PRESIDENT Online 掲載

日本酒「獺祭」で知られる旭酒造と、西新宿の高級ホテルである京王プラザホテルが、従業員を一定期間交換し働かせる「交換留職」を行っている。いったい何のためなのか。ノンフィクション作家の樽谷哲也氏が描く――。

■宿泊客が「蒸発」した名門ホテルがとった打開策

一般に「交換留学」といえば、日本の学校に籍を置いたまま、半年から1年ほどの期間、協定を結んだ海外の大学などに派遣留学し、相手校からも学生を受け入れることを意味する。学問を修めつつ、異なる文化や言語に理解を深める相乗効果が期待される。

社員の相互派遣に取り組み、「交換留“職”」なる制度に発展させた珍しい日本企業の実例がある。東京の西新宿エリアに摩天楼の礎を築いた京王プラザホテルと、純米大吟醸酒「獺祭」が一大ブームとなった山口県に本社を置く旭酒造である。

そのきっかけは、私たちの暮らしに深刻なダメージをもたらした2020年に始まるコロナ禍にあった。日本初の超高層ホテルとして誕生した京王プラザホテルとしては、開業50周年を翌年に控える節目の時期に差しかかっているときの悲運でもあった。

第13代社長の若林克昌氏は、奇しくもその20年6月にグループの京王自動車社長から転じて就任したばかりであった。「お客様が蒸発したというくらい激減してしまいました」と振り返るが、およそ80%を海外の宿泊客で占める都心の大ホテルの経営トップとして、歴代の社長たちさえ経験したはずのない試練に直面したことになる。

「経営が非常に厳しくなって、約1000人の社員のうち250人を、あらゆる業種に出向させました。ホテルや飲食店のほか、建設業や不動産業の営業、バスターミナルの職員、警備員などです。なんとかこの苦境を乗り切ろうとがんばっていました」(若林氏)

■インタビュー記事を見て旭酒造の社長に声をかける

そのような折、旭酒造の立役者である会長の桜井博志氏のインタビュー記事が新聞1面に掲載されていたのを目にする。桜井氏とは、かつて京王プラザホテルで開かれた特別イベントで縁を得て以来、親交がある。

「いま最も苦しんでいるホテルと外食業を少しでも助けたい」と語っていた。ともに親しくしている長男で第4代目蔵元・社長の桜井一宏氏にすぐに連絡をとり、「ぜひともご協力をお願いしたい」と依頼した。

勇にして能ある経営者は即行動に打って出る。

桜井一宏氏は、次のように話す。

「私自身、京王プラザホテルさんのことをたいへん心配していましたので、『私たちこそありがたい』と、コロナ禍が収束したら戻っていただくことを前提にすぐに社員の方の受け入れを決めました」