コーチング文化は日本ではまだ馴染みが薄いが、欧米では個人のパフォーマンスを高める手法として広く根付いている。仕事だけでなく、金融知識や健康な心身の作り方、デートのいろはに関するコーチングもあるほどだ。企業では、人材開発の一環として用いられることが一般的で、例えば、マネジャーとして初めて管理する立場になった若手を導く存在としてコーチが活用されている。「すべての働く人にコーチを」をミッションに掲げ、世界中でコーチングを提供するデジタルコーチングのスタートアップ、CoachHub(本社:ドイツ・ベルリン)の共同創業者でCEOのMatti Niebelschuetz氏に、創業の経緯やコーチングの重要性などについて聞いた。

コーチングとは:
コーチングを受ける「クライアント」とそれを提供するコーチとのパートナーシップを指す。この信頼関係を築くことにより、クライアントは自身と素直に向き合い、新たな視点や気づきを得ることができる。メンタリングやトレーニングとは別の位置付けで、本人のポテンシャルを見出し、行動につなげることが目的。「自ら目標を定義しコミットする」「役割と価値観を結びつける」「思考や感情を深掘る」「自身の強みと活かし方を追及」「思い込みに気付く」ことに重点を置き、セッションを重ねて自身の目標を明確にし、ウェルビーイングやパフォーマンスを高めていくプロセス。

目次
「すべての働く人にコーチを」
初のマネジャー就任にも効果的
あらゆるパートナーシップにオープン
コーチングの効果は周囲にも波及していく

「すべての働く人にコーチを」

―CoachHubを創業した理由をお聞かせください。

 私は過去15年間、起業家としてさまざまな分野でキャリアを築いてきましたが、最初のスタートアップを立ち上げた時、人材の管理や自分自身の管理の術を知らずにいました。そして、初めてコーチングを利用した時、私の人生とキャリアにとって転換点となったことを実感しました。もちろん、会社にとっても非常に良い結果をもたらしたのです。私と弟のYannisはコーチングの力を再認識し、全てのキャリアレベルの人々にコーチングを提供したいと考えました。

 今日の世界では変化が速く、企業は数多くの挑戦に直面しています。これらの挑戦を乗り越えるのは人々です。そのため、私たちはコーチングを民主化し、より多くの人々にコーチングを提供するソリューションを開発することを決意しました。これが、2018年にCoachHubを立ち上げた理由です。

image: CoachHub

―サービスの詳細を教えてください。

 完全にデジタル化された1on1のコーチングです。多くの企業がコーチングを拡大したいと考えていますが、主に2つの理由でそれが難しくなっています。1つ目は、ほとんどの会社が適切なコーチとのつながりがないことです。これは大きな課題でした。もう1つは効果の測定に関してで、企業がコーチングに投資したい場合、当然、実際の結果や影響を確認する必要がありました。

 私たちはAIベースのマッチングを用いて、これらの問題を解決しています。日本を含む世界中に、総勢3,500人のコーチ陣を擁しており、企業を支援しています。日本ではTDKや富士通、JTなどが顧客です。

Matti Niebelschuetz
CoachHub
Co-Founder & CEO
大学で国際法を学び、卒業後はベルリン市議会やドイツ連邦議会に関わった後、ワインボトルのカスタマイズやカスタムフレグランスのeコマース企業、デジタルスタートアップ企業ビルダーなどの企業を、次々と創業してきた。マッキンゼー経営コンサルタントにも携わり、2018年にCoachHubを弟のYannisと共同創業。

―さまざまな分野や職域に精通した人が必要だと思います。コーチの人材はどのように獲得していますか

 私たちは大手のコーチング連盟とパートナーシップを結び、CoachHubに適したコーチを見つけます。また、コーチ同士は互いにつながりがあるため、多くのインバウンドもあります。CoachHubとの協力が有益であると認識していただくと、同僚や仲間に伝えてくださり、これがコーチからの多くのインバウンドにつながっています。

 また、私たちは品質を重視していますので、コーチに対しても厳しい基準を設けています。トップ5%ほどしかいない高いレベルのコーチとパートナーシップを組みます。そして、オンラインでコーチをしていくトレーニングを施し、クライアントの課題に対処するためのユースケースについても教育します。日本の多くのクライアントにとって大きな課題である中間管理職のコーチングにも注力しています。さらに、コーチに対しても継続的なトレーニングとモニタリングを行っています。

初のマネジャー就任にも効果的

―いくつか顧客企業の名前が挙がりましたが、日本での成功事例を教えていただけますか。

 日本のクライアントの例を2つ紹介しましょう。私たちは、特殊鋼メーカーのプロテリアル(旧日立金属)に対して、次世代リーダーへのコーチングを行っています。常に変化があるこの時代では、企業が将来のリーダーを発見・育成することは重要です。コーチングを通じて高いポテンシャルを持つ人材を見つけ出し、そのポテンシャルを解放できるようにしています。

 また、JTでは初めてマネジャーになった人々をサポートしています。初めてマネジャーとなる人には多くの挑戦があり、自分のチームをどのように管理するか、新しい役割でどのように自分を発現するかが分からないことが多いです。コーチングにより彼らが自身の役割を見つけ、その成功を支援します。

