今季からJ2昇格プレーオフが導入され、格上リーグ行きのチャンスが広がった2024年のJ3。目下、降格組の大宮アルディージャが首位を独走中で、アスルクラロ沼津、FC大阪、AC長野パルセイロらが上位争いを展開している。
そこで今、改めて2023年J3を振り返ってみると、昇格は2枠という狭き門。それを愛媛FCと鹿児島ユナイテッドFCが手にしたわけだが、同時にJFL降格も導入されたため、下位争いも熾烈を極めることになった。
「JFL降格は絶対に回避しなければならない」と危機感を募らせるクラブが増えた結果、シーズン中に11クラブの監督が交代。福島ユナイテッドFCの服部年宏監督(現今治)、鹿児島の大嶽直人監督(現FC大阪)、いわてグルージャ盛岡の松原良香監督といった知名度の高い指揮官が続々と解任された。
最終的にJFL側の昇格チームがなく、J3からは1チームも落ちずにすんだが、「下への恐怖」は今季も色濃く感じられる。
2023年に鳴り物入りで就任したSC相模原・戸田和幸監督もそこに苦しんだ1人だろう。戸田体制1年目の相模原は序盤から低迷し、残留争いに巻き込まれた。
前半戦終了時点(19節)では2勝8分9敗の勝点14でまさかの最下位。「選手の頃から“理論派”と言われ、解説者時代も突出した分析眼で名を馳せていた元日本代表の戸田監督がこんなにも勝てないとは...」と多くの関係者やサポーターからも驚きの声が挙がったほどだ。
「(3月19日の第3節・カマタマーレ)讃岐戦から(7月9日の第17節・)FC大阪戦まで15試合未勝利というのは、本当にタフな期間でした。プロの世界で生きていくだけの覚悟と資格があるかどうか、自分自身が試されていると思いました。
ただ、サッカー監督の世界は勝ち負けで評価されるのがほとんど。ユルゲン・クロップ(現リバプール)やジョゼ・モウリーニョ、カルロ・アンチェロッティ(現レアル・マドリード)といったフットボールの歴史に名を残す偉大な監督も途中解任を経験している、とてもとても厳しい仕事。
そんな弱肉強食な世界ですから、駆け出しの自分はなおのこと、求められる結果を残せなければ、いつそうなってもおかしくない。そう腹をくくって、僕はプロクラブでの監督業を始めました。
『誰かが自分を褒めてくれている』『前向きに評価してくれている』という安心材料を探すのも良くないと思って、相模原に行く前にSNSを全てやめました。成果を挙げられなければその職を追われる、シンプルではありますが、その覚悟を持って臨んでいたので、勝てずに苦しんでいた時期が長かったのですが、覚悟は持てていたので、選手たちを信じて努力し続けることだけに集中できましたし、勝てないことで自分自身がブレることはなかった。
目の前の選手と試合に一つひとつアプローチしていくしかないと脇目も振らず、やるべきことに取り組めていました」と、戸田監督は1年前の偽らざる本音を吐露する。
昨季の相模原が先を見据えたチーム編成だったことも、指揮官を前向きにさせる1つの要素になっていた。若い人材中心なら、伸びしろは無限大。その環境を生かすか殺すかも自分次第だと捉えられれば、意欲を持って挑めるからだ。
「2023年スタート時の相模原は高卒・大卒などプロ1年目の新人が6割以上を占めるチームで、プロキャリア2〜3年で戦力外経験のある選手も多かったので、プロとしての成功体験を持つ選手がほぼいなかったんです。
だから、内容的には悪くなくても、攻撃のスローインからカウンターを受け、失点して負けてしまったり、ワンプレーで流れが変わって崩れてしまったり、決定機は作れてもなかなか決めきれずに1点差で負けるといった試合がすごく多かった。サッカーというのはディテールの積み重ね。そこをより強く認識しないといけないと自分を含めて痛感したし、それを踏まえながら土台作りを進めないといけないと思ったんです。
若く、これからの選手たちだったからこそ、個人個人と向き合い、得意な部分はもっと得意になれるようにして、苦手な部分にもチャレンジさせることを大事にしました。1人1人を伸ばすことが、結果的に勝てるチームを作ることにつながる。僕はそう信じて、アプローチを続けました」と、戸田監督は神妙な面持ちで言う。
