ソフトボールのエースとしてオリンピック2大会で日本に金メダルをもたらした上野由岐子(ビックカメラ高崎)が社会人24年目のシーズンを迎えている。7月22日に42歳になるレジェンドは今、自身の競技人生をどのように捉え、どのような未来を見つめているのか。心と体の現在地について語ってもらった。〈全2回の前編/後編を読む〉

 2021年東京五輪で自身2度目の金メダルを獲得し、同年末に左膝を手術した。翌22年は手術の影響で1年間にわたって試合出場がかなわなかったが、昨年4月に復帰。511日ぶりに公式戦のマウンドに立ち、リリーフ投手としてレギュラーシーズン20試合に登板した。今季は復帰2年目となる。

――4月2日のJDリーグ開幕会見では「できれば全試合に投げたい」と言って会場を沸かせましたね。

「去年は、その前の年(22年)に1年間、投げられなかった時間があったので、投げることが楽しくて楽しくて仕方なかったんです。今年はある程度、ボールを投げられるという感覚があるし、コンディションも上がってきていますから、どれだけ投げ続けられるかという挑戦をしたい。ただ、一番のベースはしっかりチームに貢献できる投球をするということ。その中で少しでも楽しみながら投げていけたらいいなと思います」

「クローザー」への挑戦

――「全試合に出たい」というのはソフトボール界全体のことを考えての発言でもあると感じます。

「球場にたくさんのお客さんが足を運んでくれることが、私たち選手にとって一番大きな力になります。そのためには“ビックカメラが試合に来たら、上野選手の投球を見られるかも”という期待に私たちがどれだけ応えられるかというのも大きな使命であり、責任であると思っています」

――先発投手から昨年はクローザーへ立場が変わっていった中で、今年のオフの体作りに何か変化はありましたか?

「去年はまだ足の状態も良くなかったので、イニング制限をしながらの登板でしたから、最後の何イニングかだけ投げるという使われ方だったのですが、今年はそういう制限もなく、良い形でコンディションを上げて来られています。いつ先発してくれと言われても良いように準備をしてきました」

――オフのトレーニングで大きく変えたことはないのですね。

「そうですね。気持ちの準備としては先発もできるようにやってきました。ただ、去年の私の使われ方はチームとしても良かったと思いますし、私自身もクローザーって楽しいんだろうな、面白いものが見えてくるのかなという思いもあります。ですから先発でもリリーフでもいけるように準備してきました」

左膝手術を乗り越えて…

――どんな形で上野投手が投げるのか、今後の流れにもよるということですね。

「チームの事情もあるので、チームの先発陣が崩れれば“上野、やっぱり先発でいってくれ”と言われる可能性もゼロではないと思います。ただ、若い選手が踏ん張ってくれて最後は上野で、という形にできれば、チームも戦いやすいのかなというイメージはしています。決めるのは監督ですけどね」

――昨年から今年にかけての気持ちの変化についてお聞きしたいと思います。左膝の手術により一昨年(22年)は上野投手の実業団生活の中で初めて投球数ゼロというシーズンになりました。それを踏まえると昨年は慎重を期して過ごしていたのではないでしょうか。

「昨年は投げていきたいという気持ちと、もうこれ以上は怪我をできないというのを天秤ばかりにかけながら、なるべく無理をしないように1年間投げ切ることをテーマの1つに置いていました。投げようと思えば投げられるかもしれないけど、無理せず制限しながら腹八分目で終わらせていく、みたいな感じでしたね」

――それは「できるだけ長く続けたい」という思いとリンクしていますか?

