自分自身の半生を語るエッセイ『ラフ&ピース』(宝島社)を上梓した女優・声優・歌手の松本梨香さん

ミュージカルや2.5次元などの舞台や、TVアニメ『ポケットモンスター』『NINKU -忍空-』『伝説の勇者ダ・ガーン』、そして、サンドラ・ブロック(『スピード』『デンジャラス・ビューティー』シリーズなど)やミラ・ジョヴォヴィッチ(『ジャンヌ・ダルク』『フィフス・エレメント』など)、テレビシリーズ『ビバリーヒルズ高校白書』のケリー役など幅広い役柄で活躍してきた女優・声優・歌手の松本梨香さん。彼女が自分自身の半生を語るエッセイ『ラフ&ピース』を上梓した。そこには赤裸々な松本梨香さんの素顔が記されていた。この本に込めた思いはどんなものなのか。松本梨香さんにお話を伺った。

大衆演劇の座長だった父のスピリットを伝えたくて

――松本梨香さんの初となるエッセイ『ラフ&ピース』を拝読しました。松本さんの半生が語られていて、非常に読み応えがありました。有名なエピソードも知らなかったエピソードもたくさん語られていて、松本さんという一本の線で貫かれていく力作でした。

松本梨香(以下、松本) 自己紹介じゃないけど、「松本梨香ってこういう人なんです」って、わかってもらえたらいいなと思ってました。いろいろな作品や歌を通じて、私のことを初めて知る人もたくさんいらっしゃると思うんですよ、そういう方に、手に取っていただきたいな。

――松本さんは舞台女優や声優、歌手として活動をして芸歴は36年以上。なぜこのタイミングに半生をまとめたエッセイを出版されたんですか?

松本 学校で先生として教える機会があって、そういうときに自分の話を生徒さんにたくさんしていたんですね。いつか、それをまとめて本にできないかなって思っていたんですよ。活字にして残しておいて、皆さんに読んでもらいたいなと思っていた矢先に、今回の単行本のお話をいただいて。すごくナイスタイミングだったので、これは運命かなって思ってね。ぜひ、やらせてくださいってお返事したんです。

――松本さんは先生のときも、自分の人生のエピソードをお話されているんですね。

松本 そうですね。声優や役者を目指す人にとって、技術的なものも大事かもしれないけど、でもやっぱり心が大事なんだと思っているんですよね。表現をするには、人となりがやっぱり大事。私のエンタメの師匠は父なんですが、その父もそういう考えを持っていて。父のスピリットを後世に残したいという気持ちもありましたね。

――『ラフ&ピース』にもお父様のことがたくさん書かれていましたね。大衆演劇「新青座 中村雄次郎劇団」の座長を務めていらしたと。松本さんは学生の頃からお父さんの舞台に立って、いろいろなことを教わったそうですね。

松本 パパは亡くなったけれど、梨香の中には今もパパがいて。父から教えてもらったことがいっぱいあるんです。技術よりも気持ちや心のほうが、相手に伝わるということもそうですし、ほかにもたくさん……。私の中にはそれがいっぱいあって、細胞にまで染み込んでる。私はそれをみんなに残したいなって思うんです。自分には子どもがいないので、エンタメを通じて育児しているみたいなところがあって。この本を読んでくれた人たちや後輩たちが、私の思いやスピリットを一つでも受け継いでくれれば、魂は続いていくのかなって思っていますね。

――ご自身のエピソードを包み隠さず書かれていて。松本さんのご家族が見えてくるようでした。

松本 もっともっといっぱいあるんですよ。パパのことも、ママのこともたくさん話があって。あれも本に入れたかった、これも本に入れたかったと思っちゃう。この本ができたときにね、今朝も半分くらい読み返したんですけど……読んでいて泣けてきちゃったんですね。読んでいると、どんどん記憶がよみがえってくるんですよ(松本さんが感極まる)。

――……そうでしたか。

松本 ごめんなさい。家族のことを思うと涙もろいところがありまして。あんちゃん(松本さんの兄)のことであるとか、昔を思い出すと涙が出ちゃうんですよね。まだまだ一杯お話があるんですよ。この本に載せられているのはごく一部なんです。

――この本に載っているだけでも、ずいぶん面白いエピソードぞろいなのに!

松本 パパからよく「アニメみたいだなお前は」って言われていたんですよ。たぶん、私の人生って振り幅が大きくて面白いんだと思います。だから、どうでしょう、『ラフ&ピース』を朝ドラにしてみては。

――どうでしょうって言われても!(笑) でも、松本さんの半生が朝ドラになるなら観てみたいです。『ラフ&ピース』を拝読するかぎり、かなり波乱万丈の人生じゃないですか?

松本 そうでしょう。まだまだ、いろんなエピソードがありますよ。この本を朗読してみても面白いんじゃないかと思うんですよ。どうしても文章だから、冷静な感じに読めちゃうところがあるんだけど、もっともっとふざけてたり、楽しかったりするんですよ。だから……どうでしょう、『ラフ&ピース』を朗読の台本にしてみては!

