いまプロ野球で、人気急落につながりかねない「深刻な問題」が生じている。打者がとにかく打てなくなっているのだ。ホームランが激減し、ロースコアゲームが頻発する原因は何なのか。野球のデータ分析を専門とするアナリストが解説する。【全2回の1回目】

 バットの芯で捉えた“いい角度”の打球が空中で失速し、フェンス手前で外野手のグラブに収まる――熱心なプロ野球ファンなら、今季どこかでそんなシーンを目撃した記憶があるのではないだろうか。

異例の事態「ホームランが消えている」

 6月14日の試合を終えた時点で、セ・リーグの平均打率は.235、1球団あたりの1試合平均得点は3.02。同パ・リーグの平均打率は.240、平均得点は3.22と、近年まれに見る“投高打低”だった昨季をも下回る超低水準となっている。打率3割を超える打者はヤクルトのサンタナ(.319)、ソフトバンクの近藤健介(.341)、日本ハムの田宮裕涼(.335)と、セ・パを合わせて3名しかいない。

 さらに深刻なのが「野球の華」とされるホームランの減少だ。過去半世紀の記録を遡ると、規定の反発係数(※打球の飛距離を左右するボールの跳ね返りやすさ)を満たしていない“違反球”が使用された2011年(939本/1球団1試合平均0.54本)、2012年(881本/1球団1試合平均0.51本)を除き、両リーグ合算のシーズン総本塁打数は常に1000本を超えていた。だが、今季はここまで約840本ペース(1球団1試合平均0.489本)にとどまっている。

 ホームランやヒットが出にくい状況は、出塁率と長打率を足した指標であるOPSにも端的に表れている。平均OPSはセが.627、パが.636。いずれも“違反球時代”の2011年、2012年以下の数値だ。

 野球のデータ分析を行う株式会社DELTAのアナリスト・宮下博志氏は、今季の異様な状況についてこう説明する。

「2011年、2012年と、極端に飛ばないボールを使用していたことが問題になりましたが、今季は現時点でその水準さえ下回っています。プロ野球で同じくらい得点やホームランが少なかった時期は、1950年代中盤の長嶋茂雄さんがデビューする前まで遡らなければいけない。歴史的に見てもあまりないレベルの“投高打低”だと言えます」

現場「ボールが飛ばない」も…ミズノは否定

 こうした事態を受けて、中日の立浪和義監督や2022年の三冠王・村上宗隆をはじめ、現場からも「今季のボールは飛ばない」といった声が噴出した。一方で、NPBおよびボールを製造するミズノ社は、製造・管理における変更点はないと“ボールの影響”を否定(4月23日付『中日スポーツ』)。5月に選手らへの聞き取り調査を行ったプロ野球選手会も、「0・4134」を目標値とするボールの反発係数には問題がないことを、日本野球機構(NPB)から提供された試験データによって確認しているという。

「理由は投手のレベルアップ」は本当か?

 では、なぜこれほどまでに打てない環境――言い換えれば「投手優位」の環境――が生まれているのか。信憑性をもって語られているのが、「投手のレベルアップ」を主要因とする説だ。事実、2014年以降の直近10シーズンで、ストレートの平均球速は141.4kmから146.6kmまで上昇。「投手のレベルアップに打者が追いついていない」という主張は、一見、筋が通っているようにも思える。

 しかし前出の宮下氏は、今年2月に公開した記事『1試合平均3.48得点。深刻化する“投高打低”の原因は本当に「投手のレベルアップ」にあるのか』において、複数のデータを根拠に「投手のレベルアップ説」に反論している。

 具体的には、2019年から2023年にかけての5シーズンの球速帯別のストレートに対する「長打率」「コンタクト率」「引っ張り率」「フライ率」「HR/FB(フライ打球に占める本塁打の割合)」を比較。宮下氏の分析によれば、同じ球速帯のストレートに対して、シーズンを追うごとに長打率とHR/FBが下がっている一方で、コンタクト率、引っ張り率、フライ率は現状維持あるいは微増傾向にあった。

数字で判明「捉えた打球が伸びない」

 投手のレベルが向上しているのは事実とはいえ、打者も手をこまねいているだけではなく、バットにボールを当てる技術を向上させ、ホームランを生み出しやすい「打球を引っ張る」「フライを打つ」といったポイントをおさえて対抗しているのが同データから読み取れる。にもかかわらず長打率やHR/FBが低下しているということは、つまるところ「捉えたはずの打球がホームランになっていない」ということだ。今季もこの傾向は続いており、4月18日に村上宗隆が口にした「打感や打球速度と飛距離が比例していない」といった言葉が、打者側の苦悩を如実に物語っている。

 これらを踏まえたうえで、宮下氏は「“投高打低”が年々深刻化しているのは、投手のレベルアップ以外の環境要因が大きいのではないか」と仮説を立てる。

「先の記事で分析したのは2023年までのデータですが、今季はさらに極端な数字になっています。引っ張り、フライと、いい形でバットに当てるところまではできているのに、当たったあとのデータが著しく下落している。そこから『何かがおかしいのでは』というのは推測できます」

バッターの苦悩「何かがおかしい」

 宮下氏の言うように「何かがおかしい」のであれば、当然ながら、最初に疑いの目を向けられるのはボールだろう。反発係数に問題がなくとも、「反発係数以外が変化している可能性もゼロではない」と宮下氏は指摘する。

 今年のMLBも歴史的な打低シーズンとなっており、原因のひとつに空気抵抗の増加が挙げられる。その空気抵抗を数値化したものが「抗力係数」だ。

 ボールの縫い目が高くなったり、表面が毛羽立ったりすれば、空気抵抗が大きくなり飛距離は落ちる。ボール表面のミリ単位のズレが、メートル単位の影響を与えることもある。

「空気抵抗は微細な違いによって変化し、気候面なども含めてかかわる要素が多いので、ボールが飛ばない理由として想像しやすい。MLBでは公式データサイト『ベースボール・サバント』でシーズンごとに微調整する抗力係数(Drag Coefficient by Season)の数値を公開しているため、環境の変化を早期に把握できました」

「リーグがコントロールすべき事案」

 果たして、今季のボールは本当に飛ばないのか。飛ばないとすれば、その理由とは何か? 現時点で断定的な結論を下すことはできないとしつつ、宮下氏は「いわゆる“犯人探し”にはあまり意味がない」と強調した。

「ボールが変わったかどうか、というのは本質的な話ではないと思います。可能性としては低いですが、仮に投手のレベルアップが打てないことの主要因であっても、あまりにも得点が入らないという状態は健全ではない。どんな理由にせよ、極端なプレー環境にならないようにリーグがコントロールすべき事案だと個人的には考えています」

 このまま対策が講じられなければ、“記録的打低”はしばらく継続する可能性が高いだろう。退屈な試合と思われればファン離れが進む可能性がある。実際、今年のプロ野球の異変を示す“衝撃的なデータ”が明らかになった――。

〈つづく/明かされる「衝撃のデータ」編へ〉

文=曹宇鉉

photograph by JIJI PRESS