プロ野球の各球場で発売されているスタジアムグルメ――。観戦しながら各地のご当地メニューを食べられるという一石二鳥のお手軽さだけでなく、近年確実に味も美味しくなってきている。TBS「マツコの知らない世界」など、地上波テレビでの特集が増えていることも、注目度が増している証左だろう。

 中でもよく売れているのが、選手の名前や出身地に基づいた「選手プロデュースグルメ」だ。選手と写真を撮るのは難しいが、食事と一緒に写真を撮るのは簡単。ということで、アクリルスタンドのような感覚で購入され、熱心なファンたちは来場記念に推しの選手がプロデュースするメニューを写真に撮り、SNSに上げている。

本当に選手がプロデュースしてるの?

 手前味噌ながら、筆者カルロス矢吹は選手プロデュースメニューを中心に毎年200食以上のスタジアムグルメを食べ歩き、年末には年間ランクを発表するトークイベントも開催している。そんな筆者に、NumberWeb編集部がある疑問をぶつけてきた。

「選手プロデュースグルメってよく聞きますけど、本当に選手がプロデュースしてるんですかね……?」

 例えば読売巨人軍は、選手たちが試食してお弁当をプロデュースしているVTRを試合前に流している。だが確かに、検索すると記事としては出てこない……。これは一度、しっかりプロ野球の飲食担当者に話を聞き、あらぬ疑いを晴らさねばなるまい。

試食会に潜入…担当者直撃

 ということで我々取材班は西武池袋線に乗り込み、西所沢駅で乗り換え、試食会が行われるベルーナドームへ向かった。西武が取材を快諾……どころか「選手の試食会にも同席可」だという。

 食べさせてもらったのは、先日発売開始となった「佐藤龍世のなまら豚丼」。佐藤龍世選手を交えた白熱した試食会の後、担当者の豊田俊太さんに話を聞いた。

――今回、「選手プロデュースグルメって本当に選手がプロデュースしてるのか?」というテーマで試食に立ち会わせていただきました。佐藤龍世選手、20分以上時間をかけて、「もう少し肉が分厚いほうがいいですね」「女性でも食べきれる量で」とすべてご自身で指示を出されていましたね。

豊田 「選手プロデュースメニュー」と名前がついているものは、もれなく選手自身がプロデュースして販売されています。ただ、その中でも佐藤選手は時間をかけた方ですね。

対象選手はどう決まる?

――佐藤龍世選手は、ライオンズでは初の選手プロデュースグルメ発売となります。そもそもプロデュースを担当する選手は、どのように決めているのでしょうか?

豊田 ファンの皆さまからの期待や、ベルーナドーム内のグルメとの関連性、成績などを総合的に考慮して決めています。今回佐藤選手で行こうと決まったのは、昨年の活躍だったり、今年から背番号が10に変わったこと、さらなる飛躍が期待されていること……が理由です。

――ではこの佐藤選手の「なまら豚丼」を例に、メニューが決まるまでのスケジュール感を教えてください。

豊田 大まかに「どんなメニューを作りたいのか?」ということを、選手たちに大体11月以降から2月ぐらいまでの間に聞いています。佐藤選手の場合は、昨年11月のファン感謝デーの際にヒアリングを行いました。複数意見を出してもらうのですが、その中で「自分でもよく作っている地元・北海道の名物料理、豚丼をやりたい」と。そしてオフシーズンの間にベルーナドームに入っている店舗との打ち合わせを行って、3月に試食という流れですね。もちろんこれは発売時期にもよりますが。

商品が開発されるまで

――ヒアリングでは、具体的にどのようなことを聞くのですか?

豊田 私のような飲食担当の者が、選手に直接「食べ物の好き嫌いは?」から始まって。あとはもう本当細かく、「学生時代の思い出のお弁当なんですか? 行きつけのお店は?」というところまでヒアリングしています。その内容を持ち帰って、開発して、今日のようにちょっとお肉の切り方を変えたりとか、多少味付けを変化させたりとか。選手に実際食べてもらって、「これがいいです!」と納得してもらったものを販売します。

――「なまら豚丼」は、サンプルとしてお肉を4パターン、付け合わせを6パターン、それぞれ店舗側が用意されていました。そこから組み合わせる形で試食会が進んでいましたが、佐藤選手は味付けに相当驚いていらっしゃいましたね。「自分が家で作る味と全く同じです」と。この辺も事前にヒアリングしていたということですね。

豊田 はい。北海道から取り寄せているタレで作っている、とのことでしたので、その味を店舗の方に再現いただき、それを使用しました。必要があれば具体的な食材も聞いています。