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松本梨香流オーディション術

――『ラフ&ピース』では松本さんが初めて声優のお仕事に挑まれたときのことが語られています。松本さんはアニメに初めて参加した『おそ松くん』(1988年版)も、アニメ『ポケットモンスター』も、オーディションで役を得ているんですね。しかも、オーディションでも松本さんはかなり自由に挑まれている……。

松本 そうですね。これは『ラフ&ピース』に入れそびれちゃったエピソードなんですけど、私が初めてアニメのオーディションを受けたときね、マイクの裏側に立って演じちゃったんですよ。

――どういうことですか?

松本 アフレコのスタジオには映像が映るモニターがあって、それを観ながらマイクに声を吹き込んでいくんです。監督とか、音響のスタッフは声優さんの背中側にある音響ブースにいて、そこから指示を出すんです。でも、私はそんなこと知らなかったから、舞台でお客さんに向かって演じるように、監督や音響のスタッフに向かってお芝居をしたわけ。だって、お客さんにお尻を向けてお芝居をしたらダメじゃないですか。そうやってオーディションを進めていたら、みんなが「逆、逆!」って教えてくれて。それが面白かったと言われて……『おそ松くん』のオーディションで受かったんです。

――もちろんお芝居の確かさもあるんでしょうけど、面白さも含めて、審査をされた方々の印象に残ったんでしょうね。

松本 オーディションってね、役者さんが何十人と受けるわけです。そうするとね、審査をしている人たちもめちゃめちゃ疲れているんですよ。そういう人たちをどれだけ元気にできるか、どれだけ笑わせられるかっていうのも大事だと思うんです。

――審査員が元気になるオーディション!? まさにオーディションは松本さん劇場といった感じですね。

松本 いやいや、演技はちゃんとやりますよ、まず「どうもー」と挨拶したときから、明るく元気にギャグをはさみつつ演じるという感じなんですよ。

――アニメ『ポケットモンスター』のオーディションのときはダジャレをおっしゃったとか……。

松本 そうですね、たしかに『ポケットモンスター』のオーディションのときは、そんなこともやりました。でも、もちろんそうやったから合格するというわけでもなくて、オーディション会場を盛り上げに盛り上げたけど結局、受からなかったじゃん! ということもありますよ。面白いことをやれば大成功かと言われれば、そんなこともないです。ただ、インパクトは残るんですよ。そのオーディションをやった役で落ちたとしても、別の役で呼ばれることがあるんです。審査をやったプロデューサーさんが、ゲストの役者を決めるときに「そういえば、この役は梨香に頼もうか」と思ってくれれば、それで現場に参加することができるんです。そういうところが良かったんだと思います。

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お客さんやキャラクターに励まされて、前に進む

――松本さんは舞台女優としても、声優としても、歌手としても活動されています。喉がお強いことは本書『ラフ&ピース』でも書かれていましたが、身体づくりや体力はどのように維持されているのでしょう。

松本 仕事があるから、活舌(かつぜつ)が良くなるんですよね。歌も毎週、毎週歌わせてもらっているから声も出る。お客さんの前で歌うと、どんどん声が出るし、どんどん歌が上手くなっているってことですよね。そもそも私の父は大衆演劇の座長だったときに、毎日毎日休みなしで舞台に立っていたんですよ。舞台が生きる場所だったし、ちょっと具合が悪いなと思っても舞台に立つと元気になるみたいな。たぶん、ステージの上に立つと、痛みも悩みも全部忘れていたんだろうなと思うんです。たぶん、私も同じで。ステージに立つことで元気がもらえる。表現することや、客席に座っているみなさん、歌っている歌、演じている役柄、いろんなものから元気がもらえるんです。

――舞台の上で元気になっちゃうってすごいことですね。

松本 私はアニメーションでも洋画でも、元気な役柄を演じることが多いんですよ。だから、オンエアされたものや、完成した作品を観ると、すごく元気な私がそこに収められているわけです。それで私が演じているキャラクターもすごく元気。それを見ると、もう私も頑張らなきゃなって思うんです。やっぱり、キャラクターは私の子供みたいに見えるから、生みの親が元気がないといけないなって励まされるんですよね。

――役柄に励まされる。

松本 そういえば、以前ね、だいぶ前だけど、忙しくてすごく疲れているときがあったんです。精神的にも追い詰められていて。それで電車に乗って移動していたら、電車の中に『週刊少年ジャンプ』の広告があって、そこに『NINKU -忍空』の風助(主人公・アニメ版では松本梨香が演じる)が大きく描かれていたんですよ。風助の横には、ヒロユキ(ペンギン)がいてね。あれ、こんなところに風助がいる! って思ったら、風助が「頑張るんだぞ!」って言ってきたんです。自分が演じているキャラクターに話しかけられたんですよ。そういうことがあるとね、自分は一人じゃないなって思いますね。ああ、このエピソード、本に入れておけばよかった!

