「なるべく首位争いに絡む期間が長く続くといいですね」

 昨年まで在籍した山川穂高の"凱旋"と注目され、チケットの前売りが好調だった4月12日からのソフトバンク3連戦を前に、西武の球団関係者がそう話した。

 今季開幕から3カード続けて2勝1敗と好発進を見せた西武だが、4月21日の楽天戦で完封負けを喫し、単独最下位に。4月9日のロッテ戦から7連敗を含め、5カード連続負け越し(今季の成績は4月26日時点。以下同)。14敗のうち1点差負けが9度で、「あと1本が出なかった」という松井稼頭央監督の敗戦の弁がすでに何度も聞かれている。


得点のチャンスに指示を出す西武・松井稼頭央監督 photo by Jiji Photo

 上記の7連敗中の総得点はわずか9。投手陣がチーム防御率2.65と踏ん張っても、ここまで打てなければ勝てない。そんな今季の西武を象徴するのが4月21日、0対1で敗れた楽天戦だった。

 相手先発は左腕の藤井聖。6回までノーヒットに封じられた東浜巨(4月12日/ソフトバンク戦)、5回まで無安打に沈黙させられた唐川侑己(4月16日/ロッテ戦)のように、実績豊かな投手というわけではない。

 実際、西武打線は初回、3回と、先頭打者がヒットで出塁。いずれも後続の打者に松井監督は強攻を選択したが、得点を奪うことはできなかった。

 この日の先発はエースの髙橋光成。初回なら1点をもぎ取って逃げきる、3回には1点取ってまずは同点を狙う作戦もアリだったと思うが、もっと多くの点が動く展開になると松井稼頭央監督は読んでいたのだろうか。

「(走者と打者には)足ももちろんありますし、初回の(ランナーの)長谷川は見事なタッチアップをしてくれました(※2番・岸潤一郎の大きなライトフライで、判断よく一塁からタッチアップして二塁へ)。もちろん送る手もあるでしょうけど、そう言ってしまえば、もう(結果が)すべてなんで。前半はなるべくそういう戦いでいったなかで、後半はもちろんそういう場面が来たときには送るケースも出てくるでしょうし」

 犠牲バントという選択肢をほのめかした筆者の質問に対し、松井監督は理路整然と説明した。

【21年ぶりのパ・リーグ連覇を支えた強力打線の今】

 セイバーメトリクスの見地から言えば、松井監督の答えは的を射ている。「実は手堅くない送りバント『損益分岐点』は打率1割」。そう題した日本経済新聞・電子版の記事によると、2014年〜2018年のNPBで無死一塁からの得点確率は40.2%に対し、一死二塁からだと同39.4%(※得点確率は特定の状況から少なくとも1点が入る可能性)。バントは1点を取りにいくうえでも、確率を下げるのだ。

 前提として筆者は、送りバントが好きではない。進塁の可能性が100%ではないのに自らアウトを差し出すのは得策ではなく、何よりプロスポーツとして面白くないからだ。

 それでも、上記の場面は「送ってもいいのでは」と頭をよぎった。それくらい今の西武打線に連打は期待しにくいからだ。

 SNSでは松井監督の采配を疑問視する声も聞こえるが、打てない理由を監督だけに押しつけるわけにはいかない。そう考えるうえで、耳から離れない言葉がふたつある。

 ひとつ目は、外崎修汰が『山賊打線』について振り返っていたことだ。

「2018年、2019年の打線があれほど打てたのは、相乗効果も大きかったと思いますね。バッター心理からすると、やっぱり"流れ"はあります。ヒットが続いたら、自分も積極的に打ちにいきやすいですよ。余計なことを考えなくて済みますからね。

『自分が凡打になっても、うしろのバッターが打ってくれる』と思うから、甘い球が来れば初球から積極的に振っていける。そうやって、周りに乗せられて打つことがすごくありました」

 21年ぶりのパ・リーグ連覇を飾った当時。防御率リーグ最低の投手陣をカバーしたのは、強力打線だった。

 それから5年が経つ間、浅村栄斗(2019年〜楽天)、秋山翔吾(2020年〜シンシナティ・レッズ→2022年〜広島)、エルネスト・メヒア(2021年退団)、森友哉(2023年〜オリックス)、山川(2024年〜ソフトバンク)が抜けた。

【秋山移籍後に外野のレギュラーは誰も定着せず】

 主軸が続々といなくなる一方、山賊打線の"名残り"が悪い意味であるのではないか。そう思ったのは、外野のレギュラー定着を狙う鈴木将平に話を聞いたときだった。

「自分に求められているのは、『うちのチームにはない存在』だと思います。初球から打つ若手が多かったり、ベテランの方たちも積極的に打っていったり、『(ヒットという)結果で、結果で』という人が多いと思うので。そういう面で自分はつないだり、進塁打も含めてチームに役立つという生き方だと思っています」