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こうしたなか、指揮官が特に重要視したのが、オフ明けのミーティングだという。結果が出ていない時期というのは、敗戦の後、重苦しい状態で次の1週間を迎えることになる。そこでしっかりと切り替え、新たなマインドセットを持つことが必要不可欠。彼はそう考えたのだ。
「ミーティングの時間は30分程度で、動画を使って直近の試合の振り返りから入って、できている部分、まだできていなくても努力を続ければできるようになる部分を認識させました。『若く未来のある選手だからこそ、課題にも積極的にアプローチしよう』『自分らしさを忘れずにプレーを続けていくことが大事』といった声掛けもしつつ、何とかして前向きなムードを作れるよう努力しました。
ご存じの通り、僕は前職で解説者をやっていたので、『伝える』ことについては数多く、それも不特定多数の人たちを相手に実践することができた。その経験を活かしながら、一生懸命、選手の顔を見ながら話をしましたね。
選手というのは、やはりネガティブな気持ちを引きずっていたら、トレーニングをしても成果が出にくいですし、自信も生まれない。メンタル面を奮い立たせる意味でも、週頭のミーティングでは前の試合からポジティブな要素を抜き出して伝えることに注力しつつ、試合に勝てず落ち込んでいる気持ちをもう一度前向きなものにして、チームの士気を少しでも高められるように、一生懸命努力しました」
地道な努力に加え、夏の岩上祐三や瀬沼優司といったベテラン選手の補強もプラスに働いた。後半戦の相模原は8月の3連勝、9〜10月にかけての5戦無敗など確実にチーム状態が上向き、シーズン終了時には勝点41の16位まで順位を上げることができた。
勝利数も前半戦の2勝に対し、後半戦は7勝と目覚ましい進化が見られ、安藤翼(現松本山雅FC)のように年間二桁ゴールに乗せる選手も出現。個人個人の成長を促すという戸田監督のアプローチは、一応の成果を収めたと言っていい。
「(安藤)翼はキャリアハイの数字を残してくれましたし、ポジショニングやアクションの質の部分で大きな成長が見られました。同じ松本山雅に引き抜かれた佐相(壱明)も、もともと素晴らしいランナーでしたけど、常に全力投球な選手だったので、7割でのアクションを心掛けてもらったり、立ち方・走り方や止める・蹴るといったところから一緒に取り組み、本人の素晴らしい取り組み・努力もあって大きく成長してくれた。伸びた選手の1人だったと思います。
2人とも同じカテゴリーのライバルチームに行ってしまったのは残念ですが、パフォーマンスとポテンシャルを評価されたからこそのステップアップだと思うので、選手自身のキャリアを考えても嬉しく感じています。安藤・佐相・増田といった他クラブに評価されて巣立っていった選手たちを筆頭に、選手1人1人の成長に手応えを感じることができた。そんなJリーグ監督1年目でしたね」
戸田監督は改めて新人指揮官としての1年間を客観的に振り返った。ギリギリまで追い込まれた2023年の経験を糧に、彼は勝負の2024年に挑んでいったのである。
※第1回終了(全3回)
取材・文●元川悦子(フリーライター)
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【記事】「選手はどうサボりながら勝つかを考えちゃう」内田篤人が“夏のJリーグ”について持論「正直、欧州と逆のことをやっている」
【記事】「自分みたいな選手はいらないって」戸田和幸はジーコの言葉をどう受け止めたか?「確執はない」ときっぱり
「偉大な監督も途中解任を経験している、とても厳しい仕事」鳴り物入りで23年にJ3相模原の指揮官に就任。戸田和幸が味わった挫折とは?
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