能登半島地震から半年。大きな被害を受けた石川県の奥能登地域のコメ作りが危機にひんしている。県によると、同県珠洲市や輪島市など奥能登4市町でのコメの作付面積は昨年比4割減の約1600ヘクタールになる見込み。「このままコメ作りができるのか」−。深刻な状況の中、農業従事者らは未来にコメ作りを残す道を模索している。

頭悩ませる水の確保

倒壊したままの民家や陥没し、水が張られていない田んぼ…。例年であれば青々とした水田が広がる珠洲市若山地区では、半年前に受けた甚大な被害が地域農業に暗い影を落としている。

奥能登地域で最大規模の農業法人「すえひろ」では、今年約115ヘクタールでの作付を予定していたが、地震により計画は「白紙」に。地割れした田んぼや農道、損傷した用水路など数々の深刻な被害の中で関係者を最も悩ませているのは水の確保。地盤の隆起などにより、田に水を供給する3つの主要水路が使用できなくなってしまったのだ。すえひろの従業員、政田将昭さん(49)は「水は低いところから高いところに流れない。同じ場所で水路を復旧しても田に水を引くことができない」と説明する。

水がなければコメ作りができないため、現在は応急措置としてポンプを設置。近くの川から水をくみ上げ、なんとか田に水を張ることができているが、あくまでも一時的な対策に過ぎない。

例年12月には次の年の作付け計画を固めなければならないが、水路を新たに設置するなど根本的な解決となる復旧工事はまだ国による査定段階。今後のコメ作りの目途が立たない状況に政田さんは「水田を見ても、復興の途中という感覚はない。来年のことを考えられないので」と焦燥感を募らせる。

年間売り上げ、例年の7割

何とか田植えに漕ぎつけた今年のコメ作りも安定的な状況とは言い難い。地割れや隆起の被害が著しい田んぼでは水が張れず、やむなく稲作を見送ったり、大豆などに転作したりした場所も。さらに生産するコメも田んぼの環境が整っていないことから主食米から加工用や家畜用といった安価なものに切り替えるなどの対応に追われた。

こうした状況を受け、すえひろの今年の作付面積は約83ヘクタールにまで減少。また、同社は「(年間売り上げは)例年の7割ほどになるのではないか」とみる。

周辺では地震による農具や機械の損傷などで離農の動きも加速する。「地震がなければあと10年は続けたかった」と話す宮下満さん(63)もその1人。地震により農具を入れていた納屋が大きく傾き、作業などもできなくなった。自宅も半壊し、現在は仮設住宅の入居待ち。「次に大きな揺れがあればいつ納屋が倒壊してもおかしくない。傾いた納屋を見て農業を断念することを決めた」とため息をつく。

県によると、奥能登4市町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)の6年産米の作付け見込み面積は昨年の6割程度。自宅が損壊し、仮設住宅で暮らす農業従事者も少なくなく、作付け自体を見送った地区もあるという。

状況は依然として厳しく、岐路に立つ奥能登のコメ作り。すえひろの末政博司社長(65)は「一度、耕作放棄地となれば、再び田んぼにすることは難しい。なんとか踏みとどまり、今後もこの土地でコメ作りを続けていきたい」と話している。

農業被害なお7千件超

石川県内の農業関連の被害件数は6月18日時点で7千件以上に上る。農業は1年を通した長期的な計画が必要となる。復旧の目途が立たなければ離農の動きが加速する懸念もあり、迅速な支援が求められる。

県によると、深刻な被害を受けた奥能登地域(珠洲市、輪島市、穴水町、能登町)では、のり面の崩壊や田んぼの亀裂などの農地被害は4市町で1041件。農道の陥没や隆起は1030件、水路被害は1357件となっている。

毎年のように大規模災害が発生する中、国はこれまでも地方農業の早期復旧を支援する取り組みを展開。過去の災害では被災を機に作物転換や施設の強靭(きょうじん)化などに取り組む産地に対し、簡易な農業用ハウスや補強に必要な資材導入などに要する経費の助成なども行ってきた。

能登半島地震では、国は1月、被災者の生活と生業の再建を支援する政策パッケージを策定。農業分野では、「地域農業の将来ビジョンを見据えた復興方針の検討」「農地・農業用施設の復旧と一体的に行う水管理の効率化」「観光とも連携した持続可能な里山づくり」などを進める方針だ。

また、「激甚災害」の指定を受けている能登半島地震では、国による高い補助率での復旧工事が可能だが、多くが査定段階に留まるという。

査定前の応急工事はあくまでも仮復旧。根本的な問題解決とはならず、深刻な状況は打開できていない。珠洲市の農業関係者は「今後も農業を続けられる環境基盤が整わないことには不安は消えない」と明かし、長期的な支援の必要性を強調した。

適切な技術導入や財政支援を 近畿大農学部・増田忠義准教授

能登半島地震の影響で離農が加速すれば、農業生産を保全できるのかと同時に、地域社会の持続的な安定を保てるかが大きな懸念事項となる。

観光・外食産業でコメをはじめとした地元産の食材を国内外客へアピールしているケースがある。お酒やみそ、しょうゆといった伝統食品などの原材料となっているケースもある。畜産・漁業も含めた地域の農業生産が維持されなければ、幅広い産業のネットワークが打撃を受ける恐れがある。

農地の復活・再整備は、だれが所有し経営を担うのか、分かっているところから優先して進めるべきだ。

離農した農地も、新たに経営へ参画し生産を続ける人が見つかったところから復活させたほうがいい。奥能登ほど高齢化が進んでおり、生産条件も厳しい。集落ごとの状況を踏まえつつ、全国的な担い手募集キャンペーンも必要ではないか。

一方、地盤の変化などで能登地方の特色である水田稲作ができなくなれば、地域は危機的状況に陥る。だが、畑作に転換し、ほかの作物をつくるといった対応策もある。行政は既存の制度も利用しながら、適切な技術導入や財政支援を進めるべきだ。