2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。プロ野球部門の第2位は、こちら!(初公開日 2023年12月12日/肩書などはすべて当時)。

 多くのアニメやゲーム、ラジオで活躍する人気声優の立花理香(36歳)。20代中盤に声優デビューを果たした“オールドルーキー”の歩みと、野球への思いとは。夫であるオリックスの若月健矢捕手(28歳)が山本由伸投手と今季達成したノーヒットノーランにまつわる秘話も聞いた。(全2回の2回目/前編へ)

 声優・立花理香とプロ野球の出会いは幼少期に遡る。生まれ育った広島での日常はいわば“カープまみれ”。野球中継の延長で、見たい番組の放送が後ろ倒しになることも珍しくなかった。

「子どものころは、チャンネル権を争いながら『もー、また野球?』って思っていました。野球の楽しさを知ったのは、大学進学を機に京都に住みはじめてからですね。友達に誘われて甲子園や京セラドームに足を運ぶようになったんですが、球場で飲むビールが猛烈においしくて……。ちょうど新井貴浩さんが広島から阪神に移籍されたころ(2008年)だったと思います」

20代中盤から挑んだ声優の夢

 自分と同じく、広島から関西へとやってきたスラッガーの奮闘に目を奪われた。2009年にタレント活動を始めてからも、野球観戦は夢中になれる趣味のひとつであり続けた。そして立花は、ある目標を叶えるために上京を決意する。

「タレント活動をしていたころに、テレビやラジオでいろんな作品を紹介する機会があって、もし叶うなら私も作る側に回ってみたいと思ったんです。自分の好きなアニメやゲームの世界で、声優として勝負したいな、と」

 星の数ほどいる声優志望者のなかで、プロとして活動できるのはほんのひと握りにすぎない。早くから養成所で学び、10代でデビューする者も少なくない業界にあって、当時すでに20代中盤の大学院生だった立花は“オールドルーキー”といってよかった。

「無謀でしたね、いま考えると。でも、知識もないまま勢いで東京に出ていったのが、逆によかった気がします。業界のことに詳しかったら、自分には無理だと思っていたかもしれません」

 のちに夫となる若月健矢がプロ1年目を迎えていた2014年、立花は『アイドルマスター シンデレラガールズ』の小早川紗枝役に抜擢される。その後もアニメ、ゲーム、ラジオと幅広く活躍を続け、アニメ化もされた人気ゲーム『プリンセスコネクト!Re:Dive』のメインキャラクター・キャル役は代表作のひとつになった。

拡散されたあのセリフ…

「ヤバイわよ!」

 2018年の暮れ、立花のハリのある声が全国のお茶の間に響いた。『プリコネ』のテレビCMでキャルが発したこのフレーズは、汎用性の高さからネットミームとして拡散し、2019年の若月との結婚によって再び注目を集めることになる。

 2020年7月には、パ・リーグTVの公式YouTubeチャンネルが「若月健矢『強打者の風格』がヤバイわよ ヤバイわよ」と題した動画を投稿。さらに若月がおにぎりを握る動画にも【おいしさやばいわよ】という惹句が用いられたほか、『プリコネ』の用語を流用した「プリンセスフォーム若月」なる造語も生まれた。

 つい先日のクライマックスシリーズ開催中も、「おりほー!」でおなじみのバファローズ☆ポンタの公式SNSで、立花が声を担当するポンタの妹・プティポンタが「ヤバいわよ!!」の文字とともに勝利を祝うイラストが投稿されたばかりだ。果たして、当事者はこのムーブメントをどう受け止めているのか。

「ヤバイわよ!」衝撃の出来事

 恐る恐る話題を振ると、立花は「ええ、ええ、夫婦ともども存じ上げております」と苦笑しつつ率直な感想を語ってくれた。

「たまに夫とも話しますよ。『よくこんなこと思いつくよね!』『面白いね!』って。個人的には楽しく見ていますけど、あまり擦られすぎると私が作品側に怒られないかな、とちょっと心配ではあります(笑)。でも、これを通じて野球ファンの方が『プリコネ』を知ってくれたり、逆に作品のファンの方が『何がどうなっているんだ?』と野球に興味を持つきっかけになってくれたりすれば、それはそれでいいことなのかな、と」

 では、夫婦生活のなかで、若月に対して「ヤバイわよ!」と言いたくなった出来事はあるのだろうか。

「ピザ用のミックスチーズを買ってきて、とおつかいを頼んだら、なぜかお惣菜の生春巻を買ってきたことがあって。『わからなかったらとろけるチーズでもいいから!』って伝えたんですけど、結局チーズは買ってきてくれませんでした(笑)。よっぽど生春巻を食べたかったのかな、と思ったら『食べられない食材入ってるから食べていいよ』って……。ちょっと理解に苦しみましたが、野球で疲れていたのかもしれません」

 家庭では“ゆるふわ”な若月だが、選手としては着実に地歩を固めている。2023年は山本由伸とのコンビで3年連続の最優秀バッテリー賞に選出され、オリックスのパ・リーグ3連覇に貢献。森友哉という強力なライバルが加入するなか、過去3シーズンを上回る98試合に出場して自身初のゴールデン・グラブ賞に輝いた。

 9月9日にZOZOマリンスタジアムで行われたロッテ戦では、的確なリードで山本のノーヒットノーランを演出した。2年連続となる偉業に「またウキウキで電話かけてくるんだろうな」と夫の連絡を待っていた立花だったが、意外にも電話口の若月の声は落ち着いていた。

「ノーヒットノーラン? いや、俺はもう切り替えてるから。あ、記念グッズ出たら買っといて!」

「浮かれとるやないかい!」

 夫婦の関係においてツッコミに回ることが多いという立花は、夫のキャラクターを「才能だと思うんですけど、良くも悪くも、人に頼るのがすごくうまいんです」と分析する。そんな“人たらし”な一面が、キャッチャーとしての安心感や引き出しの多さにもつながっているのかもしれない。

「私ももっと頑張らなきゃ」

 2023年11月4日の京セラドーム大阪。山本由伸が138球目に投じたストレートで近本光司をセカンドゴロに打ち取った瞬間、固唾をのんでテレビを見つめていた声優・立花理香の口から、言葉にならない安堵の声が漏れた。日本での最後の投球を終えたエースをねぎらう夫・若月健矢の姿は、いつか球場で目にした「やけに慎重なキャッチャー」とは別人のように頼もしく映った。

 もちろん、楽しくも心強い伴走者になったいまも、“生春巻事件”のような思いもよらない余白はまだまだ残されている。若月がマスクを被ってミットを構えるとき、あるいは、バッターボックスに立つとき、立花はひとりの厳格なオリックスファンとして視線を凝らす。そして念じる。お互い頑張ろうぜ、若月健矢よ、と。

「幸い、声優は長く続けられる職業でもあるので、これからも丁寧にいい仕事をできればと思います。彼がこれだけ活躍しているんだから、私ももっと頑張らなきゃ、ですよね」

<前編から続く>

文=曹宇鉉

photograph by Hideki Sugiyama / Kiichi Matsumoto