東京・銀座に一風変わったコンセプトの会員制スナックがある。そこでは風俗やキャバクラといった夜職(ナイトワーク)から、昼職へ転職したい女性がキャストとして働き、そんな彼女たちを採用したい企業が来客する。転職マッチングが日々行なわれているのだ。これまで夜の世界を生業にしてきた女性たちの転職事情に迫る。

「昼職をコレクション(情報収集)して欲しい」という意味から、「ヒルコレスナック」と名付けられたその店には、10人ほどの女性キャストが在籍している。キャストはいずれも風俗やキャバクラなど、夜職で生計を立ててきた女性たちだ。

夜職から転職したい理由は三者三様だが、気になるのはその転職事情だ。長期間夜職を続けてきた女性たちは、希望に合った条件を見つけられるのか、生活スタイルや給料面の変化に折り合いをつけられるのか……。ヒルコレスナックで働く女性たちにその実情を聞いた。

18歳で結婚出産、19歳で離婚

西谷菜奈さん(仮名・33)は、19歳からキャバクラやクラブなど水商売を続けてきた。18歳で結婚、出産するも、翌年には離婚。以来、一児のシングルマザーとして、女手ひとつで夜職につきながら息子を育ててきた。

そんな息子も今年で高校1年生。片親である後ろめたさもあってか、息子に不自由をさせたくなかった西谷さんは、学習塾に通わせて高校受験をさせた。無事合格して、塾の月謝から解放されたのも束の間。今度は息子が「将来は留学したい」と口にしはじめた。

「この先、学費や大学受験に向けた塾代に加えて、留学費用などを考えると、いまより稼ぎはほしい。かといってこれ以上キャバクラで稼ぐのは現実的に難しい。そこで新しい職を求めてヒルコレスナックに応募しました」

20代前半は、週5回の勤務で月収80〜100万円ほどを稼いでいたという西谷さん。それでも年齢を重ねるとともに、体力も衰え、人気も後輩たちに集中するようになり、働くモチベーションが削られていった。

こうして20代半ばから、西谷さんは昼間の仕事を始める。業務委託で建設会社に入社して、人事や経理などのバックオフィスを担当するが、建設会社の給料は額面で年収380〜400万円。あわせて体力に余裕のあるときにキャバクラに出勤するも、コロナによる逆風が重なり、年収は500万円あたりを行き来した。

いきなり部長としてアサイン

行き詰まった西谷さんは2023年末、ヒルコレスナックに入った。職種の希望は特になかったが、とにかく稼げる仕事に就きたい旨をスナックのオーナーに伝えた。

そして出勤2日目で、いきなり転機が訪れる。

「『令和の虎チャンネル』にも出演しているエクシアのFC加盟店舗のオーナーが来店して、意気投合しました。オーナーは飲食店や保育事業、美容事業を展開するエネルギッシュな方で、とにかくやる気がある人を採用したいとのことでした。

これはチャンスだと思い、私がシングルマザーで、息子のためにとにかく稼ぎたいことを伝えました。そしたらオーナーとも波長が合って、私の気概を買ってくださり、エクシアホワイトニング新橋店の美容事業の部長としてアサインさせていただくことになりました。

給料は、固定給30万円に加え、会員数に応じてインセンティブが付与される仕組みでした。営業職として、ホワイトニング通い放題の月額サブスクプランを売り込み、会員が300人を超えれば、年収1000万円に到達する。仕事をするだけ稼げるのは私にとって最適な環境だったので、即決しました」

ヒルコレスナックでは、お店でマッチングが成功すれば、そのままお店のキャストを卒業して就職する流れとなる。あまりにとんとん拍子に思えるが、企業からしても即戦力の人材がほしいからこそ、お金と手間をかけてスナックを訪れているため、採用するモチベーションが高い。そのため、ヒルコレスナックのキャストの在籍期間は、平均2〜3ヶ月とスムーズに採用が決定することが多い。

就職したばかりでも、徐々に顧客を獲得して手応えを感じている。未経験の営業職でも、キャバクラで培ったトークスキルで、ガツガツと商材を売り込む毎日だ。

10年以上デリヘルに勤務

西谷さんのように即採用につながるケースもあれば、思うように転職ができない場合もある。

ヒルコレスナックで1年働く横井真緒さん(仮名・32)は、現在も週3〜4日デリヘルで働きながら、いまだに昼の世界に飛び込めずにいる。彼女の場合、職種や給与、雇用体系など、働き方の条件は絞っていないものの、いまひとつピンとくる仕事に出会えていないという。

