「僕はいま彼からこの話を聞くために記者になったのか」

そう感じる瞬間が取材中にあった。これまで多種多様なスポーツ取材をしてきたが、そう思う瞬間は過去を振り返ってもあの瞬間以外ない。ある取材中に起きた出来事を振り返る。

昨年12月初旬にJ1ヴィッセル神戸から2024年シーズン加入内定を勝ち取った当時筑波大蹴球部MF山内翔(かける)選手のインタビュー取材のため、筆者は筑波大へと向かった。山内選手にとって大学最後の全国大会となるインカレを控えていたため、全国大会への意気込み、神戸での展望、アカデミー時代の思い出などを聞く予定だった。



そしてこのインタビューの肝となる部分は山内選手を中学時代から熱心に応援していた山城和也さんとのエピソードだ。山城さんは神戸アカデミーを熱心に応援するサポーターとして神戸サポーター界隈では有名人だった。だが2022年2月に山城さんは50歳で逝去した。複数の神戸サポーターから山内選手が山城さんの声援を受けていたことを聞いていたため、山内選手に山城さんとの思い出を聞こうと思っていた。

神戸アカデミーを応援する山城和也さん


ただ懸念があった。故人が関わるエピソードの記事は故人を美化しがちになるケースが多い。実際に取材を進めるうえで山城さんの人物像を複数の神戸サポーターから聞いた際、あるサポーターは「あのおっさんは滅茶苦茶だった」というほど奔放な性格の持ち主だったという。そのため好き嫌いが分かれる人物だったようで、極力山城さんを美化しないようにありのままの事実ベースで執筆するよう心掛けた。

このために記者に



取材が始まると、はきはきと元気に質問を分かりやすく答える山内選手の賢さに感心した。そして大学での振り返りがある程度話し終わった際に、筆者は「サポーターの山城和也さんは覚えていますか」と切り出した。



山内選手は優し気な笑顔を浮かべて「はい。覚えています」と答え、山城さんとの思い出を楽しげに語り始めた。中学時代から熱い声援を送ってくれた話、育成年代の代表に初めて入った際に新神戸駅へ駆けつけて横断幕を広げて見送ってくれた話などだった。

エピソードをある程度話すと山内選手が「これは誰にも言ってないというか、初めてなんですけど、去年のシーズンに入る前に自分でレガースを作ったとき、山城さんがよく言っていた『enjoy football』という言葉がありました。その言葉をレガースに入れています。それを試合前に目にすることがあります」と話した瞬間、筆者はいままで感じたことがない不思議な感情を抱いた。

「僕はいま彼からこの話を聞くために記者になったのか」

このような錯覚に近い感覚を記者人生で初めて覚えたのだ。この話を聞いた際、脳内にある原稿の構成はすべて完成し、1秒でも早く執筆したいと思うくらい体の芯が熱くなった。そして山内選手からレガースの写真を後日提供を受けて記事掲載に至った。



取材後の帰り道にある有名漫画のワンシーンを思い出した。平安時代に天才棋士として活躍するも非業の死を遂げて幽霊となった藤原佐為が主人公の進藤ヒカルを囲碁の世界へと導くストーリーで著名な人気囲碁漫画「ヒカルの碁」に、佐為が「神はこの一局をヒカルに見せるため、私に千年の時を長らえさせたのだ」と発言した有名なシーンがフラッシュバックのように浮かび上がった。



どこか導かれたかのような感覚を抱いた。同時に山内選手を取材できて、記者をやっていて良かったと胸をなでおろした。プロとなった山内選手は今季J1第8節FC町田ゼルビア戦でプロ初ゴールを決めた。その瞬間どこかで彼に熱心なサポーターが喜んでいたらいいなと心から思った。