現代日本を生き抜く女性たちを励ます物語を作り続けてきた、柚木麻子さんの最新短篇集『あいにくあんたのためじゃない』。随所に実体験がちりばめられているという、本作が生まれるまでの背景を明かしてくれました。

「自分の中にもマッチョな感性はある」と気づいた

——最新短編集『あいにくあんたのためじゃない』は、フィクションではありますが、実体験も随所にちりばめているとのこと。たとえば、過去の記事が炎上したラーメン評論家を題材とした「めんや 評論家おことわり」では、実際にラーメンを自作したそうですね。

柚木  きっかけは、エトセトラブックスが発行している雑誌『エトセトラ』の「女人禁制特集」に寄稿したこと。大相撲、歌舞伎、山などの「女人禁制」文化の背景を掘り下げていく知的な試みだったのですが、なぜか私は「食」の担当で。何を書こうか考えていたとき、思いついたのがラーメンだったんです。当時、ラーメン評論家の言動やラーメン店の接客が炎上することが多くて、ラーメンは単なる食べ物なのに、どうしてマッチョイズムと結びつきやすいんだろう?と気になったんです。そこで、イチからラーメン作りを研究してみようと。最初はスープだけでしたが、そのうち麺も打つようになって、友達や仕事関係の知り合いにも振る舞うようになりました。ラーメンってみんな大好きだけど、子どもがまだ小さかったりするとなかなかお店に行けないので、すごく喜んでもらえるんですよね。非常にやりがいを見いだしてしまって、小説そっちのけで4カ月くらいラーメンを作り続けていました。

——その結果、どんなものが見えてきたんでしょうか。

柚木  私としては、ラーメンというのはただの美味しいごはんで、それをマッチョイズムに利用するのはよくない……という結論にしたかったんです。でも作っているうちに、私自身が腕組みとかしちゃって、偉そうに語る嫌なラーメン屋みたいな性格になっていて。スープ作りってすごく大変だから残されると嫌だし、食べている人の反応が気になって顔をじっと見てしまうんです。私自身の中にもマッチョな感性があるんだな、と気づいたことで、小説の書き方も変わりました。今まで私は、自分が苦手だったり、興味がない人については、物語の中でほとんど存在しない人物のように扱ってきたんですね。でも自分が理解しがたい存在についても、自らの体験を通じて理解すれば、対象への解像度も上がる。これから作家を続けていくうえでの、新たな指針ができた気がします。

——確かに、主人公のラーメン評論家・佐橋も単なる悪役ではなく、同情すべき点もある人物として描かれていました。

柚木  今までだったら、佐橋がけちょんけちょんにやられて、スカッとして終わりだったと思うんです。でも私もラーメンについて語りたい男性の気持ちが分かるようになったので。実は佐橋については、後日談も考えたんです。作中のラーメン店「のぞみ」がNetflixのドキュメンタリーになって、そこに佐橋が出たのをきっかけに、治安が悪い場所へ行ってその街のストリートフードを食べる……というグルメ番組のオファーが来る。彼は偏見の塊だし、ジェンダー観も古いけど、体当たりでいろんな場所へ行って、死ぬほど怖い目に遭ううちに成長して、意識もアップデートしていく。世界的なセレブの間でも話題になって、いずれ骨太なフードライターとして活躍していくと私は信じています。

「善意」が「偽善」とたたかれる理由は?

——「BAKESHOP MIREY‘S」は、困難な環境から抜け出して、焼き菓子の店を開きたい……という夢を持つ若い未怜を、年上の秀実がサポートしようとするものの、偽善的な行為と見なされてしまう物語です。「大人のおしゃれ手帖」の読者世代にも、若い世代の力になりたいと考えている人は多いかと思うのですが。

柚木  これは私と秀実に共通する悪いところなのですが、相手の悩みを力業によって一瞬で解決したい、と思ってしまうんですよね。でも、津村記久子さんが『水車小屋のネネ』で描かれていたように、社会の格差や理不尽というのは、長期的な視野で解決しなきゃいけない。たとえば10万円渡すとして、それがどんな使われ方をしても構わないならいいんですが、それが相手を自分が望むままに動かすための10万円ならよくない。同じ10万円なら、月1回、相手に10年間お茶をおごったり、力になれそうな人を紹介する……みたいなやり方がいいと思います。
私が好きな『赤毛のアン』や『若草物語』のような海外の児童小説には、たいてい貧しくて風変わりな女の子が出てきて、お金持ちの人が彼女を助けてくれます。その根底にあるのは、社会的地位の高い人は、社会や下層階級に対して貢献しなきゃいけないという「ノブレスオブリージュ」の価値観です。だから、「BAKESHOP MIREY‘S」が『赤毛のアン』の世界なら、街の人は秀実を賞賛するし、未怜は背中を押してもらってめでたしめでたし、となる。でも、その価値観が根付いていない日本では、秀実の行為は叩かれてしまう。それでも秀実のおせっかいは全くのムダではなかったと描きたくて、ああいう結末になりました。

元気の源はたんぱく質

——ちなみに、最初に出てきたラーメン作りのお話のように柚木さんはすごくフットワークが軽いかと思うのですが、その原動力はどこから来るのでしょうか。

柚木  最近、やっぱりたんぱく質が大事だと気がついて。でも私はプロテインの味が苦手で、絶対に飲みたくないんですよ。代わりにコンビニで売っているゆで卵やたんぱく質のとれる練り物を買って食べています。そうすると元気が出るので、自分にとってストレスにならない味のたんぱく源を見つけて、おやつ代わりにするのはおすすめですよ。

『あいにくあんたのためじゃない』

著/柚木麻子
¥ 1,760(新潮社)

過去のブログ記事が炎上し、仕事を干されたラーメン評論家が、出禁となった人気店を再訪する「めんや 評論家おことわり」をはじめ、人生に行き詰まった主人公たちが自分を取り戻し、逆境をはね返して新たな道を開いていく、全6篇を収録。

柚木麻子(ゆずきあさこ)

1981年、東京生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。ほかの作品に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『本屋さんのダイアナ』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『ついでにジェントルメン』などがある。
Ⓒ新潮社


取材・文/工藤花衣

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