 山賊打線は甘い球を積極的に振っていく一方、狙い球をうまく見定める狡猾さも持っていた。4月12日、ソフトバンクの4番としてベルーナドームに帰ってきた山川は、1対1で迎えた8回一死二塁、甲斐野央に内角低めいっぱいのツーシームで見逃し三振に仕留められた場面をこう振り返っている。

「でも、フルカウントまでしっかりいきました。もちろん打ちたかったですけど、最後は低いと思って見切ってストライクだったので、致し方ないかなと思います」

 打席での狙いが明確だから粘れ、打ち取られても、"次"につなげられるのだろう。

 ひるがえって、西武の若林楽人や西川愛也という若手は、初球から振って凡打に倒れる場面が目につく。もちろん、ファーストストライクを打っていくのはまったく悪くない。2ストライクに追い込まれると打ち取られる可能性が高まることは、統計的にも裏打ちされている。

 ただし、そこに明確な狙いがあるのか。そして、反省を次につなげられているのだろうか。

 鈴木は昨年の自身を「打線の潤滑油」と表現したが、彼が左ひじ関節鏡視下クリーニング術で開幕に間に合わなかったこともあり、今の西武にはそうした選手が見当たらない。秋山が2019年かぎりで退団してから外野のレギュラーに誰ひとりとして台頭してこないのは、チーム編成や育成に問題があるはずだ。

 しかし、それでも敗戦の責任を負うのは指揮官である。4月23日のオリックス戦では2番に本塁打王6度の中村剛也、5番に相手先発・田嶋大樹と相性のいい炭谷銀仁朗を配置するなど、さまざまな策を講じているが、勝利にはなかなか至っていない。

【松井監督の会見は腹の底が見えず「面白くない」】

 チーム成績を見ると打率.206、出塁率.275、長打率.306はいずれも最下位。首位ソフトバンク(打率.258、出塁率.343、長打率.371)とは大きく差をつけられている。

 打って得点する期待が低いなか、4月21日の楽天戦で1点を追う9回裏、先頭打者の外崎が出塁すると松井監督は代走に俊足の髙松渡を送り、4番ヘスス・アギラーの場面で盗塁を指示した。

「セーフになる自信があるのであれば、思いきって行っていいという指示を出しました。そのなかで見事ですね。なかなかあそこはスタートを切れない難しい場面ですけど、本当に勇気を持って走ってくれたと思う」

 得点には至らなかったが、最後の最後に大きな見せ場がつくられた。盗塁もリスクのある作戦だが、今の西武は足を絡めていくしかないだろう。

 どうやって、あと1点、あと1本を引き出すか。そして、1点でも少なく抑えるか──。

 その意味で、松井監督が珍しく感情的になった会見がある。4月10日のロッテ戦で2対2の延長10回表、一死二、三塁で、3番ネフタリ・ソトに勝負して決勝センター前タイムリーを打たれた場面だ。4番には守備から途中出場した茶谷健太が入っており、ソトを歩かせるという選択肢もあっただろう。

「そこも考えましたけどね。これは結果論なんで、打たれればこっちの責任ですから。ああだ、こうだ言うつもりもないし」

 質問した記者が「仮に満塁にしたら、代打に角中勝也も残っていたが」と続けると、松井監督は目を大きくひんむいた。

「たらればを言うと、きりがないですから。僕も評論家じゃないし。そこで打たれたら、もう僕の責任。それだけだと思います。はい、以上です」

 昨季就任して以来、松井監督の会見は「面白くない」と記者陣にささやかれ、筆者自身もそう感じてきた。選手に気を遣うような発言が多く、腹の底が見えないからだ。

【西武打線に足りないのはあとわずか】

 性格や公(おおやけ)の場での振る舞い方は人それぞれだが、筆者が放送作家を務めた新年のラジオ番組で秋山が興味深い話をしていた。

 広島の新井貴浩監督は得点時、選手たちより先に飛び上がるほど大きなジェスチャーで喜びを表わす。その姿を見ていると、モチベーションが自然に高まるというのだ。さらに、新井監督は自然にそう振る舞っているのか、あるいは演じているのだろうかと秋山は話していた。

 同じユニフォームを着て戦う指揮官の振る舞いは、当然、選手たちもよく見ている。あと1点、あと1本をどうにか手にするべく、松井監督はもっと気持ちを前面に出してもいいのではないだろうか。感情論に近いが、今の西武がすぐに打てる策は限られている。

 おそらく、打線の苦境はなかなか変わらないだろう。だが、決して大敗を繰り返しているわけではなく、足りないのはあとわずかだ。微差をどうひっくり返し、勝利をもぎ取っていくか。ファンは少なくとも、必死で戦うチームの姿勢を見たいはずである。

著者:中島大輔●取材・文 text by Nakajima Daisuke