親元で暮らせない子どもを家庭的な環境で養育しようという国の方針が打ち出されているが、2022年の特別養子縁組の成立件数は580件(前年比約100件減)にとどまっている。養親、養子、支援者らそれぞれの課題を共有し、国に訴えていこうと、養子当事者の「みそぎ」さんが全国フォーラムを立ち上げた。実行委員の1人で、5歳の養子を育てる志賀志穂さん(49)=さいたま市=は、「見えづらい養親の子育ての実態を集めたい」と話している。

 特別養子縁組制度が1988年に導入され36年。縁組家庭をとりまく現状を変えていこうと奔走する当事者の思いを2回にわたって紹介する。 


児相の緊急一時保護で預かった息子。「おなかで育ててくれた生母さんへ感謝がわいた」と話す志賀さん。(いずれも本人提供)


養子縁組は子どものための制度 

 志賀さんは2016年、42歳の時に、不妊治療の末にやっと宿ったおなかの子を死産した。「自分だけ生き延びていることが許せなかった」。毎日ご飯を食べていたのか、記憶にない日々が1年ほど続いたころ。夫から里親になることを提案された。「親子の別れの痛みを心と体で感じた君が、実親のもとで暮らせない子どもの気持ちに一番寄り添えるよ」

 里親になるための研修で、乳児院へ。赤ちゃんを抱っこするのはトラウマもあって怖かったが、職員が手厚くサポートしてくれた。午睡の時間、0〜2歳の子どもがベッドに並び、目をつむって指をちゅぱちゅぱ吸いながら寝かしつけられるのを待っている。志賀さん夫妻がトントンすると、どの子も安心したようにすーっと眠りにつく。「もっと自分だけをみてくれる大人が必要なのでは」と里親になろうという思いを強くした。

 「子どもが欲しいという夫婦の願いよりも前に、性別や年齢、障害の有無にかかわらず、自分たちを必要としてくれる子がいるなら里親になってみたいと感じたんです」。登録後、里親として緊急一時保護で預かった0歳の男の子と2年後に特別養子縁組することになった。

難しい養育も支援からは外れる

 縁組成立と同時に、公的支援はほぼなくなった。里親委託は「措置解除」となるため、里親会に所属していても、あくまで「未委託」扱いとなる。子育ての悩みや苦労を分かち合う交流サロンの参加は対象外。子どもから離れて休むために他の里親や施設に預ける「レスパイト・ケア」というサービスもあるが、使えない。会で子どものためのイベントが開かれても、里子か養子かで線引きされ、養子の息子は参加できないことがあった。

 「親子の絆は、共に笑って泣いて、長い年月を重ねて育んでいくもの」と志賀さん。幼いころから真実告知を重ねることを大切にしている。息子には、3歳くらいから産んでくれた実親がいることを説明すると同時に「あなたは大切な存在」「家族になれて幸せだよ」と繰り返し丁寧に伝えてきた。年長になった今、保育園のお友達の家族とは違うということを少しずつ理解し始めている。

 保育園で自分だけできないことがあって落ち込んだ時には、「僕はダメな子なんだ。どこか遠くに行きたい」とおもちゃを床に投げつけたり、志賀さんをたたいたりして、泣き叫ぶことがある。出かける支度をなかなかしない息子に「玄関で待ってるからね」と伝えただけで「ママ、もう二度と僕を捨てないで」と突然泣かれたこともある。そのたびに「私じゃなくて、他のもっとすてきな養親に託されていれば、この子にこんなに苦しい思いをさせずにすんだのかも」と思い詰めた。

2歳の息子。まだまだ手がかかる時期


子育てのふとした悩みを共有したい 

 知り合いの先輩養親に話すと、こうした激しい子どもとのやりとりは、信頼関係を重ねる上で必要なことで、養親ならいつかは誰もが通る道と知った。「こうして子どもが自分のつらさを表現できるということは、母親として信頼されている証しだよ」と励ましてくれた。

 「ネットに出ている特別養子縁組の子育ては、キラキラ育児が多い」と志賀さん。実際は、「血のつながりのある家族となんら変わらない幸せを感じる日々の中で、養親として子どもの葛藤や喪失感と向き合う場面は突然やってくる」という。この先も、子どもの成長に合わせて「大切な存在であること」を繰り返し伝えながら、真実告知をしていく。それでも、子どもの年齢ごとに、さまざまな葛藤を抱えるだろう。「こうした不安も安心して共有できるように、全国フォーラムで養親さんとつながりたい」と期待する。

 志賀さんは「息子が大きくなって、生みの親に会いたいとか、私には言えない悩みが出てくると思う。育ての親である私と夫だけを頼りにするのではなく、相談できる人とたくさん知り合ってほしい」と話している。

縁組36年いまだ乏しい子育て支援

 全国養子縁組団体協議会代表理事の白井千晶・静岡大教授は、特別養子縁組の支援体制について「NPOや児童相談所が運営する養親のためのサロンは点在するが、ない地域もある」と地域差を指摘する。「民間あっせん団体でも、子育て支援はしていても交流サロンがないところもある。子どもがどこの児相や民間あっせん団体を通じて家庭にきたのか、経緯によって子育て環境が大きく変わる」と言う。

 特別養子縁組の子育ては、どんな時に悩みがちなのかー。里親として赤ちゃんを委託され、縁組が決まるまでの期間は「もしかしたら子どもは実親の元に戻ってしまうかもしれない」「里子だと周囲の人には言えない」など心が不安定になりがち。「一番大変な乳児を育てる時で、人と会って語ってストレスを軽減するために、交流サロンは重要」と白井さんは説明する。

 里親には国と地方自治体から養育費と里親手当が支給されるが、縁組すると手当は支給されなくなるという課題もある。

 養親と養子のお互いにとって、「真実告知をして・されて終わりではなく、子どもが思春期や50代になっても悩み続け、人生の中でずっとつきあっていくもの。アメリカやイギリスなど海外では縁組後も、NPOなど専門機関のサポートが充実している」と話す。

米国では交流や子育て支援が充実

 米国在住で、日米で社会的養護の経験がある子どもたちを支援するNPO法人「IFCA」を2012年に設立した粟津美穂さんによると、米国では、地域ごとに、ここに行けば里親や特別養子縁組などの当事者たちと交流できるというサロンが充実しているという。

 金銭面でも、里親と特別養子縁組の経済支援を同等にしていこうという動きが全州に広がりつつある。ワシントン州では、家庭の経済状況だけでなく、子どもの進学・就学、医療、メンタルヘルスなど状況によって個別の交渉で金額を決定するという方法を採っている。

 また、新しく家族になるための専門家によるペアレンティングプログラムや家族・個人セラピーがいつでも無料で受けられるなど、社会的養護の子育て支援が充実している。粟津さんは、「10代の子どもたちに聞くと、法や制度による保障も必要だが、誰か1人でも信頼できる親族のような大人とのつながりを求めていることが分かってきた。子どもにとってどんな支援が一番幸せなのかという視点に立って制度設計を進めてほしい」と話している。

特別養子縁組とは

 親元で暮らせない子どもを家庭環境で養育する制度。1988年に導入された。実親との法的関係が残る普通養子縁組と異なり、戸籍上も養父母が実親扱いとなる。2016年の児童福祉法改正で、施設より家庭へとの方針が打ち出されたが、22年の特別養子縁組の成立件数は580件で、3年連続で減少している。