 私たちのコーチングサービスが他と異なるのは、エンタープライズレベルに適したの品質の高さにあります。すでに1,000社以上のクライアントを抱え、その中には多くの多国籍企業も含まれています。コーチング産業は特に日本では比較的新しく、20〜30年の歴史しかないと認識していますが、急速に成長しています。急成長の背景には、オンラインで1on1のコーチングができるなど、テクノロジーの進化があります。

 これまでのマネジャー育成は、全員が同じ教室で同じ内容を学ぶ「ワンサイズ・フィット・オール」のアプローチが取られていましたが、人間の脳はそのようには機能しません。学んだことを4週間後には忘れてしまう忘却曲線があるため、学びを定着させるには反復学習が必要です。私自身も、2週間に1回のコーチングセッションを受けており、「オンザジョブ・ラーニング(OJL)」という形で自己成長を続けています。これこそが、私たちがコーチング業界で革新をもたらしている方法です。

image: CoachHub

―グローバルで1000社以上もの大企業との取引があるそうですが、人気の理由を教えてください。

 私たちのコーチングサービスが人気を博している理由は、ユーザー、つまり従業員や組織が体験する価値にあります。私たちのネットプロモータースコアは約70と高い水準にあります。これは、私たちのサービスが愛されている証拠です。利用者はコーチングの効果を同僚に共有してくれるので、クチコミでも利用者が広がっていきます。

 組織では、コーチングの影響を認識し、指標とROIを見てより広く展開したいと考えます。2023年に私たちは新たにエグゼクティブ向けのコーチングの提供を始めました。全てのマネジャーやエグゼクティブ向けのオファーがあります。他にも、より多くのユースケースに対応するために新しいサービスを追加しています。これが成功の秘訣だと思います。

 もともと私たちが出発点としていたのは能力開発と教育の分野です。これは今でも非常に重要なユースケースですが、現在は組織の変革のユースケースにも取り組んでいます。多くの企業が大きな変革の課題に直面しており、例えば自動車産業ではEVへの移行が進んでいます。労働力をどのように再構築し、行動パターンを克服し、労働力を再教育しアップスキルするか、その解決策を提供しているのです。

image: CoachHub

あらゆるパートナーシップにオープン

―今後1〜2年間で、どのような活動を展開していきますか。

 私たちの成功はクライアントの成功です。そのために私たちは多くの新しいオファリングに取り組んでいます。たとえば、コーチングの影響を計測するダッシュボードを2023年にスタートしましたが、この精緻化に取り組んでいます。

 私たちは長期的なミッションとして、全てのレベルでコーチングを広く提供し、民主化することを目指しています。当初はマネジャーレベルの支援から始め、その後エグゼクティブ層にもサービスを拡大しました。これにより、労働力の約20%をカバーしています。さらに、ブルーカラーワーカーを含む残りの80%への支援も視野に入れており、自動車業界の一部の企業では既にこうした職種へのコーチングを実施しています。今後1〜2年でさらなる進展を期待しています。

 テクノロジーについては、生成AIに注目しています。コーチングの民主化には3,500人のコーチだけでは完璧なサービス提供は難しいです。私たちは現在、生成AIベースのコーチ「AIMY」を研究プロジェクトとして公開しています。私は今日、自転車で職場にくる途中、電話でAIMYのコーチングを受けていました。また商用化はしていませんが、将来的にはコーチングをさらに効率化するAIアシスタントやAIコパイロットのようなものをリリースしたいです。

―日本企業とのパートナーシップはどのように考えていますか。

 イノベーションは私たちにとって非常に重要であり、同時に大きな影響を与えることを目指しています。私たちは、クライアント一人ひとりのニーズに合わせたテーラーメイドのパートナーシップを提供することにより、エンタープライズレベルでの解決策を適応させていくことに注力しています。そのためのあらゆる形態のパートナーシップに対してオープンです。

 このアプローチの良い例がソフトバンクとのパートナーシップです。私たちはソフトバンクの人々にコーチングを提供し、その効果を通じて彼らにコーチングの価値を認識していただきました。彼らは私たちのサービスにただ満足するだけでなく、投資も希望してくださりました。日本だけでなく、世界中で戦略的な関係を築いており、さまざまなコンサルタンシーとのパートナーシップも探求しています。

コーチングの効果は周囲にも波及していく

―長期ビジョンである「コーチングの民主化」にかける思いについてお聞かせください。

 私たちは創業当初から、全ての人にコーチングを提供し、個人と組織の変革を支援することを目指しています。その実現には多くの年月を費やすことになりますが、一歩ずつ進むことが重要です。私たちの組織はすでにかなりグローバルで多国籍ですが、クライアントが直面している最も緊急の課題をサポートできるように、より多くのユースケースを追加したいです。

 私たちが「同時に100万人をコーチング」するという日が来たら、それは非常に重要なマイルストーンになるでしょう。コーチングの素晴らしい点は、私たちが直接コーチングしている人々にだけ影響を与えるのではなく、波及効果があることです。つまり、マネージャーがより良いマネージャーになると、そのマネージャーに関わる人々の人生やキャリアにも影響を与えます。私たちは、多くの人々の人生にポジティブな影響を与えることを目指しているのです。  

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