――まだまだ、松本さんの人生には、『ラフ&ピース』に収められなかったエピソードがたくさんありそうですね。

松本 自分の話をたくさんすると、みんなも納得してくれるというか。嘘を言いたくないから、お話を変えたり、着飾ったりもしていない。本当にあった話だけをしているんです。失敗の話もするし、ダジャレも言う。やっぱりこれだけ長く仕事をしていると、ベテランとか、大御所とか言われるようになってしまいがちなんですけど、そういうのはいらなくて。短い時間でも、なるべく普通に話をしたいと思うんです。自分としてはそういう壁があったら取り払っちゃうし、ダジャレを言っちゃうし。それでみんなと仲良くなれれば良いなと思っているんです。

――自分をさらけ出すことで、人との距離を近づける。それが松本流のコミュニケーション術。

松本 昔、パパが言っていたんですよ。頭の良い人ほど、馬鹿にもなれるんだよと。だから、知識を振りかざすのではなくて、馬鹿になって人の懐(ふところ)に飛び込む。自分はずっとそうやってきたんです。

――どのエピソードも面白いですけど、どのエピソードの松本さんも一生懸命ですよね。たぶん、そのときは一生懸命だからこそ、あとから笑えるんでしょうね。

松本 それが人生ですよね。辛いときや苦しいときがあっても、いつも思いっきりやっているから、あとから見ると笑えたりする。時間が経てば、面白く思える。「面白がれる人生が最高」。ああ、このひとこと、本に入れておけばよかった!

――二回目の「本に入れておけばよかった」(笑)。続編『ラフ&ピース2』に期待しています(笑)! でも、どんどん新しい役に出逢われているわけで、まだまだ松本さんの元気は尽きなさそうですね。

松本 元気は出し惜しみしちゃダメですよね。やれるんだったら、やれるだけやりたいと思っているんです。ライスワークとライフワークってあるじゃないですか。食うための仕事と、生きるための仕事。人を元気にしたり、笑顔したりするのは自分のライフワークだと思っているんです。みんなを元気にしたり、笑顔にしたりするのは自分の使命だと思っているんですよね。お金とかじゃない。自分のやりたいことなんです。息をするようにエンタメをやって、生きるようにエンタメをやりたい。そういう父のもとで育ってきたから、自分にとっては当たり前のことなんですよ。もし、自分が生まれ変わっても、きっと同じことをやっているような気がします。

――『ラフ&ピース』の後半では、松本さんがこれからやりたいことも明かされています。

松本 そう、ずっと恥ずかしくて、自分の身の丈に合わないような気がして、言えなかったんですけど、これからはどんどん言っていこうと思っています。やりたいことというより、やらなきゃいけないことですね。最期に亡くなった母や父に「よくやったな」と言われたいので。「まだまだこんなもんじゃないでしょ」って自分に言い聞かせてます。ジャンヌダルクみたいにね、道がなくても、道を作っていきたいんですよ。

――これからも松本さんの新しいエピソードが生まれそうですね!

松本 どう面白いでしょ? 朝ドラ向きだと思いません? ぜひ私の人生を朝の連続テレビ小説にしてもらいたいです(笑)!

(了)

Profile/松本梨香(まつもと・りか)
1968年11月30日生まれ。神奈川県横浜市出身。大衆演劇の座長を父に持ち、ミュージカルや2.5次元など、さまざまな舞台に立つ。1988年、テレビアニメ『おそ松くん』の松野チョロ松役で声優デビュー。『絶対無敵ライジンオー』で主役を演じ、以降、数多くのアニメ主人公を務める。『ポケットモンスター』では主役のサトシ役を演じ、自身が歌う主題歌はダブルミリオンを記録。世界的に知られるようになる。外国映画の吹き替えではサンドラ・ブロック(『スピード』『デンジャラス・ビューティー』シリーズなど)やミラ・ジョヴォヴィッチ(『ジャンヌ・ダルク』『フィフス・エレメント』など)、ドリュー・バリモア(『チャーリーズエンジェル』『50回目のファースト・キス』など)、テレビシリーズ『ビバリーヒルズ高校白書(青春白書)』のケリー役などを演じ、実力派声優としての地位を確立する。シンガーとしても数々の番組主題歌、挿入歌を担当。その歌声は国内にとどまらず、多くの海外ファンまでも魅了している。そのほか、舞台やテレビ、CM、ラジオにも数多く出演し、稀代のエンターテイナーと評される。
松本梨香X(旧Twitter):@rica_matsumoto3
松本梨香ネットリンク:https://lit.link/ricamatsumoto

Photography_SATOSHI OHMURA
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Interview & Text_HIDEKUNI SHIDA