平河悠は、昨秋行なったwebスポルティーバのインタビュー取材で、こんなことを話していた。

「(高校卒業時は)普通に就職するつもりでしたし、サッカーも草サッカー程度のチームでしかやっていなかったと思います」

 高校卒業時といっても、まだ23歳の平河にはそれほど古い話ではなく、たかだか5年ほど前のことである。

 当時、プロになることには現実味がなく、草サッカーに興じようとしていた少年が、今や日本代表のユニフォームを身につけ、国際舞台に立っているのだから驚きだ。

 平河は現在カタールで開催中のU23アジアカップ(パリ五輪アジア最終予選)でも、際立つ活躍を見せている。

「このチームには、パスがうまい人だったり、ポジショニングのところで優位性を持てる選手がたくさんいるなかで、ドリブルで違いを出すというか、(チームに)優位性を持たす選手が数少ない分、やっぱり自分はそこで勝負したいというか、アクセントになりたい」

 今大会中に平河が語っていた言葉にもあるように、彼の武器はドリブル。相手DFを翻弄し、敵陣深くに進入していく様は、見ていて実に痛快だ。

 チーム屈指のドリブラーは、「相手をはがして、チャンスメイクするのが自分の武器」と言い、こう語る。

「いかに正しい判断をするかっていうのを考えていますし、そのなかでドリブルはひとつの手段。そこで優位性を持てれば、チャンスにもなりますし、そこが自分のストロングだと思っているので、自分のよさをいかに出せるかにフォーカスしています」

 とりわけ平河のドリブルにおいて目を引くのは、切り返しのキレのよさ。右足のインサイドやアウトサイドを使ってボールの方向を一瞬にして変え、鮮やかに相手選手の逆をとってしまうのだ。

 その姿は、さながら三笘薫を思わせる。


キレ味鋭いドリブルで相手DFを翻弄する平河悠。photo by Getty Images

 昨年を振り返り、「ひとりで筋力トレーニングばっか(やっていた)」と言うが、今年はトレーナーと相談しながら、「体の動かし方というか、使う筋肉をより強くすることだったり、可動域を広げることだったり」を重視してトレーニングするようになった。その結果、「体のコンディションやフィーリングのところも、去年よりも上がっていると思います」と、成長を口にする。

 今大会は、グループリーグ初戦から準々決勝まで中2日での試合が続き、準決勝、決勝にしても中3日。18日間で6試合をこなさなければ頂点には立てない、過酷なスケジュールで行なわれている。

 それでも、平河は「こういう過密日程のなかでコンディションを整えるのは数少ない経験ですし、難しい」と認め、「いかに疲労を次の試合に残さないで、自分の100(%のコンディション)に持っていけるかが一番大事になってくる」と話すが、ここまでのプレーを見る限り、試合を重ねてもなお、ドリブルのキレに鈍りは感じられない。

「J1でやっていることがこの大会でもしっかり出せていると思うし、この大会だから通用しないという部分は、そこまで感じていない。自信を持って今、決勝まできているかなと思います」

 平河がこのチームに初めて選出されたのは、昨年6月のヨーロッパ遠征のこと。それまでは候補選手と見られることすらほとんどなかった"伏兵"は、それから1年足らずで、チームに不可欠な選手へとのし上がった。

「去年の6月に(初めてこのチームに)呼ばれた日のことは忘れませんし、そこからここまでこられるというイメージはあまりできていませんでしたけど、着実に自信もつけてきました」

 昨季はJ2でプレーしていたが、今季は所属する町田ゼルビアの昇格とともに、日常の戦いの舞台をJ1へと移した。そこでの自信が、現在の平河を支えていることは間違いない。

 とはいえ、国際大会では、Jリーグとは違った難しさがあるのも事実。平河は「体の作りも違いますし、サッカーのスタイル自体も違うので、(J1と今大会では)どっちのレベルが高いかとかは、対戦相手にもよりますけど」と前置きしたうえで、こう続ける。

「国を背負って戦う、その難しさというか、相手も本当に必死になってくるので、(J1の)リーグ戦とはちょっと違う戦い方になる。ひとつのミスとか、カードとかが本当に明暗を分けるような戦いが今続いているので、プレーだけじゃない難しさっていうのは今大会で感じています」

 日本にいるのと変わらぬ様子で、淡々と「あまり考えるタイプじゃないし、緊張もほとんどしたことがない」と語るが、負けたら終わりの準々決勝カタール戦の前は、「サッカーのイメージをすることが、いつも以上に多かった。緊張はしなかったですけど、責任という部分はJリーグのときとはちょっと違うような気持ちはあった」と振り返る。

 準決勝でイラクに勝利し、第一目標であったパリ五輪出場を決めた今、まずはその事実を喜び、次なる目標へと視線を向けている。

「23人でいい準備をしてきていますし、一番いい状態で決勝に向かえると思う。優勝することで日本の期待に応えられると思うので、それを(チームとして)果たすことと、(自分が)その優勝に少しでも貢献できればなと思います」

 チーム屈指のドリブラーは、独力で局面を打開できる力を持っているものの、そのプレーぶりに独善的なところはなく、守備にも最大限の力を割くことのできる献身的なプレーヤーである。

 A代表には三笘や中村敬斗ら、優れた先輩ドリブラーが揃ってはいるが、まだまだ伸びしろを残す平河には、そこに割って入る可能性を感じさせる。

 過去のワールドカップを振り返っても、日本代表はその2年前に行なわれた五輪で活躍した若い選手たちが数多くメンバー入りしてきてこそ、好成績を残せている。

 2年後のワールドカップでそれを期待されるのは、すなわちパリ世代。平河がそのひとりであっても不思議はない。

著者:浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki