昨年の今ごろは、お世話になったサッカーJ1、G大阪の元スカウト、二宮博氏が著書を出版するのを手伝っていた。多くの日本代表選手の発掘、育成に関わり「伝説のスカウト」と呼ばれた二宮氏初の著書「一流の共通点−スカウトマンの私が見てきた成功を呼ぶ人の10の人間力」(税込み1870円、徳間書店)は昨年7月に刊行。最近、2度目の重版が決まりそうだと聞いた。微力ながら力添えさせていただいた本を多くの方に読んでいただけるのは、うれしいかぎり。ご興味があるようでしたらぜひ、手に取ってもらえれば。

「一流の共通点」は堂安律(フライブルク)や鎌田大地(ラツィオ)、宇佐美貴史(G大阪)といった現役選手のほか、日本サッカー協会のトップに就任した宮本恒靖氏や、解説者として活躍している播戸竜二氏らG大阪ゆかりの人物を取り上げ、彼らがいかに困難を乗り越え、一流になっていったかを、それぞれのエピソードを交えながらまとめた本だ。成功の秘訣(ひけつ)として「考え方✕環境(運)✕努力」の方程式を紹介し、正しい考え方で正しい努力をすることが大切だと説く。

方程式がサッカー選手を目指している子供たちや保護者だけでなく、学生やビジネスパーソンにも当てはまるからだろう。二宮氏は「出版後、企業や大学、高校に招かれて講演をする機会が増えました」と話していた。

お手伝いさせていただく中で、特に印象に残っているのが、2005年にG大阪を初のリーグ優勝に導き、08年にはアジア制覇を達成した元監督の西野朗氏に行ったインタビューである。18年ワールドカップ(W杯)ロシア大会で日本代表を率いた指揮官でもある西野氏はG大阪時代、実に細かく選手を分析していた。

当時はクラブハウスから練習場に向かう途中に選手用の駐車場があった。通りすがりに何気なく車の中をのぞくと、食べかけのパンと、飲みかけの清涼飲料水がある。「あー、寝坊して慌ててやってきたんだな」と思っていると、案の定、車の持ち主は寝ぐせがついたまま練習場に現れたのだという。

選手やスタッフと食事をする際には、全員が見渡せる位置に陣取って様子をうかがった。誰と誰が仲がいいか、よくしゃべっているか…。必要以上になれなれしくしたり、プライベートまで立ち入ったりすることはなかったが、ある選手は「全てを見透かされている気がする。だから手を抜くことなんてできない」と話していた。

二宮氏がそのエピソードを告げると、西野氏は「物事の表面しか見ていないのは観察にすぎない。(指揮官たるもの、本質を見抜く)洞察までいかないといけない」と強調していた。

洞察ができて初めて、物事を公平に測り、正しく対応することができる。この考え方はサッカーに限った話ではないように思う。どんな組織、どんな事象にも当てはまる気がする。

1ドル=160円台を付けるなど歯止めのかからない円安のニュースに接するにつれ、名将・西野監督の「洞察」の言葉を思い出すのである。日本経済の洞察はできているだろうか…。(北川信行)