ドジャースの山本由伸(25)は現地4月25日のワシントン・ナショナルズ戦で6回を零封し、2勝目を挙げた。

 防御率は3.54、ナショナル・リーグの平均防御率は4.13前後だから、ようやく「平均以上」になった。4月30日終了時点で規定投球回には達していないが、防御率ランキングに当てはめると22位だ。

 ここまで、山本はやや苦労している印象がある。3年連続沢村賞を受賞した「NPB最高の投手」が、ここまで苦労をするとはやや予想外ではあった。

ここ2試合の登板で上り調子ではある

 もともと山本は「立ち上がりがやや弱い」投手ではあった。オリックス時代の2023年も27失点のうち13点は3回までに記録している。それがMLBに移籍した今季はさらに極端に出て、12失点はすべて3回までに喫している。

 もちろん、この極端な数字は3月21日の開幕2戦目のパドレス戦で、1回に5失点したのが響いているのだが……。

 今季ここまで登板した6試合を振り返ろう。

 3月21日 パドレス戦 ●
 1回43球4安0本1四1死2振 責5/捕手:スミス
 3月30日 カージナルス戦
 5回68球2安0本0四5振 責0/捕手:スミス
 4月6日 カブス戦 〇
 5回80球3安0本2四8振 責0/捕手:バーンズ
 4月12日 パドレス戦 
 5回91球4安2本1四6振 責3/捕手:スミス
 4月19日 メッツ戦
 6回99球7安1本1四9振 責3/捕手:スミス
 4月25日 ナショナルズ戦 〇
 6回97球4安0本1四7振 責0/捕手:バーンズ

 ここ2試合はQS(6回以上投げて自責点3以下)という先発投手の最低限の責任を果たしている。明らかに上り調子ではある。

スミスとバーンズ…ハッキリと違う個性とは

 この戦績を見ていると、捕手との相性はどうなのか、という点が気になってくる。

・スミス 4試0勝1敗
 17回17安3本3四1死22振、責11率5.82
・バーンズ 2試2勝0敗
 11回7安0本3四15振、責0率0.00

 正捕手のウィル・スミスより、控え捕手のオースティン・バーンズと組んだ時の方が、圧倒的に成績が良い。

 2人はハッキリと個性が違う捕手だ。

 29歳のウィル・スミスは、2023年WBCではアメリカ代表で出場し、通算打率.267、OPS.845。当代屈指の「打てる捕手」ではあるが、やや弱肩で盗塁阻止率、フレーミングでも優秀との評価はない。昨年、リード面では新人投手ボビー・ミラーの持ち味を引き出したとされるが……。

 これに対して34歳のオースティン・バーンズもWBCのメキシコ代表。ただ通算打率は.219、OPS.665。ウィル・スミスより見劣りする。肩はそれほど強くはないが、大エース、クレイトン・カーショウとのコンビで知られる「リード、守備のよい捕手」である。

オリックス時代は若月と“黄金バッテリー”だった

 山本由伸はオリックス時代、当初は伏見寅威、若月健矢の2人の捕手と組んでいたが、2021年後半から若月と組むことが圧倒的に多くなった。若月はこのころから「無双状態」になった山本の球種をよく知り、持ち味を生かすリードができるようになったのだ。

 当然ながらMLBでは、そこまでの相方は今のところ、いない。

 山本のここまでの全投球478球のボールの組成についてみていこう。

・フォーシーム183球(38.3%)
 ストライク135(73.8%)空振16(8.7%)安打12、凡打22

・カーブ135球(28.2%)
 ストライク95(70.8%)空振17(12.7%)安打8、凡打7

・スプリッター130球(27.2%)
 ストライク75(57.3%)空振22(16.8%)安打3、凡打15

・カットボール29球(6.1%)
 ストライク19(65.5%)空振4(13.8%)安打1、凡打3

・スライダー1球(0.2%)
 ストライク0(0%)空振0(13.8%)安打0、凡打0

 総投球数478球(100%)
 ストライク324(67.8%)空振59(12.3%)安打24、凡打47

 先発投手のストライク率は60%で合格点。70%に達する投手はほとんどいない。山本由伸の制球力はトップクラスだ。

 フォーシームの平均球速は153.5km/h前後。「山本はMLBに行ったら球は遅い方になる」という有識者がいたが――MLBの平均が152km/h前後とされるから、決して遅いわけではない。またフォーシームのストライク率73.8%は非常に優秀である。

