との関係によって多額の借金が許容されていたのだ。

野球以外のスポーツ違法賭博に関与すると何が問題?

「標的」となった水原氏は実際、どのようにスポーツベットと関わっていたのか。これまでの報道を整理すると、まず水原氏はESPNの取材に対し「野球賭博は100%していない」と否定している。同時に別のスポーツ競技への賭博をしたことは認めているが、合法だと思っていたと証言。一方で業者側は違法賭博事件に関連しているとして連邦検察によって捜査中の身だ。今後のMLBでの調査で違法賭博への関与が認められた場合、「コミッショナー判断でペナルティの対象となる」(MLBの不正行為に関する規則『ルール21』)。野球以外のスポーツであっても、違法賭博関与がMLBによる処分対象となるのには理由がある。

「なぜMLBが選手やスタッフ自身の関与するスポーツ競技以外の違法賭博をも禁じているかというと、他のスポーツ競技への賭博であっても、その負債や賭博をした事実を材料に、違法賭博業者が選手やスタッフに『八百長』を持ちかけるのが常套手段だからです。仮に八百長疑惑が生じた場合、それが『本当にあったかどうか』を証明することはとても難しく、そこへの関与が判明した時点でリーグやチームのそれまでの試合全体の信頼性そのものが疑われることになる。これらを我々ギャンブル業界に関わる人間は『信用失墜行為』と呼びますが、MLBを含め多くのスポーツ競技団体はその『信用失墜』を防ぐために、違法賭博への関与そのものを禁止することが多いのです」

「信用失墜」と即日解雇

 発覚後、ドジャースが取った迅速な対応にも、この「信用失墜」の考えが関わっていると木曽氏は見ている。

「少なくとも水原通訳が違法と見られるスポーツベット業者に対して数百万ドルレベルの負債を抱えていた事は判明しており、通訳という立場だからこそ知り得る登板情報や大谷選手の調子などゲーム上の機密、業者にとって有益な情報を漏洩している可能性は十分疑われるわけです。厳しい言い方ですが、この時点で『信用失墜』は既に発生していると捉えるべきで、だからこそ即日解雇という判断になったのだと思われます」

 役職を解かれ、大谷と“ノーペア”になった水原氏。いつの日か再び“ワンペア”として揃う日は来るだろうか。

文=齋藤裕(NumberWeb編集部)

photograph by JIJI PRESS