2023−24シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)は、決勝トーナメント・ベスト8の山に偏りがあった。下馬評の高い4チームと低い4チームがきれいに分かれたからだ。つまり、バイエルン、レアル・マドリードが勝ち上がってきた山のほうが、ドルトムント、パリ・サンジェルマン(PSG)が勝ち上がってきた山より強豪が揃っていた。

 準々決勝のレアル・マドリード対マンチェスター・シティは事実上の決勝戦と言われたが、準決勝のバイエルン対レアル・マドリード(2−2)もそれに劣らぬ、レベルの高い好勝負だった。英国のブックメーカー各社は、優勝チームはこの両チームのうちのいずれかから出ると予想している。ただし、準決勝でどちらかが敗れるので、ホーム戦を残しているレアル・マドリードを1番手に推せば、バイエルンは3番人気となる。

 現地時間5月1日に行なわれたドルトムント対PSGの準決勝第1戦は、2番人気と4番人気の戦いだった。2番人気に推されたのはアウェーのPSG。今季のブンデスリーガで現在5位につけるドルトムントにとって、PSGは格上に値した。

 結果を先に言ってしまえば、1−0でドルトムントが先勝した。しかし、この結果を受けても、ブックメーカー各社のPSG優位の予想は動かなかった。ドルトムントの優勝倍率は11倍から7倍に下がり、評価そのものは高まったが、1点リードでは頼りないと判断しているのだろう。

 試合内容はほぼ互角だった。スコアこそ1−0だが、3−2ぐらいのスコアになっていてもおかしくない、決定機の多い試合だった。


敗れたものの、ドルトムント戦で存在感を発揮したキリアン・エムバペ(パリ・サンジェルマン)photo by Reuters/AFLO

 まず試合を優勢に進めたのはPSGだった。ウスマン・デンベレ(右/フランス代表)とブラッドリー・バルコラ(左/U−21フランス代表)の両ウイングが存在感を発揮する。左右のタッチライン際をスピード溢れるドリブルで疾走すると、PSGのチャンスは広がった。だが、それ以上に存在感を発揮したのは4−3−3の頂点に立つキリアン・エムバペ(フランス代表)だった。

【ドルトムントが圧巻の一撃】

 エムバペは欧州を代表するスピードスターとして知られるが、リオネル・メッシ(インテル・マイアミ)、ネイマール(アル・ヒラル)がチームを去ったことで、結果として総合力を高めている感じだ。エムバペは中央でマーカーを背にしながらボールを収めることもできる。ペナルティエリア内でエムバペがボールに触ると、得点は時間の問題かに見えた。

 ドルトムントも、まず目に留まったのが両ウイングだ。ジェイドン・サンチョ(右/イングランド代表)とカリム・アデイェミ(左/ドイツ代表)。PSGの両ウイングが迫力で迫ってくるのに対し、こちらは抜け目のなさがウリだ。試合が両チームのウイング対決の様相を呈し始めるなかで、若干見劣りしていたのがドルトムントの1トップ、ニコラス・フュルクルクだ。れっきとしたドイツ代表のセンターフォワードだが、エムバペと比較される展開に置かれると、存在感が乏しく見えた。

 1トップの差が試合の行方を左右するのではないか、との読みは、まったく逆の形で的中することになった。

 劣勢だったドルトムントは、前半36分、センターバックのニコ・シュロッターベック(ドイツ代表)が、最後尾から前線へ大きなボールを蹴り込んだ。雑なボールかに見えたが、フュルクルクは待っていましたとばかり的確に反応。オフサイドラインをかいくぐるように抜けだし、右足でワントラップするや次の瞬間、左足のインステップでジャストミート。胸の空くような圧巻の一撃をPSGゴールに蹴り込んだ。「お見それしました」と言いたくなったのは、筆者だけではなかったはずだ。

 その後は、得点こそ決まらなかったが、斬るか斬られるかの撃ち合いとなる。試合のハイライトと言うべき、一番の山場が訪れたのは後半6分だった。

 PSGの左SBヌーノ・メンデス(ポルトガル代表)が最後尾からスピード豊かに持ち上がる。デンベレ、アクラフ・ハキミ(モロッコ代表)を経由しながら、ボールは左45度で構えるエムバペの足もとに収まった。

【エムバペの来季は?】

 マークにはマルセル・ザビッツァー(オーストリア代表)がついていた。対応はできているかに見えたが、エムバペのほうが一枚、上手だった。ボールを微妙にずらしながらシュート機会をうかがい、巻くようなインフロントキックをファーサイドに蹴り込んだ。

 これが決まっていれば試合の流れは一変、結果はまったく違ったものになっていたはずだ。だが、シュートはポストを直撃。さらにその流れで今度はハキミがニアサイドを狙うと、これまたシュートはポストを強襲した。PSG、敗れてなお強し。そんな印象を与えたポスト直撃2連発弾だった。

 エムバペを見て連想するのは、前の日にバイエルンと戦ったレアル・マドリードのヴィニシウス・ジュニオール(ブラジル代表)だ。両者のプレーの適性はほぼ一致する。フリーで走らせたらエムバペのほうが速いかな、という程度の違いだ。

 ヴィニシウスが、バイエルン戦の同点のPKにつながるロドリゴ(ブラジル代表)へ送ったパスも、左45度からだった。ともに左ウイングとしてプレーさせても十分にいける、左に流れるプレーが好きなストライカーである。エムバペは来季、レアル・マドリードに移籍するとの話だが、ヴィニシウスが残留するとすれば、このふたりの関係はどうなるのか。今から余計な心配をしてしまう。

 PSGについていえば、後半20分、バルコラと交代でピッチに入ったランダル・コロ・ムアニ(フランス代表)が最後までフィットしなかった。追い上げムードに水を差す要因になっていた。コロ・ムアニは中央が務まるストライカーだ。エムバペを左ウイングに置いたほうがバランスは取れたのではないか。

 この日、出場機会はなかったイ・ガンイン、そして前日のレアル・マドリード戦でスタメンを飾ったバイエルンのCBキム・ミンジェと、韓国人選手がこの段階でふたり、CL決勝進出の可能性を残している。パク・チソン(マンチェスター・ユナイテッド時代)、ソン・フンミン(トッテナム・ホットスパー)に続く、アジア人ファイナリストになれるかにも注目したい。

著者:杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki