例年、世代のトップクラスはクラシックの王道レースへ向かうため、一線級のメンバーがそろわないことが多いGINHKマイルC(東京・芝1600m)。おかげで、口の悪い競馬関係者からは「1.5流の馬しか集まらない」と言われたりもする一戦だ。

 ところが今年(5月5日)は、そんな揶揄や中傷を封じ込めるような、超豪華メンバーが顔をそろえた。重賞の勝ち馬や好走馬はもちろん、期待の良血馬や素質馬が何頭もいて、クラシックにも劣らない面々がここに駒を進めてきた。

 なかでも注目は、昨年度のJRA賞に輝いた2歳王者のジャンタルマンタル(牡3歳)と、2歳女王のアスコリピチェーノ(牝3歳)の参戦である。NHKマイルC過去28回の歴史においても、2歳王者と2歳女王の激突は初めてのことだ。

 さらに特筆すべきは、両馬ともに前走で世代トップクラスの力量を示していることだ。ジャンタルマンタルはレコード決着となったGI皐月賞(4月14日/中山・芝2000m)で差のない3着入線を果たし、アスコリピチェーノもGI桜花賞(4月7日/阪神・芝1600m)で勝ったステレンボッシュと激走を演じて2着と気を吐いている。

 そのまま、GI日本ダービー(5月26日/東京・芝2400m)、GIオークス(5月19日/東京・芝2400m)へ向かっても、人気上位の支持を得たはずである。

 それほどの実力馬2頭が王道路線に向かわずに、あえてマイル戦で争われるこのGIに照準を合わせてきた。どちらかと言えば"イマイチなGI"といった印象のあったNHKマイルCが、かつてないほどの盛り上がりを見せるのも当然のことだろう。


NHKマイルCに駒を進めてきた2歳女王のアスコリピチェーノ。photo by Eiichi Yamane/AFLO

 では、この2歳王者と2歳女王、どちらが強いのか。関西の競馬専門紙記者はこう語る。

「能力的にはほとんど差はなく、五分だと思います。ただ、NHKマイルCという舞台でのプラスアルファを考慮すれば、アスコリピチェーノがやや有利かな、という感じがします」

 ひとまず、同記者の見立てはあとに回して、先にNHKマイルCにおける牡牝の比較を見てみたい。

 これまで過去28回のレースにおいて、牝馬は5勝。その数は牡馬より完全に劣っているものの、そもそも出走頭数は牡馬のほうが圧倒的に多いことを踏まえれば、それほどの差は感じない。少なくとも、牝馬がまったく歯が立たないレースではないように思える。

 過去10年を振り返ってみても、牝馬が2勝。2着は5回もある。アエロリットが勝った2017年は、牝馬がワンツーフィニッシュを決めている。

 こうした結果を見ると近年ではますます、牝馬が牡馬相手に互角以上に戦えるレースになっている、と言えるかもしれない。依然として、牡馬の出走頭数のほうが断然多いことを思えば、なおさらである。いずれにせよ、NHKマイルCでは"牡馬と牝馬の差"はそこまで考える必要はないだろう。

 そうしたことを踏まえたうえで、両馬の比較である。

 先述の専門紙記者が言うアスコリピチェーノの"プラスアルファ"というのは、ひとつは舞台が東京競馬場であること。アスコリピチェーノは関東馬ゆえ、"ホーム"で戦える利があるということだ。

 桜花賞では"慣れない"栗東滞在での調整だったが、今回は"住み慣れた"美浦でレースに向けての態勢を整えている。長距離輸送もなく、これまでよりも負担が軽くなるのは、大きなアドバンテージと言える。

 対するジャンタルマンタルは、関西馬。そのため、皐月賞のあと、一度戻った関西からレースに合わせて再び、関東までの長距離輸送をしなければならない。短期間で2度の輸送、しかも中2週でのレースということを考えると、かなりの負担となる。

 もうひとつは、ともに前走の右回りから左回りのコースに替わることだ。

 アスコリピチェーノは、左回りの東京と新潟で1回ずつ走って、いずれも強烈な末脚を繰り出して完勝。右回りで能力が削がれるということはないが、左回りのほうがより高いパフォーマンスを発揮できそうだ。

 一方、ジャンタルマンタルは左回りの経験が一度。GIII共同通信杯(2月11日/東京・芝1800m)で2着という成績を残している。同レースで勝ったのが、のちに皐月賞を制するジャスティンミラノだから、決して評価を下げることはなく、「左回りがよくない」ということもない。

 ただ、先の専門紙記者はこんな見解を示す。

「共同通信杯が極端なスローペースだったからかもしれませんが、ジャンタルマンタルの走りはどこかスムーズさに欠けていました。道中で頭を上げるようなシーンもありましたからね。

 あれは、スローペースゆえなのか、それとも癖なのか。それならまだしも、もし左回りに原因があるとすれば、マイナス要素になりかねないと思います」

 はたして、ジャンタルマンタルは左回りを苦にするか。その真偽はわからないが、舞台設定においても、アスコリピチェーノのほうに有利に働くことは間違いなさそうだ。

 とはいえ、そうした両者の差はちょっとしたことでひっくり返るような、ほんのわずかなもの。専門紙記者によれば、「勝敗のカギを握る最大の要素は、レースの流れがどちらに向くか」だと言う。

「これまでのレースぶりからして、道中の位置取りはジャンタルマンタルが先行勢の一角に構え、アスコリピチェーノはそれより後ろの中団待機と見ます。レースの流れがあまり速くならなければ、先行有利。つまり、ジャンタルマンタルが優勢でしょう。

 逆に、全体のペースが思いのほか速くなれば、差し馬有利。すなわち、末脚勝負のアスコリピチェーノに勝機が生まれてきます。さて当日は、どんな展開になるのか......」

 史上初の2歳王者と2歳女王による激突。クラシックの大一番を前にして、世代トップクラスがしのぎを削る熾烈なマイルの頂上決戦からも目が離せない。

著者:新山藍朗●文 text by Niiyama Airo