東京ドームでの練習が始まる前、三塁側ファウル地域に集まった阪神ナインは同じ方向を眺めていた。ネット裏上部の壁面にずらりと数字が並んでいる。2リーグ制となった1950(昭和25)年以降、巨人が優勝した年度を示していた。

 昨年まではなかった。球団創設90周年を迎える巨人が栄光の歴史をPRしているかのようだ。セ・リーグ優勝38度、うち日本シリーズ優勝22度である。甲子園球場のネット裏にも同様に阪神優勝年度を掲示しているが、リーグ優勝6度、日本一2度である。数字を眺めた阪神の選手たちは何を思うだろうか。阪神監督・岡田彰布はちらりと目をやっただけだった。

 今年は「伝統の一戦」で開幕を迎える。前日の公式会見。岡田は「伝統の巨人―阪神戦なので、いいゲームをして、野球界を盛り上げ、ファンの人に注目を与えるゲームにしたい」と話した。本音である。会見後にも言った。「そりゃあ、巨人と阪神がプロ野球を引っ張っていくのが理想よ」

 近年はどうも「伝統の一戦」の重みが薄らいできている。今年は巨人、来年は阪神が90周年を迎える。歴史や伝統を再認識する時かもしれない。

 阪神には先人から引き継ぐDNAがあり、「虎の血」が流れているはずだ。「打倒巨人」に血が沸き立つ猛虎でありたい。

 幾度か書いてきたが、阪神は2リーグ分立後、巨人と争って優勝した経験がない。18年ぶり優勝を果たした昨年はほぼ独走で巨人は4位。6度ある阪神優勝のシーズン、巨人は3位以下に沈んでいた。一方で巨人優勝、阪神2位は幾度もある。

 国際日本文化研究センター所長・井上章一は『阪神タイガースの正体』(ちくま文庫)で南海は59年日本シリーズで巨人を倒し<御堂筋パレードで泉岳寺への凱旋(がいせん)めいた感動を味わった>とし<阪神ファンの忠臣蔵幻想は残存し続ける>と書いた。巨人と争って優勝してこそ本懐を遂げるというわけだ。それを描いた小説が阿久悠の『球臣蔵』(河出文庫)である。

 岡田は何度か「今年のライバルは巨人だろう」と漏らしていた。他5球団の戦力を分析しての言葉だろうが、心のどこかに“巨人と争い優勝したい”との思いがあるのかもしれない。少年時代、甲子園球場のスタンドからONにヤジを飛ばしていた岡田である。本懐を遂げる理想を胸に秘めていよう。 =敬称略=

 (編集委員)