Sofia Coppola[ソフィア・コッポラ]
監督の名前を聞けば、だいたいどんな映画なのかを想像することができる。それでもこの人の場合は、特別だろう。ソフィア・コッポラ。そのビジュアルセンスは、ハリウッドの監督の中でも際立っている。巨匠フランシス・フォード・コッポラの娘という説明は、すでに過去のもの。現代の映画界を代表する存在になった彼女の新作は、あのエルヴィス・プレスリーが恋に落ちた少女を主人公にした『プリシラ』だ。
プリシラ・プレスリー本人の回顧録『私のエルヴィス』を基に、プリシラがエルヴィスと初めて出会ってから、エルヴィスの有名な邸宅、グレースランドでの生活までの約10年間が描かれる。プリシラを演じたケイリー・スピーニーがヴェネチア国際映画祭で最優秀女優賞を受賞するなど話題の『プリシラ』。日本での公開を前にソフィア・コッポラにインタビューした。
ーープリシラの人生に何か共感するものがあったので、映画に取り組んだのでしょうか。
『私のエルヴィス』を読んだとき、多くの少女が経験することが次々と見つかりました。プリシラは高校時代のファーストキスを経て、誰かにとって大切な存在になり、母親へと成長します。まさに人生の過渡期が鮮やかに伝わってきて、私は共感せずにはいられませんでした。そしてプリシラとエルヴィスと一緒の生活が本当はどのようなものだったのかに興味が湧いたのです。
ーーそのあたりはプリシラ本人との対話で、いろいろ明らかになったのですね。
はい。プリシラは私と一緒に過去を振り返りながら、どんどん思い出がよみがえってきたようです。その結果、『私のエルヴィス』には書かれていないエピソードも脚本に入れ込むことができました。たとえばエルヴィスとプリシラの映画館でのデート。エルヴィスはスクリーンに映ったハンフリー・ボガートのセリフを記憶していて、観ながら暗唱し、プリシラを驚かせます。その直後のシーンで、エルヴィスはマーロン・ブランドやジェームズ・ディーンへの憧れを口にします。本物の映画スターになりきれないエルヴィスの屈折した心情を、プリシラから聞かされて私も驚きました。
   


ーー14歳のプリシラと出会った時、エルヴィスは24歳。今の時代、そんな2人のラヴストーリーを描くにあたっては、いろいろと配慮も必要だったのでは?
たしかに気を遣いました。エルヴィスが年下の少女を好きになった事実を批判的に描かないよう、登場人物たちの視点に誠実になることが大切でした。2人のラヴシーンや、エルヴィスがプリシラにひどい仕打ちをするシーンでは、何人ものインティマシー・コーディネーターに協力してもらい、とにかく安全に終えることに努めたのです。そうしたシーンは俳優を追い込むことになるので、何度もテイクを重ねていません。
ーーカンヌで受賞を果たしたプリシラ役のケイリー・スピーニーは14歳からの10年間を演じ分け、エルヴィス役のジェイコブ・エロルディは本人の面影を感じさせる名演技をみせています。現場での2人のケミストリーはどうでしたか?
ケイリーとは何時間もかけてプリシラについて話をして、役を引き受けてもらいました。ジェイク(ジェイコブ)は別の現場で会ったことがあり、今回のオファーをしました。2人を一緒にスクリーンテストしたわけではないので少し不安もありましたが、彼らは撮影前に時間を作って会っていたそうで、現場では私の想定外のエネルギーが生まれたようです。ジェイクの持ち前のカリスマ性が、ケイリーの演技を受け止めた印象ですね。少人数のスタッフで撮影したことも、彼らの親密さに役立った気がします。
   


ーーちょうど2年前にバズ・ラーマン監督の『エルヴィス』も公開されました。気になったりしましたか?
『プリシラ』の撮影前に観て、むしろ安心しました。『エルヴィス』ではプリシラの出番も限定的で、彼女の感情はあまり描かれません。私の映画では別のアプローチになっているので、まったく影響を受けずに作ることができました。
ーー映画の冒頭で、女性の素足がカーペットに沈み込む映像が収められています。あのようなビジュアルでインパクトを与えるのは、あなたらしいです。
あそこは無意識に撮ったシーンで、私自身は自分らしさがどういうものか考えてはいません。女の子がベッドに横たわっているなど好きなイメージはありますが(笑)。映画作りで最も楽しいのは美術の仕事ですね。今回も1960年代の航空チケットを再現したり、エルヴィスが表紙を飾った雑誌のためにジェイクを撮影したり、そうした時間に私は喜びを感じてしまいます。
ーーあなたの映画はサウンドトラックが魅力的で、そこを楽しみにしている人も多いです。
時代を忠実に再現しつつ、プリシラの感情を説明できるような曲を選びました。私の夫はミュージシャンなので(バンド『フェニックス』のボーカル、トーマス・マーズ)、脚本を書きながら彼にロマンチックなサウンドを見つけてもらったりしました。使用許可が下りなかった曲もありましたが、ドリー・パートンの『オールウェイズ・ラヴ・ユー』(後にホイットニー・ヒューストンが大ヒットさせた曲)を使えたのはラッキーでしたね。ドリーがあの曲の権利を守るために苦労した逸話が、プリシラの重要な決断に重なると信じたからです。
   


ーー2023年は『バービー』も大ヒットして、女性監督や女性を主人公にした映画の未来にも明るい兆しが見えますが、実際にはどう感じていますか?
私はできる限り自分で作品をコントロールしたいので、メジャースタジオで大作を撮るつもりはありません。インディペンデント映画では、まだ私のような監督は厳しい状況が続いていますね。たとえば配信サービスでは、視聴者にアルゴリズムでオススメが表示されます。それは映画の多様性を阻害することにもなるんです。そして相変わらず作品の決定権を持つ立場や、資金調達の仕事は男性がメインです。若い世代に、もっとさまざまなタイプの映画を観てもらえるように、私も努力します。
ーーこれからもやはり女性のキャラクターをメインに描いていくのですか?
特に決めているわけではありません。『ロスト・イン・トランスレーション』のように男性キャラクターにこだわった作品も思い出してください(笑)。ただ、ハリウッドでは基本的に女性の物語を描いた映画が少ないですし、やはり共感するとなると女性が中心になりますね。今回の『プリシラ』でも私の母の世代のカルチャーが、私、そして私の娘にどう受け継がれたのかに心をときめかせましたから。
『プリシラ』4月12日公開
原作・製作総指揮/プリシラ・プレスリー 製作・監督・脚本/ソフィア・コッポラ 出演/ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ、ダグマーラ・ドミンスク、アリ・コーエン、ティム・ポスト 配給/ギャガ
2023年/アメリカ・イタリア/上映時間113分
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取材・文/斉藤博昭 text:Hiroaki Saito
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