なかなか転職を決断できない背景には、風俗業界に長年携わってきた複雑な事情があった。

横井さんがデリヘルを始めたのは20歳の頃。高校を卒業したのち上京して、正社員としてスーパーで働くものの、母から頻繁に仕送りを求められたため、稼ぎのいい風俗の世界に足を踏み入れる。

「実家に借金があり、高校卒業後から親に仕送りを求められるように。最初は生活費として毎月10万円ほどほしいと言われ、それ以外も父の入院費や車検代を求められるようになりました。スーパーの給料では生活もカツカツなので、繁華街の駅周辺にいたスカウトの方に自分から声をかけて、デリヘルの仕事を斡旋してもらいました」

21歳でスーパーを退社して、デリヘルで週5回ほど働くようになる横井さん。月収は100万円を超える月もあった。シフトも融通が効きやすく、職場の人間関係も気にしないデリヘルの仕事は性に合っていたようで、特に不自由なくそのまま働き続けた。

「いまさらなにをしていいのかわからない」

それでも30歳を迎える頃には、同年代のキャストも夜職をあがっていき、漠然とした不安を覚えた横井さんは、2022年末からヒルコレスナックでの勤務を始める。これまで約40社ほどの人事とマッチングを果たしたが、就職には至っていない。

「勤務中に企業の方と話すのは楽しいのですが、いざとなると自分が堅い仕事をやっているのが想像できないんです。昼職経験はほぼないし、役立ちそうな資格もない。職場の人間関係もうまくできるか不安なので、本当に自分は求められている人材なのかと尻込みしてしまう。

デリヘルの場合は、性的サービスを提供しているので、よくも悪くもダイレクトに自分の需要があると感じられます。もちろんストレスもある仕事ですが、昼職に就いて自分が役に立たなかったらどうしようと不安になるストレスのほうが大きいです。

それに私は結婚願望もなければ、子供がほしいとも思いません。趣味はお酒ぐらいで、希望する職種もない。とにかくふわっとしたまま30歳を超えてしまったので、いまさらなにをしたいのかわからないんです。

ただ同時に、自分の需要がだんだん減っていくのは痛感しています。熟女系の店舗に在籍するのもいいんでしょうけど、それでもいずれ限界は訪れる。いまのところ40歳までに風俗を卒業しようとは思っていますが……」

いくらマッチングの機会に恵まれていたところで、結局は本人のやる気しだいによる部分も大きいのかもしれない。

面接できわどい質問もしやすい

一方で、企業側は、どのような理由でナイトワーカーの女性を採用するのか。

日本とカンボジアを拠点に活動する広告代理店『レプリネット・カンボジア』は、これまでヒルコレスナックで10人近くの従業員を採用してきた。いずれもカンボジアの不動産を売り込む営業部隊として、ナイトワーカーをリクルートしている。

「当社では、企業の社長が集まるような交流会や定例会に参加して、そこでカンボジアの不動産に興味はないかと営業をかけるんです。そのとき、どうしても中年のおじさんが声をかけるより、30歳前後の女性が声をかけたほうが食いつきがいいわけですよ。

いまどき普通の面接だと、結婚しているかどうかを聞くだけでハラスメント認定されてしまう時代です。ただ、ヒルコレスナックだとプライベートなことも聞きやすい。将来的に結婚や子供を考えているかどうかを聞くことによって、カンボジアに長期出張できるかどうかなど、お互いにどういう仕事量や形態で進めていけばいいのかが固めやすいです」

そう語るのは、レプリネット・カンボジア代表の北野岳氏だ。

現在カンボジアは、年5.5%ほどのGDP成長率を誇るにもかかわらず、日本の大手デベロッパーの参入が少ないため、レプリネットはとにかく不動産を捌きたい。そこで、いかに効率よく不動産を購入してもらえるか考えた結果、ヒルコレスナックでナイトワーカーをリクルートをしようと考えた。

しかし、夜職の女性を雇い続けることで、企業としての信頼やイメージに影響はないのか。

「当社の女性社員が、交流会を通して他社からスカウトされる話もよく聞きます。他の企業からしても、前職が水商売だからマイナスになるのではなく、その女性の人当たりややる気を重視している企業も一定数いるかと思います」

ナイトワークを始めた事情は人それぞれだが、30歳を超えてからでも昼職への門戸はそれなりに開かれているようだ。


取材・文・写真/佐藤隼秀