広岡達朗、齢92歳。近年では2021年、22年とセ・リーグ連覇を果たした(東京)ヤクルトスワローズを1978年に初のリーグ優勝、日本一に導き、82年からの在任4年間で西武ライオンズを3度のリーグ優勝、2度の日本一に導いた“昭和の名将”だ。今、最も歯に衣着せぬ提言を野球界に行う“プロ野球界の最重鎮”広岡が、宝島社から著書『勝てる監督は何が違うのか』を発売。smart Webでは、プロ野球界の監督について論じたその一部を3回に分けて抜粋してご紹介する。第2回は昨年チームを日本一に導いた阪神タイガースの岡田彰布監督と期待の大砲・佐藤輝明について。(全3回の2回目)

『勝てる監督は何が違うのか』広岡達朗(著)(宝島社)¥1,320

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2023年、タイガース日本一について思うこと

 2023(令和5)年は阪神タイガース一色のシーズンとなった。

 この年から岡田彰布が監督に復帰、決して「優勝」と言わず「アレ」と言い続けて、1985(昭和60)年以来となる、38年ぶりの日本一に輝いた。

 優勝の要因はいろいろあるが、これまで述べてきたように原辰徳監督率いる読売ジャイアンツがチームとしての体を成していなかったこと。2021年、2022年と連覇をしていた髙津臣吾監督率いる東京ヤクルトスワローズが、村上宗隆、山田哲人の不振によってチームとして機能しなかったこと……。

 他球団がだらしなかったことも大きな理由ではあるが、それでもタイガースは堂々たる戦いぶりを見せつけた。

 この年の開幕前、私はタイガースの優勝を予想していた。

 その理由は、圧倒的な投手力など、戦力が充実していたことも挙げられるけれど、最大の要因は岡田采配を評価していたからである。

 現役引退後、すぐにオリックス・バファローズのファームでコーチに就任し、その後はタイガースで二軍監督も務めた。着実に指導者としてのステップを踏んだ上で、満を持して一軍監督に就任したのだ。

 2004(平成16 )年から2008年まで5年間タイガースの指揮を執り、初年度こそ4位だったものの、以降は1位、2位、3位、2位と、ある程度の結果を残している。このときJFK(ジェフ・ウイリアムス、藤川球児、久保田智之)を確立するなど、優れた選手起用が注目を浴びた。

 さらに2010年から3年間はバファローズの監督も務めた。このときは5位、4位、6位と満足な成績を残すことができなかったが、結果的にこの3年間こそ岡田にとっていい勉強をした時期となった。

 評論家としてバファローズキャンプを訪れたときのことだ。私は、岡田がほとんどブルペンに足を運んでいないことが気になった。そこで彼に、こんなことを言った。

「野球は点をやらなければ勝てる。野球の7割は投手が握っている。なぜ、一番重要なブルペンを熱心に見ないのか?」

 私の忠告を受けて、それ以降の岡田は足しげくブルペンに通うようになり、タイガース監督復帰後も「投手力強化を主眼に置いている」といった発言が目立つようになっていた。早稲田大学の後輩だから褒めるわけではないが、なかなか素直で見所がある男である。

 元々、リーグ有数の投手力を誇っていたが、現役ドラフトで福岡ソフトバンクホークスから獲得した大竹耕太郎が12勝2敗という圧倒的な成績を残し、前年までプロ未勝利だった村上頌樹が10勝6敗で新人王のみならず、最優秀防御率、さらにはMVPまで獲得する大きな飛 躍を見せた。

2024年3月、絵馬に「連覇」と記して願掛けする岡田彰布監督。その野望は果た
されるか(時事)

2024年3月、絵馬に「連覇」と記して願掛けする岡田彰布監督。その野望は果た されるか(時事)

 これでは、なかなか他球団も攻略の糸口を見つけることができなかった。

 やはり、野球は投手力なのである。

 岡田のことを「なかなかやるな」と思ったのが、就任早々、「佐藤輝明はサードで固定する」と宣言し、同時に「中野拓夢はセカンドで起用する」と表明したことだ。

 私はかねてから「佐藤はサードで起用すべきだ」と訴え続けてきた。ルーキー時代から外野を守っていたが、チーム事情でたまにサードを守る際には、ファーストに目の覚めるような送球を披露して、サードとして非凡な能力を見せていた。

 岡田もまた同じことを考えていたのだろう。また、評論家時代からすでに「もしも自分が監督となったら……」と、実戦に即したシミュレーションを行っていたのだろう。監督就任後すぐに「佐藤はサードで固定する」と発言したときには、「なかなかわかっているな」と思った。

 ショートを守っていた中野の場合は、肩に難がある。送球に自信がないから浅めに守ってヒットゾーンを広げてしまう。ならば、一塁への距離が近いセカンドを守らせた方がいい。理にかなった考えである。

