RIZINフェザー級チャンピオン、鈴木千裕のキャッチフレーズは“天下無双の稲妻ボーイ”である。オリジナルは修斗やPRIDEで活躍した五味隆典の“天下無双の火の玉ボーイ”。実際に五味と鈴木は交友があるのだが、それだけではない。

 左右のパンチを大胆に振るう鈴木のファイトスタイル、それにRIZINにおける存在のあり方そのものが、PRIDE時代の五味に似ているのだ。破天荒なまでの勢い、規格外の攻撃力、あるいはどこまでも陽性のキャラクター。圧倒的なKO劇の背景に正確な技術と戦術分析があるところも同じだと言っていい。

 鈴木はMMAからキックボクシングに進出することで“倒し屋”ぶりを発揮。RIZINに参戦すると手痛い敗北を喫しながらも迫力ある闘いぶりでファンを魅了してきた。MMA2戦目の平本蓮とのストライカー対決に勝ち、連敗を味わわせたのも鈴木だ。この時、鈴木はMMA復帰3戦目だった。

 昨年7月、アメリカのMMA団体ベラトールのトップ選手であるパトリシオ・ピットブルをKOして株を上げる。11月にはフェザー級王者のヴガール・ケラモフに敵地アゼルバイジャンで勝利し王座獲得。しかも下からの打撃でKOという驚愕の倒しっぷりだった。

「若い世代がベテランを引退させなきゃいけない」

 4月29日の『RIZIN.46』有明アリーナ大会では初防衛戦を行なった。挑戦者はベテランの金原正徳。24歳の王者に対し41歳。PRIDE活動休止後の格闘技界で『戦極』のチャンピオンになり、大晦日には山本“KID”徳郁に勝利している。UFCにも参戦するなど“PRIDE以後、RIZIN以前”の時代に活躍してきた。

 そういう選手が、4連勝で、40代でタイトルマッチへ。昨年9月の前戦では、元チャンピオンのクレベル・コイケに完勝を収めている。こちらのキャッチフレーズは“日本格闘技界、影の番長”。

 RIZIN最年少チャンピオンと最年長チャレンジャーの闘い。経験値も含めた総合力では金原が上だという下馬評の中、解説を務める川尻達也はこんな見方を提示していた。

「時代を担うファイターには理屈を超えた強さがありますから」

 鈴木のコーチである塩田“GoZo”歩氏は、かつて金原を指導していた。金原のUFC進出を支えた立場として「千裕くんも世界に向けてやれる選手だと自信を持ってます」と塩田氏。鈴木も「(金原と)同じものを学べているのが大きい」と言う。リスペクトしているからこそ、ベルトを守る以上に金原を超えたいという思いが強かったようだ。

「若い世代がベテランを引退させなきゃいけない。あとは任せたと言わせたい」

爆発的としか言いようがない“衝撃のKO劇”

 試合は金原の「渾身のテイクダウン」を鈴木がディフェンスするところから始まった。金原がグラウンドに持ち込むか、鈴木が打撃を当てるか。フェイントをかけながらローキックを当てていったのは鈴木。読み合いの中で左ボディをヒットすると左フック、そして左右の連打でたたみかける。

 ダウンした金原も下からの腕ひしぎ十字固めを狙うが、鈴木はすぐに引き抜いて追撃のパウンド。連打はストップ用バトンが投げ込まれるまで止まることがなかった。

 1ラウンド4分20秒、TKO。結果として川尻の言葉は正しかった。まさに時代を担うにふさわしい勝利だった。

 爆発的としか言いようがないKO劇の後で、しかし鈴木は冷静に試合を振り返っている。

「左ボディがキーポイントでした。あれで(金原の)動きが止まって目つきが変わった。全体ではポイントが3つでしたね。カーフ(キック)でチャンスを作ったこと。ボディ、それと腕十字にきれいに対処できたこと。あそこで腕を取られてたら負けてました」

鈴木の言葉にかつての五味の姿が重なった

 鈴木の言葉を聞きながら、思い出したのは五味のことだ。たとえば2005年大晦日のPRIDEライト級GP決勝戦。対戦した桜井“マッハ”速人について「3分すぎにガードが落ちる」と分析した五味は3分56秒でKOしている。

 PRIDEにとっての五味がそうだったように、RIZINにとっての鈴木もイベントの軸になる存在だ。金原に勝ち、鈴木は日本格闘技の歴史に対する責任を果たしたとも言えるだろう。

「一つ時代が変わったのかなと思います」

 そう語った鈴木。ただ「求めてる景色はここじゃない。まったく満足してないです。世界に連れて行きたいので」とも。

 では理想とする景色とはどんなものなのかと聞くと、今はまだ分からないそうだ。

「勝てばすべて変わる。勝ってから見える景色があると思うので」

 彼はアゼルバイジャンにフットサル場を作る活動を始めたという。アゼルバイジャンでタイトルマッチに勝ち、現地の子供たちに夢を聞いたことから動き出した。

「(地震の被害を受けた)能登でのチャリティーイベントもそうです。格闘技を通して何ができるのかがテーマで。勝つことによってこれができるんだなとか、子供たちに夢を見させることができる。世の中がいい方向に向かっていくようにしたいし、格闘技で僕ができることを見つけていきたいです」

鈴木の対極に立つ、朝倉未来と平本蓮の存在

 RIZIN最年少王者はストレートに熱い。面白いのは、その対極に一筋縄ではいかない男もいることだ。鈴木vs.金原のゲスト解説を務めた朝倉未来、それに7月28日の『超RIZIN.3』で未来と対戦する平本蓮だ。彼らは試合前から毒のある言葉で世間を巻き込んでみせる。話題性も含め“朝倉未来がタイトルマッチをどう見るか”にニーズがあるからこその解説オファーだったはずだ。

 同じフェザー級として、未来は鈴木と金原のトップ勢を追う立場だ。平本に勝ってトップ戦線に食い込むことを狙っている。

 だから鈴木のほうが“格上”ということになるのだが、話題性や知名度では未来。未来vs.平本は、RIZIN史上最大規模となるさいたまスーパーアリーナ・スタジアムバージョンで行われる。集客力でいえば、タイトルマッチよりも上なのだ。

 ただそれは“ねじれ”というようなものではない。

「RIZINは実力ナンバーワン決定戦がすべてではないので。実力の順列をつけるだけでなく、ファンが見たいものを提供したい」

 榊原信行CEOはそう語っている。鈴木にはアメリカに進出し、ピットブルと再戦するプランもあるという。ピットブル戦でベラトールのタイトルも狙いたい鈴木の闘いも、朝倉未来vs.平本蓮もRIZINの軸だ。どちらが好きかはファンそれぞれが決めること。

 だが勝っていけば、いずれ道は交わる。それは再起を期すクレベル、ケラモフも同じこと。ファイターたちは“見えないトーナメント”を闘い続ける。

文=橋本宗洋

photograph by RIZIN FF Susumu Nagao