「もちろんそれもありますし、チームの事情としても若手が育ってきて、うまく噛み合えた感じでした」

“試合に行けば上野を見られる”

――今季掲げている「可能な限り多くの試合に登板する」というのは新たなチャレンジですね。

「今季は試合数が増えているので、自分のコンディショニングもどうなるか分からないですけど、やる側としても一つの楽しみとして目標に置いていければと思っています。ただ、試合展開もあるので、自分が投げたい、投げたいと思うことよりも、新人や若い選手にチャンスを与えるのも育てていくためには大事です。そのあたりはチームとの相談にもなりますが、ただ、そういう面白いことも仕掛けられたらなと思っています」

――少しだけでも上野投手を見られるなら嬉しいという観客は多いでしょうね。

「ビックカメラというチームが各地のスタジアムに来ていて、試合に行ったら上野の投球を見られる。それを期待して来てくださるお客さんたちに、行って良かったなと少しでも思ってもらえることは、私たちにとっても嬉しいことですし、大事なことだと思っています。もちろん全部が全部、思い通りにはいかないですけど、来てもらえた恩返しをできるのであれば私も嬉しいですね」

――今年で社会人24年目です。やはり年齢を感じることも出てくると思うのですが、普段気をつけていることなどはありますか?

「もちろん年齢は感じますね。ですから、食事もそうだし、練習量とか休み方とかの部分で、自分の欲だけを満たすような取り組みや練習にならないように、自分の体の声をしっかり聞けるようにというのは、これまで以上に気をつけるようになったと思います」

40代アスリートの日常

――食事面はいかがですか?

「基本、肉が好きですね。でも、今は食べられる量が昔と違ってきているので、魚だったり卵だったり、タンパク質の取り方はコンディショニングに合わせながら変えていますね」

――ご自身と同じ40代のアスリートで気になる選手はいますか?

「プロ野球には40代で投げているピッチャーが何人もいらっしゃるので、どういうピッチングスタイルの選手がプロの世界で生き残っていけるのかというのは、気になることがあります。例えば、ソフトバンクの和田毅投手や、ヤクルトの石川雅規投手。長く続けられるのには理由があると思うので、投球スタイルや、普段どういう感覚で投げているのか、どういう練習をしているのか、オフシーズンはどういうことをしているのか、そういうことは分かる範囲で気にしてみています」

――和田投手も石川投手も左投げの技巧派ですが、見て気づいて取り入れたことは何かありますか?

「私はどちらかというとパワーピッチャー。技巧派とは言えないのですが、いつでもそういうスタイルへ転換していけるようにという考えはあります。ストレートだけにこだわらない投球術へ上手に切り替えていかなければいけないのかなとも感じますし、自分の売りである速いストレートを投げられるということも活かしながら、いかに技巧派に転向していけるか。真似をするわけではないですが、『上野由岐子』という自分らしいピッチングスタイルを続けられるように、どんどん自分も変化していかなければいけないということは、和田投手や石川投手を見ていて考えさせられる時はあります」

「自分の心を満たしながら」

――24年間、パワー型でずっとやってこられたというのは奇跡的な感じすらします。

「自分も自分の欲を満たすために練習しているし、年を重ねてももっとうまくなりたいとか、もっとこういうボール投げてみたいとか、そういう気持ちは薄れていません。ただただ自分の心を満たしながらソフトボールに取り組んでいるって感じです」

――投球ばかりが話題になりますが、上野投手はフィールディングの名手でもあります。守備面も若い頃と同じような感覚でできているのでしょうか?

「もう、バント処理はだいぶん周りに任せている気持ちのほうが大きくなってます(笑)。ただ、昔からバッティング練習よりも守備練習のほうが好きだったんですよ。ボールを捕って投げるのが好きだったので、内野手と一緒にノック入ったり、外野手と一緒にノック入ったり。だから自然とできるようになったのかなと思います」

――バッティングより守備練習が好きというのは意外です。19年にライナーが顔に当たって骨折するアクシデントがありましたが、恐怖感は残っていませんか?

「ないですね。当たった理由を考えると、自分の中では当たるべくして当たったと思っていたので、意外とトラウマとしては残っていなかったです。だから、今も全然平気です」 

〈後編へ続く〉

文=矢内由美子

photograph by Takuya Sugiyama