 そして、サードに固定された佐藤は、私の想像通りのプレーを見せ、試合経験を積むごとに上達している。ただ、シーズン後半くらいからは悪い意味での「慣れ」が感じられ、プレーが軽くなっているのが目立つようになった。まだまだ勉強の余地はあるが、及第点を与えてもいいだろう。

 また、シーズンを通じて「一番・近本光司、二番・中野、四番・大山悠輔、八番・木浪聖也」が固定されていた点もよかった。第4章で詳述するが、私は日替わり打線を好まない。監督名を冠した、いわゆる「○○マジック」も好まない。

 相手チームから見れば、かつてのV9時代のジャイアンツのように、不動のメンバーでデンと構えられた方がずっと嫌だからである「相手の嫌がることをする」という当たり前のことを忘れてしまっている監督が多い中で、岡田の考え方には私も賛同する。「多少、調子が悪くても、四番は絶対に代えない」という覚悟が感じられる。野球にマジックなどない。正しいことを正しく追求するだけだ。

 その点、決して奇をてらったことをするのではなく、愚直に正しいことをやろうとしている岡田には好感が持てる。2024年時点の現役12球団監督の中では、私はジャイアンツの阿部とともに岡田を支持したい。決してラクをしようとせず、「正しいことをやれば必ず勝てる」ということを改めて証明してくれたからだ。

 阿部慎之助率いる読売ジャイアンツが覇権奪回を目指す上で、最大のライバルと目されるのがタイガースであろう。2023年は6勝18敗1分と大きく負け越した。苦手チームを作っていては、優勝はおぼつかない。

 阿部が岡田に対して、どのようなスタイルで臨むのか? 大いに注目したい。

打撃、守備、メンタルと非凡な才を持つ佐藤輝明

 前項で佐藤輝明のスローイングについて述べた。

 あれはルーキーイヤーの2021年のことだったと思うが、レギュラー選手の大山悠輔が欠場した際に、佐藤がサードを守ることになった。「はたして、どの程度の守備力なのだろう?」と注目していて驚いた。

 回転のいいボールを矢のような送球で一塁に投じていたのである。あれは印象的な場面だった。私たちが現役時代のレギュラー選手であれば当たり前の送球ではあったが、現在ではほとんど見ることがなかっただけに、「なかなかいいボールを放るではないか」とうなってしまった。

 このとき私は「佐藤はサードで使うべきだ」と確信した。少なくとも外野を守らせたり、サードで起用したり、「決してユーティリティプレイヤーとして便利屋のように扱ってはならない」と感じたものだ。大山にしても、佐藤にしても、チームの主軸となるバッターにはそれなりの敬意を持って接しなければならない。

 そして岡田は、言葉こそ厳しいものの、両者に対しては中心選手としての敬意を忘れていない。その点だけでも、岡田監督を評価できる。

 なおも、佐藤輝明の話を続けたい。

 サードからの送球にも非凡さをのぞかせたが、やはり彼の最大の魅力はバッティングだ。彼の場合は空振りが多く、読みが外れると腰が引けた不格好なスイングを喫してしまい、そのために三振が多いことが難点ではあるが、「当たったらホームラン」という長打力は何物にも代えがたい魅力だ。

 こすったような当たりでも、レフトスタンドに運ぶことができるバッターは数少ない。多くの指導者が誤解しているが、それは腕力があるから可能となるのではない。佐藤がそれを可能としているのは臍せい下か (下腹)の一点に氣を鎮めることができるからだ。つまり、腰を中心とした軸を作って、クルリと回転してスイングしているのだ。

 それはまさに、私が師事している藤平光一先生の教えであり、王貞治をはじめとする歴代の一流打者に共通する打ち方である。

 だから、少々体勢を崩されたとしても打球はグングン飛んでいく。投手からすれば「打ち取った」と思った打球がスタンドインするのだからたまったものではない。

 さらに佐藤の場合は、勝気な面構えもなかなかいい。

 ある日の試合、チャンスの場面で凡打に終わったとき、佐藤はベンチ内でバットを叩きつけて悔しさをあらわにしたことがある。

 私が感心したのは、決してファンの前でそのような情けない姿を見せたのではなく、ベンチに戻ってから感情を爆発させたことだ。ファンの目を意識した「見せるための悔しさ」ではなく、心からの悔しさだったからだ。

 プロの世界で生き抜いていくことのできる実力がある。守備も打撃も非凡な能力があり、強気な性格もいい。「タイガースの浮沈は、佐藤を一人前に育てることができるかどうか」だと、私は見ていた。

 彼の本来の能力からすればまだまだ物足りなさは感じるが、プロ入りから4年が経過し、チームを背負って立つ選手となるべく、ここまで順調に推移していると言えよう。佐藤はまだまだ伸びる。

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※本記事は発売中の書籍『勝てる監督は何が違うのか』(宝島社)の一部を抜粋したものです。