――選手が要望するメニューによっては、作る店舗が複数候補として挙がることもあると思います。その場合はどのように販売店舗を決めていますか? 選手プロデュースグルメはよく売れるので、どの店舗さんもやりたがると思うのですが。

豊田 その場合はコンペじゃないですが、該当する各店舗さんに案を出してもらって、一番いいお店に依頼するというパターンがあります。佐藤選手の豚丼の場合だと、ベルーナドーム内に「日本豚園」さんが入ってくれておりますので、もうここでお願いしようとすぐに決まりましたね。

「激辛メニューがない」理由

――最終的にはブランド肉を使用したものと、付け合わせは豆もやしのナムルとなりましたが、個人的に立ち会わせてもらって一番驚いたことがあります。各球場でスタジアムグルメを食べながらいつも疑問だったのが、「激辛メニュー」がほぼ無いこと。好きな人もいるだろうし、個性も出しやすいはずなのに、見かけないのはなぜだろう、と。ただ実際は、選手が自ら弾くんですね。つけ合わせ候補のキムチを、佐藤選手ご自身が「子どもにも食べて欲しいから辛いものはやめておきましょう」と真っ先に候補から除外されていました。辛い食べ物は、てっきり店舗側の配慮で販売されないものだとばかり思っていたんです。あれは逆で、むしろ選手がプロデュースしているからこそだったんですね。

豊田 そうですね。同じ理由で、ほとんどの選手が辛いものを避ける傾向があります。22年に「源田壮亮&金子侑司のねこげんピザ(マルゲリータ)」というメニューを販売したときも、金子選手が京都出身なので、黒七味を最初からかけて試食してもらったんです。ですが、金子選手の「僕は好きだし美味しいけれど、子どもたちにも食べて欲しいので別添にしてもらえますか?」という要望で、黒七味は別添えで販売することになりました。

松井稼頭央監督「こんな味だったっけ」

――佐藤選手の試食はこの一回で完了だと思うのですが、複数回試食を重ねることも?

豊田 松井稼頭央監督のメニューは、一回では終わりませんでした。2023年シーズンの監督就任にあたって「松井稼頭央弁当」、「松井稼頭央の黒毛和牛と三元豚の肉寿司」(2024シーズンは「松井稼頭央のこだわり肉寿司」としてリニューアル)、「松井稼頭央のガーリックシュリンプライス」の三種類を販売したのですが。まず肉寿司に関しては「値段が高いな、お客さんのためにもう少し安くならないか?」と値段のことで意見をもらいまして。ガーリックシュリンプライスの方も、現役時代に販売していたメニューの復刻だったんですが、改めて試食してもらったら「あれ? こんな味だったっけな……」となりまして。そこで改めて試食会を行うことになりました。肉寿司の方は値段を下げるのではなく、お寿司の個数を増やしたりして原価調整をして。ガーリックシュリンプライスの方は、店舗の方と少し味付けを再調整して。そういったやり取りを重ねて、最終的に松井監督からは試食でOKをいただいて決まりました。

飲食店経験者を採用していた…

――そもそも、豊田さんは飲食業界のご経験がおありなのでしょうか? そうでないと店舗側との調整など難しいと思いまして。

豊田 はい。私は前職で、ホテルの飲食部門で仕事をしておりました。なのである程度は、飲食店とのコスト計算のことなどは話ができます。転職活動で株式会社西武ライオンズに採用されて、おそらく飲食担当の経験があるからということで今の部署に配属されたのだと思います。

――なるほど。では最後になりますが、飲食担当者として、「今後こういうものをやってみたい」という希望がありましたら教えてください。

豊田 マイナスな意味ではなく、「自分がやりたいことはありません」というのが答えですかね。大前提はファンの皆さまに買っていただき、喜んでいただける商品を作ること。その中で選手プロデュースグルメには、なぜこのグルメを開発したのかというストーリー性をつけていくこと。それが仕事だと思っているので。やっぱり支持されない商品を出しても、我々もそうですし、選手も残念な気持ちになっちゃうので。そこはバランスを取りながら、喜んでいただける商品をしっかり作っていくっていうことですね。ただ、他球団の例にはなるんですが、東北楽天ゴールデンイーグルスに田中将大選手が復帰した際、田中選手プロデュースグルメを一気に7種類販売開始したことがありました。ああいう風なことがあると、やはり盛り上がりますから。ライオンズに限らず、12球団がスタジアムグルメ、選手プロデュースグルメを通して少しでも盛り上がれば、というのが私の希望ですね。

文=カルロス矢吹

photograph by Yabuki Carlos