なぜ「カーブ急増、カット減少」しているのか

 NPB時代との投球組成の大きな違いは「カーブが増えて、カットボールが減少した」ことだ。

 ここで紹介した投球データはMLB公式サイトの「スタットキャスト」による。トラッキングシステム「ホークアイ」を基幹とするシステムが球種を判断している。

 NPBの球種データとは、球種の解釈が異なるために単純な比較はできない。ただ、NPB時代の山本はフォーシーム40%、フォーク(スプリッター)25%、カーブ15%、カットボール10%前後という感じだった。MLBに来てカーブの比率が急増しているのだ。

 実は初戦である韓国でのパドレス戦は、フォーシーム14球についでカットボールを11球投げていた。カーブは10球だったが、2戦目のカージナルス戦ではフォーシーム29球、カーブ17球に対しカットボールは1球だけ。カットボールは以後も1試合で数球しか投げていない。

 MLBではカーブが有効で、速球やスプリットに、カーブを織り込むことで効果的な投球の組み立てができるようになったからだろう。

2人の捕手でかなり違う投球の組み立てとは

 実はウィル・スミスとオースティン・バーンズという2人の捕手は、投球の組み立てもかなり違っている。

 スミスは301球を受けた中で、フォーシーム(109球36.2%)についでスプリッター(89球29.6%)を投げさせ、カーブ(80球26.6%)の順だが、バーンズは177球を受けてフォーシーム(74球41.8%)についでカーブ(54球30.5%)、スプリッター(42球23.7%)の順だ。

 山本のフォーシームは平均153.5km/h、スプリッターは144km/h前後、カーブは125km/h前後だが、バーンズのほうが緩急をつけていることになる。

 筆者は背番号「43」時代から山本由伸を見ているが、彼の最高の球は途中までフォーシームとほとんど軌道が変わらないフォーク(スプリッター)ではないかと思っている。千賀滉大や平野佳寿のような落差の大きい「おばけフォーク」ではなく、小さな変化量でバットの芯を外す球だ。

 日本では空振りもたくさん奪ったが、MLBの各打者はこの球にあまり手を出さずボールを見極める。だからストライク率57.3%と良くない。またカットボールも見極められる。

 そこでカーブということになるのだろうが、速球と見間違うことが少ないカーブが常に通用するとは思えない。スプリッターやカットボールなどを活用するときが来るだろうし、捕手には柔軟なリードが求められるだろう。

“打てるが強気すぎるリード”とDH大谷

 ウィル・スミスとオースティン・バーンズの配球を見ていて、もう一つ気になったのは、スミスの「強気すぎるリード」である。

 スミスと組んだ時に、山本由伸は「3球三振」を7つも記録している。バーンズはカブス戦で1つあるだけ。もともと3球三振はMLBではNPBよりも多い傾向にあるが、山本由伸はNPB時代のように1球待ちたいかもしれない。

 ここまで見る限り、NPB時代同様、山本のマウンドに関しては「捕手との相性」の問題が存在するようだ。

 それだけを考えれば、バーンズを「山本専用捕手」にしたいところだが、ウィル・スミスはベッツ、大谷翔平、フリーマンに続く4番打者として圧倒的な存在感がある。山本の時だけDHに、と言いたいところだがDHには大谷がいる。つまり、どう配置するかが悩ましい「パズル」のようになっている。

グラスノーとともに中心投手になるために

 山本は今後、スミスとのコンビでも「ベストの配球」を模索する必要が出てくるだろう。そのためには捕手や投手コーチとのコミュニケーションが大きな課題になる。

 ここまで山本は中5、6日で投げているが6回を投げたのはここ2試合だけ。すべて100球に届かず降板している。

 NPB時代のように完投することはないだろうが、タイラー・グラスノーとともにローテの中心投手になるためには、7回は投げたいところだ。今後も安定感のある投球を見せてほしい。

文=広尾晃

photograph by Nanae Suzuki